小説 | ナノ
チームが解体されてから、私は他の隊に混ざって防衛任務につくようになった。昨日は荒船隊で、今日は三輪隊。本当なら太刀川くんと一緒の時間体がよかったんだけど、残念ながら入れ違いのシフトだ。

「太刀川くん、今日任務終わってから暇?」
「ん?暇だけど」
「なら買い物付き合ってほしいな」
「俺の荷物持ちは高いぞー」
「お礼は手作りプリンで」
「おっまじ?やった!」

普段通りの態度で話を進めているけど、正直、めちゃくちゃ緊張している。
加古ちゃんにはああ言ったけど、近い距離でいると改めて、私は太刀川くんのことが好きなんだと思い知らされた。お礼、なんて言い訳をしながら好きな人に手作りのお菓子を食べてもらう。卑怯だとは思うけど、今の私にはこれが精一杯だ。

「あ、でも今日特売なのって裏口側のスーパーだよな」
「そうだよ、卵買うの」
「俺使っているシャンプー売ってないんだよあそこ」
「じゃあもう一つのスーパー行って買ってくるね」
「いいのか?」
「うん、あっちは食パン安かったから」
「さっすが!苗字はいいお母さんになれるぞ」
「お母さんって」
「お嫁さんの方がよかった?」
「なっ、ば、からかわないでよ!」

私が必死に反抗する様子をみて満足したのか、ひらりと背中を向けて太刀川は任務へと向かった。



***



「お、苗字じゃん」
「……諏訪先輩? 何してるんですか」
「買い物だよ、スーパーで他に何するんだよ」
「試食だけとか」
「そんな貧乏じゃねーっての。B級なめんな」
「なめてませんって、私もB級ですし」
「あ、悪ぃ」

気を使ってくれたのか、すぐに話題を変えてくれる諏訪先輩。私自身はB級になったことを気にしていないけど、それをわざわざ伝えるのも逆に気を遣わせるかと思ってそのまま流しておいた。
高校時代からそうだったけど、諏訪先輩は同学年の中でも頭ぬけて面倒見がいいと思う。(ボーダーで彼と同じ年齢の人がしっかりしすぎているからバカっぽく見えちゃうことも、また事実だ)

「苗字も砂糖狙いか?」
「私は食パンです。あとシャンプー」
「じゃあ俺の分も砂糖買ってくれ。おひとり様1個なんだよ」
「えー、ちゃんとあとでお金返してくださいよ」

わかってるよ。そう言って各々カゴを持って買い物をはじめる。しかし、一人暮らしなのにそんなにも砂糖が必要なのか。そう尋ねてみたらどうやら最近“関西風のすきやき“が諏訪先輩のブームらしい。あっちだと砂糖をガンガンに使うんだとか。よくもまあそんなに肉を買う余裕があるもんだと嫌味をぶつければ、「俺は場所を提供する役割なんだよ」と言っていたので、肉はきっと風間さんかレイジさんに買わせているんだと思う。

「じゃ、これ砂糖代」
「はい、これ砂糖です」
「今から直帰か?送るぞ」
「いえ、このあと太刀川くんと向こうのスーパーにも行く予定なので」
「そういえばお前、太刀川の部屋に転がり込んだんだったな」
「転がり込んだって……まあ、そうですけど」
「……つーか、太刀川って買い物とか全部通販じゃなかったっけ」
「うん、袋詰めが苦手だから1人じゃスーパー行かないって。だから私もついて行くの」
「袋詰めっつーか、あいつは単純に買い物自体嫌いで、」


「苗字、お待たせ」


あと諏訪さんも。名前を呼ばれ振り向くと、太刀川くんが立っていた。もうそんな時間だったけ。そう思って時計を見たけれど、まだ彼の任務時間が終わってあんまり時間が経っていない。今日は交代が早く済んだのかな。

「よー太刀川。お前いつの間に買い物好きになったんだ」
「ちょっと諏訪さん黙ってて」
「よかったな苗字、可愛がられてて」
「かわっ!?な、何ですかその犬みたいな扱い!」
「まー苗字は犬みたいなもんだよ。ほら、行くぞポチ。じゃ、諏訪さんまた」
「ちょ、ちょっと太刀川くん!?」

ぐい、と腕を引っ張られてバランスを崩しそうになる。普段彼と触れることなんてないから(それがたとえ服の上からであったとしても)照れてしまうし、私の話を全然聞いてくれないこともないからちょっとだけ、こわい。



***



「、太刀川くん……?」
「ん、どした」
「え、いや、なんでもない」
「ははっどうしたんだよ。ほら、肉選んでくれ。俺カゴ係な」
「あ、うん」

あの後すぐに腕は離されたものの、なんとなーく話しにくい空気があった。とは言っても、太刀川くんが今日の任務はどうだったとか、唯我くんがまた騒いでいてうるさかっただとか、そういった話は一方的にしていてくれたんだけど。
目的のスーパーについて、いつも通りカゴを持って買い物を始めようとする太刀川くんに、つい声をかけてしまった。が、いつも通りだ。

「じゃあとりあえず卵と、」
「肉だな」
「肉?」
「うん、スキヤキしよう」
「え、どうしたの急に」
「だって苗字、スキヤキ食べたかったんじゃないのか?」
「?食べられるんだったら食べたいけど」
「じゃあ今日はスキヤキだ」

肉コーナーは覚えたぞ。そう言ってずんずん歩いていく太刀川くん。そういえばさっき、太刀川くんが来る前に諏訪先輩と「今度スキヤキ食べに押し掛けますから」なんて言っていたことを思い出した。もしかすると、聞いていたのかもしれない。諏訪先輩はお酒やおつまみを持っていけば普通にあげてくれるから、別に気を遣わなくていいのに。そう言ってみたら「俺も食いたい」と返された。私に気を使ったわけでも、諏訪先輩に気を使ったわけでもなかったのか。
財布は太刀川くんが全部出してくれるから申し訳ないって気持ちも多少あるけど、スキヤキを食べたいって気持ちの方がちょっと強い。今日はありがたくスキヤキにさせてもらおう。


「あ、そういえば」
「どうした?卵はちゃんと上に置いたぞ」
「うん、偉い偉い。太刀川くんって買い物嫌いなの?」
「あー……諏訪さんがさっき言ってたやつ?」
「うん。私ひとりでも大丈夫だから気使わなくていいよ。居候の身だし」
「嫌いっつーか面倒だっただけだよ。苗字と来るときは買い物つっても俺カゴと荷物持つだけだからいいの」
「でもさあ、」
「いーの。ほら、早くネギ選んでくれよ」

俺、野菜の良し悪しわかんねーんだから。そう言って私に指示する太刀川くん。気にしていないならいいんだけど。私についてきてくれているのが気を使っているように思えて仕方がなかった。
でもそう言ってくれるおかげで一緒に居られる時間が増えるのが、私は嬉しかった。諏訪先輩と買い物していたよりもカゴひとつ分近い距離に、くすぐったくなりながら買い物を続けた。