小説 | ナノ



「こーへい、今日も本部行くよね?」
「おう、名前は任務か?」
「そうだよーだから一緒に行こ」


終業のチャイムとほぼ同時に隣のクラスを覗いた私は、すぐにお目当ての相手に声をかける。このクラスの人たちもそれが分かっているのか、私の姿を見ると出水に声をかけてくれるようになった。


「おーおー、相変わらず仲のよいことで」
「うっせー槍バカ、お前は三輪と帰ってろ」
「俺らも任務あるんだっての。ま、お前らとは一緒に行かないけどな」
「え、別にいいじゃん一緒に行こうよ」
「いいんだよ名前、こいつは放って先行こうぜ」
「ちょ、急に引っ張らないでよ!……ごめんね米屋くん!また本部で!」


突然出水に手を引かれバランスを崩しそうになってしまったが、何とか振り返り米屋くんに詫びをいれ、出水と並んで歩く体勢に戻る。下駄箱へ行くまでの間ほとんど会話はなかったのだが、小さく耳元で「ばか」と言われた。
あ、もしかしたらさっきの行動は“恋人同士”としては間違っていたのかもしれない。



「ったく、あんまり妙なことするなよ」
「ご、ごめん……あれくらいだったら普通かなって」
「本当に付き合っていたらそうかもしれねーけど、おれらは違うんだからな。バレねーように油断すんなよ」



そう、私と出水は“恋人の振り”をしている。



*****



「うわ、苗字なにやってんの」
「……拗ねてるのよ」
「あ、もしかしてまた餌にされたのか?」
「っその言い方何とかならない!?」


遡ること一ヶ月、ボーダー基地内ラウンジで私が出水に愚痴垂れたのがきっかけだった。
合コンに誘われ意気揚々と参加したものの、実際相手の男性陣は“A級の女性戦闘員”を見たかっただけらしい。
私を誘ってくれたトモちゃんはそんなこと全く知らなかったようで安心はしたが、トモちゃんの友だちである幹事の女の子は、あらかじめボーダーの女子を連れていくと言って男性メンバーを集めていたらしい。ぶった切ってやりたかった。

自己紹介をする前からボーダーなんでしょ、と声をかけられたのでおおよそ察しはしたのだが、他のメンバーが趣味だの何だの聞かれている中、私ひとりだけ面接のごとくボーダーについて質問される状況は結構つらかった。


「苗字は前もそれで合コン誘われていたよな」
「でも今回は『あんたの写真見て来るの決めた男子もいるよ』って言われたし」
「見た目普通だから逆に気になったんだろ」
「……その通りだったけどさ」
「だからやめておけって言ったのに」
「でも出水だって餌にされていたでしょ!?」
「あれは合コンって知らなかったんだよ」


私をバカにしてくる出水だったが、彼の場合は彼を餌にする気満々で周りが合コンを開くらしいので、私よりよっぽど可哀想だと思う。
しかし本人はさほど気にしていないようだった。よくあることだとか。


「でも悲しくならない?」
「悲しいっつーか、面倒だとは思うけど」
「彼女作らないの? そしたら流石に誘われないでしょ」
「まーそうかもな」
「出水は割とモテるんだし、気になる子とかは?」
「気になる子ねー……」


そう言いながらじぃっとこっちを見る出水。恋愛相談でもしてくるのかと思ったがすぐにぷいと横を向いてしまった。女の勘が『これは好きな人がいる』といっていたのだが、私には言いたくないのだろうか。(しかし聞いたら絶対からかう自信もあるので、出水の判断は正しいと思う)


「……話したくないならそれでいいけど、今の間になんとかしておかないと本当に彼女できた時に困ると思うよ」
「だよなー……つっても無理やり組まれるからどうしようもねーんだよ」
「やっぱり彼女作るしか」
「苗字はそれしか思いつかねーのかよ、バカだな」
「バッ!?じゃあ出水は他にアイデアでもあるわけ!?」
「んーそうだな、例えば……」
「例えば?」



そうして恋人の振りを提案された私は、最初こそバカにしていたものの話を聞くうちに納得してしまい、あれよこれよという間にその提案を飲む事にしてしまった。




「そういえば苗字、お前今週の日曜予定ある?」
「日曜?夕方までなら暇だけど」
「映画のチケットもらったんだ、暇ならいこーぜ」
「あ、もしかして前に私が言っていたやつ?」
「そうそう、誰でもいいから苗字でいいかなって」
「やった!じゃあ昼の回で観に行こ」
「よし、じゃあまた時間とかはメールする」


出水にその映画のことを話していたのは付き合う前のことだったのだが、覚えてくれてちょっと嬉しくなった。本当に付き合っているみたいな気分だ。


「そうだ、ついでにマフラーも買いてえ」
「マフラー?三輪くんの真似?」
「何でだよ、普通に自分用だっての」
「あーそういえば出水が去年していたマフラー、毛玉酷かったもんね」
「そうなんだよ、流石にあれはもう巻きたくねーし、苗字が選んでくれよ」
「私が選ぶの?別にいいけど」


わざわざ前もって約束をとりつけてくる出水。選ぶくらい別にその場で言えばいいのにと思ったのだが、当日面倒になった私がテキトーに選ぶということがないこともないので、やはり出水の判断は正しいと思う。金は彼自身が出すようなので、何ら問題ない。それに、出水はいつも妙なセンスをしているので、私が選んであげられるというのはちょっと楽しそうだ。



「……そういえば、」
「ん?」
「その日、苗字は夜予定でもあるのか?」
「あ、予約入れたお店の場所近いからそこまで時間気にしなくていいよ」
「家族とメシ?」
「ううん、開発室の人と」
「……男?」
「まあ……そうだけど」



眉間を狭めた出水をみて、そういえば言っていなかったかもしれないと謝罪をする。が、彼の表情はまだ歪んだままだ。

めずらしい戦い方をしていたり特別なサイドエフェクトを持っていたりすると、開発室の人たちの研究に協力することが多い。出水の場合は前者で、私の場合は後者になる。
つい先日、休日を潰して開発室の人たちの研究に丸一日付き合った。そのお礼ということで、ごはんに連れて行ってもらえることとなっている。

しかしボーダーではよくあることだ、実際出水も焼肉を奢ってもらったと騒いでいたこともある。だから彼が怪訝そうにしているのは多分――



「彼氏いるのに男とふたりでメシとか、ありえねーだろ」
「あー……(言うと思った)」
「断っておけよ、それかオレも行く」
「……やだ」
「はあ!?」



出水と付き合っている振りをはじめてから気付いたことがある。このままでは本当の彼氏ができないということだ。

「好きな人ができてから何とかすれば」とも思ったのだが、出水との関係が広がりすぎて学校で恋愛をすることは正直期待できない。学校が無理となれば、あとはボーダー内しか残っていなかった。自分の行動範囲の狭さに泣けてくる。
ボーダーでも私と出水が付き合っているとの噂が広まっているが、学校よりも断然男性と関わる機会は多い。それに、いざと言う時は「私が出水と偽恋人を演じていたか」という理由も理解してもらいやすいだろう。



「ということで、私はボーダー内で出会いを探そうかと」
「…‥意味わかんねーし。つーかお前彼氏ほしかったわけ?」
「欲しくなきゃ合コン通いつめないわよ」
「それもそうか……でもメシはぜってー許さねえから」
「はあ?やだよ私行くからね」
「なんで?いいだろおれがいるんだし」
「出水はただの振りでしょ?これじゃあ本当の恋人でいいじゃん」
「……はあ!?」
「何よ、文句ある?」



イライラしてきた私は顔を合わせないようにしながら歩いていたのだが、突然の怒鳴り声に顔を向けると、耳まで赤くした公平がいた。

声まで荒げながら怒っているのかと思ったのだが――これはちょっと、違う気がする。



「……っ何なんだよお前は!!」
「えっむしろ出水がどうしたの、怒っているので合ってる?」
「怒っているんじゃなくて……っ!だーもう!」
「は? え、ちょっと何どうしたの!?」



私の腕を掴んだ出水は、基地とは違う方向に歩き始めた。ちょっと待ってくれ、私はランク戦をしにいく出水と違って任務があるのに。
時間を確認しようにも、時計を付けている方の腕を取られてしまい見ることができない。遅刻したら出水のせいだと言い訳してやる。そう思いながら彼に引っ張られて歩いた。




*****




「で、出水は何に怒っているの?」
「……お前が本当の恋人とか、気軽に言うからだろ」


着いた場所はすぐ近くの寂れた公園。ベンチがなかったのでちょうど二つあったブランコにそれぞれ座った。出水がイライラしているみたいだけど、これならあんまり顔を合わせなくてもいいし、何よりブランコがいちいちギィギィなるおかげであまり怖く見えなくて助かる。



「そんなに私じゃイヤなわけ?」
「嫌とか言ってねーだろ」
「……まあ仕方ないか、戦闘員の女ってモテないし」
「だから嫌とか言ってねえっつーの!むしろ苗字はおれと付き合えるのかって話だよ!」
「んー、付き合えるんじゃない?」
「……は?」


別に出水のことはいいやつだと思っているし、顔もそこそこタイプだから何ら問題ない。実際、恋人同士と周りに思われてもイヤではなかった。
しかしそのことを伝えると、出水は顔を伏せてしまった。なるほど、私が顔を合わせなくていいということは、出水も顔を隠しやすいわけだ。だがこのタイミングで表情が分からないというのは、すごく困る。すごく、気まずい。


「あ、でも別に付き合ってほしい訳じゃないから安心してね、出水にはちゃんと好きな人つくってほしいし」


まるでぐいぐい出水にアタックしているような発言だと気付いた私は、そう訂正の言葉を続けた。すると出水もゆっくり口を開く。



「……おれ、苗字はおれなんて眼中にないと思ってた」
「え、なんで」
「だってお前、年上と付き合いたいって言ってただろ」
「確かに年上は結構タイプだけど」
「あと黒髪がいいとか言ってたし」
「まあその時は……ていうか“眼中にない”って言い方なに?出水は私のこと好きなの?」



妙な言い回しをしてきたから茶化して私のことが好きなのかと聞いてみたら、出水は黙り込んでしまった。

何だこれ、めちゃくちゃ気まずい。さっきよりも更に気まずい。何か言うとか動くとか、せめて顔を見せてくれと思っていたその時、願いが通じたのか出水はこちらを向いてくれた。



が、その表情はこちらが恥ずかしくなるくらいに赤くなっていた。





「好きだよ」

「高校一年のときからずっと、ずっとおれの女にしたいって思ってた」




突然の告白に何も言えずいると、また出水が言葉を続けた。



「……名前の言っていた男のタイプ、おれと全然違っただろ」
「あー……(公平がしつこかったから東さん想像しながら喋ったやつだ)」
「年とか変えられねーし、髪だって地毛だからどうしようもねーし、人にモノ教えるのも下手だし、あとおれ眼つきも悪いし。どう考えてもおれは対象外だろうなって思ったわけだよ。だからって他の男のもんになるとか絶対いやだったから、」



恋人の振りを提案した。そう言って頭を下げてくる公平。


確かに、振りとはいえ束縛がきついとは感じていた。学校内でもボーダー内でも、突然現れては私を引っ張っていくことが多々あった。しかし恋人の振りをしていることは私と公平だけの秘密だったから、誰にも相談できなかったのだ。だからひとりで考えて、私がドジ踏んでバレるのがいやなのかもと自分を納得させていた。が、まさかこういう事だったとは。

疑問だったことが繋がりちょっとすっきりしたのだが、大きな問題が残ってしまっている。



「……ねえ出水」
「ん?」
「これから私たち、どうするよ」
「どうするって、そろそろ本部に行かねーと任務間に合わねえだろ」
「いや、そうじゃなくて……本当に付き合っちゃう?」



出水が私のことを好きなんだったら、いっそ偽の恋人をやめてしまえば簡単なのではないか。

そう思って気軽に提案したのだが、公平はむっとして首を「いやだ」と言った。え、振られてしまった。



「も、もしかして私のこともう好きじゃないとか……?」
「はあ?すげー好きだってーの」
「(こ、これはこれで照れる……!)な、なら付き合おうよ、私も出水のこと好きだし問題ないじゃん」
「……それだよそれ」
「それ?……どれ?」
「その軽い感じだよ!」


公平が勢いよく立ち上がり、彼の座っていたブランコががしゃんと音を立てた。ずんずん歩いてきた彼は私の真ん前で仁王立ちをした。



「おれはすっげー名前のこと好きなの、分かる?」
「う、ん」
「でも名前はどうせあれだろ、まあ付き合えるかなーってレベルだろ」
「そんなことないよ!……多分」
「じゃあ東さんとおれにメシ誘われたらどっち取る」
「い、出水かな」
「……今悩んだだろ」


だって東さんはたまに子ども扱いをしてくることさえ除けば、何一つ欠点がない人だから。それにいつも美味しいお店連れて行ってくれる。しかも奢り。
そんな人と比べたら私じゃなくても東さんを選んでしまうと思う。ぶーぶー文句垂れながらそんな言い訳をしていたら、またがしゃんと音が鳴った。今度は私の座っているブランコの鎖が、公平に掴まれた音だ。



「えっと、その、だって東さんは、」
「……本気にさせるから」
「……へ?」





「おれしか見れないってくらい好きにさせて、そしたらちゃんと告白する」



だから他のやつとメシなんて行かないでほしい。

今度は頼むように、そう言ってきた出水。
急にそんな真面目な顔をしてくるから声を出す余裕がなくて、口を閉じたままうなずいた。そんな私の様子をみて満足したのか安心したのか、表情を緩めて「じゃあ行くか」と言って私の手を取りブランコから立ち上がらせてくれる。今度はさっきとは違って優しい手だった。




「……日曜日さ、私行きたいお店あるんだよね」
「は?」
「高校生割引あるんだって、一緒に行こうよ」
「お、おお!」


嬉しそうに返事をしてくれる出水をみて、ちょっと照れくさくなった。わざわざ車道に回ってから繋いでくれた手は、今までとは違ったものに思えた。



(……出水、今のはちょっときゅんとした)
(だからそういうのいいって)
(え、いや本当なんだけど)
(わかったわかった、気使ってくれてありがとな)
(う、うーん)