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「ツッキーさすが!」

「うるさいよ山口」

「こら!月島くん、また山ちゃんを虐めてる!」

「虐めてません」


しらっとした表情でそっぽを向く彼は相変わらずである。まったく、私の可愛い後輩を虐めてもらっちゃ困る。いや、月島くんも勿論可愛い後輩だけど。
山ちゃんもとい山口忠くんは、とても可愛らしいうちのバレー部員である。いや、月島くんもバレー部員だけど。とにかく私にとって、山ちゃんだけはもう別格の可愛さなのだ。どれくらい可愛いかって言うと、もう顔を見るなりお菓子でも何でも与えたくなってしまうレベル。
だから、彼がもしも「先輩、今すぐ土下座してください」と言えば難無くこなしてしまうであろう。

そんな可愛くてたまらない山ちゃんが、まるで雲の上の存在かの如く慕っているのが月島蛍くん。文句無しの美形な少年なのだけれど、皮肉屋なのが玉に瑕だ。いい子なんだろうなという事は私にも分かる。
いつ見ても山ちゃんと月島くんはセットだ。クラスも同じと言ってたっけな。何にせよ良い友人を持つのは素敵な事だと私は思う。


「みょうじ先輩は、山口を甘やかしすぎなんじゃないですか」

「何が悪いのさ!山ちゃんこーんなに可愛いんだよ?」

「かっ、可愛いって……」

「照れるな山ちゃん可愛いから」


わしゃわしゃと頭を撫で回すと、恥ずかしげに俯いてしまった。何これあり得ない可愛さ。ただのご褒美である。
それを見た月島くんは、呆れたとばかりに溜息を吐く。先輩に向かってそれは無いと思うなぁ、失礼なやつめ。
乱れた髪を再度整えるように撫でつけて、「ごめんねぐちゃぐちゃになっちゃった」と笑いかけると、まるで伝染するように山ちゃんも笑った。
ああもう、困るよ。どうしてそんなに可愛いのさ。


「さて、部活部活!練習行ってきな!」


ぽんぽんと二人の背中を押して、コートの中へと促す。
やめてください、と顔を顰める月島くんの横で不安そうに振り向く山ちゃん。どこか不安そうな表情で私を見つめた。


「あの、先輩大丈夫ですか?」

「ん?大丈夫だよ?」

「ならいいんですけど……」


今更、月島くんの冷たい態度に私が傷ついているとでも思っているのだろうか。何て事は無い。もう慣れた。いきなりそんな心配をするなんて、珍しい。
大丈夫ともう一度伝えるためににっこりと笑ってみせると、渋々納得したように山ちゃんは練習に戻った。

しばらく練習をぼーっと眺める時間が続く。何だか、いつもよりもぼーっとしてしまうというか、何も考えていられない。
おかしいな、どうしたんだろう。
ちょっとだけ、頭がふらついているような感覚さえする。寝不足かな。駄目だなぁ、ちゃんと早く寝ないと。


「…………なまえ?」

「は、はいっ」


清水先輩に顔を覗き込まれ、声が裏返ってしまった。
何でだか全員が集まっている。おかしいな、さっきまで練習していたはずなのに。そんな疑問をぼんやりと浮かべていると、知らないうちに休憩時間になっていたのだとやっと気づく。


「さっきから呼んでるのに、ぼーっとして。どうかした?」

「いえ、あの、ご……ごめんなさい……」


部活中だというのに、情けない。恥ずかしく思いながら、ドリンクやタオルを手渡していると、山ちゃんが手を伸ばしてきた。
年下の可愛らしい少年の手は、私なんかじゃ到底及ばないくらい大きくて立派だ。そんな手が、突然私の額に触れた。
ひんやりとした指先。ふわりと前髪をかき分けて、私の額をじんわりと冷たさで埋め尽くす。


「ど、どうしたの山ちゃ……」

「大丈夫じゃないですよ、すごい熱です先輩」

「えっ」


訳が分からずきょろきょろしていると、清水先輩が心配そうな面持ちで歩み寄ってきた。さっきのが聞こえたらしい澤村先輩も同様。
目の前に立つ山ちゃんは、不服そうな少し怒ったような顔でこちらを見ている。


「今日はもう休んでおけ」


烏養コーチにそう言われ、体育館の隅で座らせてもらう事にした。本当は、今すぐ家に帰れと言われたけれど、どうしても練習に参加したかったので残ると言い張り、何とか許してもらう。
別に何が出来るというわけでもないけれど、ここに居るのは好きだから帰りたくなかった。練習が終わるのももうあと少しだし、どちらにせよ帰る時間は変わらない。

こうして、何も仕事が無い状態で見守るのは久しぶりで、やっぱり私はバレーが好きなんだなぁと実感する。ここで見ているのは落ち着くし、プレーしているわけでもないのにわくわくしてくるのだ。
いつの間にこんなバレー馬鹿になってしまったのやら。


「お疲れっしたー!」


外の様子が薄暗くなってきたと同時に、練習が終わる。
後片付けを始めるみんなの様子を眺めていると、清水先輩が「大丈夫?」と声をかけてくれた。動けないほど怠いわけでもないので、笑顔で返しておく。
疲れが溜まったとかそんなもんだろう。二、三日ゆっくりしておけば治るはず。

各々が帰路につこうと体育館から出て行くので、私もそこに混ざって外に出た。たしかに、いつもより肌寒く感じる。
さっさと帰って温かくしておくに限るな。


「みょうじ先輩」

「おっ、山ちゃん。どうしたの?」

「帰り道途中まで一緒ですよね。着いていきます」

「え、いいよいいよそんなの。遠回りになっちゃうでしょ?」

「駄目です!」


あまりにも必死な顔で言うので、お言葉に甘えて送ってもらうことにした。声を荒げるというほどではないものの、山ちゃんが鋭い声を発するのなんてとても珍しい。
少しどぎまぎしながら隣を歩いていると、山ちゃんが「あの」と短く声を発した。顔だけを彼の方に向けて、応答する。


「先輩は、もっと人に甘えていいと思います」

「え?」

「その、いつも俺のこと甘やかしてくれるし、周りの事とかに気を遣ってくれてくれてますけど、自分の事もちゃんと見てください。もっと人に甘えてもいいんですよ。だから、その、お……俺の事も頼ってください……っ」


真っ赤な顔をして、しどろもどろになりながら声を絞り出す少年の姿は、あまりにも愛しくて。
私よりも背が高い彼の胸に、飛び込んでいく。こんなにひっつくと、熱がうつってしまうかも。それでも今は、目の前の少年を抱きしめたくてたまらなかった。


「えっ……せ、先輩……!?」

「もう、狡いよ山ちゃん」


君の事、もっと好きになっちゃうじゃないか。



恋しくて愛しくて
(この感情は恋愛に変わってしまいそう)