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誰かを延々と想い続けたとして、そしてその想いが一度離れたとして。
そこから、もう一度元の場所に繋ぎ合わせられる確率は一体どれくらいのものなんだろう。
こんなにたくさんの人で溢れかえる世界で、たった一人の人を見つけて、想って、愛し合って、それだけでも凄い確率だと思う。けれど、その想いがすれ違って離れて、なのにもう一度繋ぎ合わせられるなんて、一体どれくらい奇跡的な事なんだろうか。
きっと、適当に口にした献立が、偶然食卓に並んでしまう事の方がよっぽど確率は高いだろう。

なんて、口にしたらきっと君は照れたように笑うんだろうね。多分、私も照れ笑いが邪魔をして全部言い切れないんだろうけれど。
とにかく、あんまり上手く言えないけど私は幸せだよ。君のおかげで、また毎日が楽しくてたまらないんだよ。
ありがとう。


「たっ、たたたたた忠くん!どうしよう!課題が終わってない!」

「どうしようなまえ、俺も……」

「こっ、こんな時に頼れるのは……」

「ツッキー!!!!」


二人揃って切望するかの如く見つめると、うんざりした顔で月島くんが振り向いた。何だかんだで無視しないところが、彼のちょっとした良心を伺わせるってものだ。
何というか、みんなが言う理想の王子様のような雰囲気は持ち合わせていない気がするなぁ。周囲が夢見ているような、優しくて紳士的なイケメンなんかじゃない。


「…………何」

「本日の課題が終わってないのでございます」

「みょうじさん、自業自得って知ってる?」

「忠くんどうなってるのこの人、怖いんだけど!」

「うわあああごめんねツッキー!実は俺も……」


頭が痛い、と言いたげにこめかみを押さえて、目一杯の溜息を吐いた。肺の中にある空気を全部空中に吐き出しているみたいな。
声も言葉も無い只の溜息なのに、威圧感が凄い。思わず、びくっと肩を震わせてしまう。怖い。
しかし、ばさっと目の前に置かれたノートは、「数学T」と丁寧な字で書かれていた。
忠くんと二人揃って顔を上げる。


「いい?今回だけだから調子に乗らないでね。課題ってのは、自分でやってくるものなんだからね。覚えときなよ」

「ツッキィイイィイイ!!!!」

「ぶわあああ!ありがとう月島くん!冷血漢だと思ってごめんね!」

「何それ、そんな風に思ってたの?あと、山口みたいなのもう一人増えるとうるさくて敵わないね。ちょっと黙ってくれる?」


しっしっと虫を追い払うみたいな動作をしながら、ヘッドホンを耳にする月島くんはやっぱり冷血漢かもしれない。いや、本当はいい人なんだよね。忠くんが信じて疑わない人なら、尚更。
月島くんから見れば、私と忠くんはそっくりなのかな。何だか嬉しいな。
なんてね。そんな事恥ずかしくて言えないや。
さらさらとノートを書き写しながら、少しポエミーな思考を追い払う。

高校に入ったらやりたい事は沢山あった。
放課後にオシャレなカフェに寄ってみたり、美味しいものを食べ歩いてみたり、いつもより少しスカートを短くしてみたり。
よくよく考えてみると、高校は遊びたい放題の場所なんかじゃなくて、放課後は補習があったりしてのんびり遊んでいる時間など無かった。スカートを短くする勇気なんてものも私には無いし。
何だかんだで、中学校の頃の方が気楽で適当に遊んでいられたのかな、なんて思ったりもする。
ただ、一つだけ。高校に入って素敵な恋をしたい、という願いだけは、どうにか達成出来そうだった。


「なまえ、一緒に帰ろう」

「え、部活は?」

「試験二週間前だから、もう休みだよ」

「げっ、試験かぁ……忘れてた」


試験は嫌だけど、忠くんと一緒に帰れるなら許してやらん事もないかな。


「何笑ってるの?」

「なっ何でも無い!」

「ふうん……?」


何だか納得のいかない顔をして、沈黙が続く。あれ、何だろう。
何かおかしな事を言ってしまったのだろうか、と不安になっていると、少しだけ険しい顔をして忠くんが口を開いた。


「前から思ってたけど、なまえっていつも何か我慢してる?言いたい事あんまり言わないよね」

「え、そっ、そうかな」

「ううん、気のせいならいいんだけど」


そしてまた続く沈黙。
何だろうなぁ、忠くんって私の事よく見てるんだな。自意識過剰かな。
本当は、いっぱい考えてる事があるんだよ。でも、少し恥ずかしいんだ。だから言わないままにしてあったんだけど、それじゃ少し君が不安になってしまうんだね。ごめんね。


「私、少しマンガや小説を読みすぎちゃったのかもしれない」

「え?」

「私ねぇ、忠くんの事が大好きなんだ。これを忠くんの想いと天秤にかけた時、どっちに傾くかなんて分からないし、もしかしたらつり合ってるかもしれない。それでもね、一回引き離された気持ちがもう一回交わるのって、すごい確率だと思わない?こーんなに大きな世界でね、忠くんを見つけて好きになったんだよ。こういうのを、奇跡って言うのかなって思ってたんだ」


へへへと照れ笑いをしていると、途中で掻き消された。
ぎゅうっと忠くんに抱きしめられたからだ。


「むぎゃっ!苦しいよ忠くん」

「Miracles happen to those who belive in them≠チて知ってる?」

「え、なに、何て言ったの?」

「俺も昨日同じ事考えてたというか、偶然こんな言葉を見つけてね。奇跡はそれを信じる人に起きる≠チていう意味なんだって」


ふんわりと忠くんの温もりに包まれながら、頭の中でその言葉を反芻する。
私は、心のどこかで奇跡を信じていたのだろうか。


「俺、信じてて良かったなぁ」

「私も、信じてて良かった!」


ぎゅっと互いの腕の力を強めて、目の前にある奇跡を噛み締めるのだった。



只管、直向きに君を想う
(君が信じ続けてくれたから)