まただ。 昼休み、どんなにさっさと昼食を済ませて走ってきても、体育館に一番乗りしているのは日向だった。まさか飯も食わずに来てるのか、と問えば、ちゃんと食べてきたと答える。さすがに俺が飯抜きでここへ来れば、難なく一番乗りを得られるのだが、そうしてしまうと負けた気がするのだ。何に負けたか分からないけれど。 「このボゲ!無闇に跳べばいいわけじゃねえって何度言わせんだ!学習しろボゲ!」 「わっ、分かってるし!今のはちょっとミスっただけ……」 悔しげに立ち上がり、もう一回、と声を出す。いつまで続くのか、この言葉は。 いつか、お前のトスが無くても、と言われてしまうのではないか。などと、余計な考えが脳裏を掠めた。こいつと口喧嘩するのは日常茶飯事だったが、一度だってそんな言葉を投げられたことは無い。 いつ、飛び出してもおかしくない。 「おーい、やめるの?」 「お前」 ほとんど語尾に被せるようにして、口走った。どう続けるつもりだ、しかしもう、切り出してしまったではないか。 現に、日向は喋るのを止めて俺の言葉を待っている。 「お前、俺のトス、いつか要らなくならないか」 「はあ?」 片言のような文になってしまった。しかも、反応は予想通り。 どう説明すればいいんだ、こういうのは得意じゃない。どうやったって上手く伝わる気がしない。困惑の唸り声を出しながら、眉間に皺を寄せていると、日向が先に口を開いた。 「おれ、初めてお前と会った時さ、怖いやつだなって思ってた。何かもう、言葉がいちいち尖ってるし、友達居なさそうだなって」 「うるせえ」 「ほら、そういうとこ!でも、それ以上にすっげえトスだなって思ってたよ。こいつは上手いやつだって」 ぼんやりと蘇る。中学三年生のあの日の試合。初めてこいつと会った日。 同時に浮かぶのは、拒まれた決勝のトス。今このチームではちゃんと必要とされているのに、あの日のことが未だにじりじりと胸を痛ませる。情けない話だ。 「おれ達、ぎりぎりで試合に出られるくらいのチームだったからさ。その上、一回戦の相手がお前らのとこだって聞いて、周りの人みんなが口を揃えて言ってたらしい。可哀想にって」 「確かに、初心者の寄せ集めみたいなチームだったな」 「おれは勝つ気だったんだけどね!緊張とか諸々で腹痛かったけど」 ぼんやりしていた記憶がようやくはっきりと姿を見せ始める。そういや、こいつと会ったのはトイレだったっけ。 みっともないくらい真っ直ぐで怖いもの知らずで、じっと俺を見据えて言った。おれはとべる、と。 「そうやって馬鹿にされてたけど、イズミンが言ってたんだ」 イズミンって誰だ、と聞こうとしたが恐らくあのチームメイトのうちの誰かだろう。 「お前だけは本気だった、って」 イズミンとやらが俺を見て何を感じたかは知らない。どう見えていたのかなんて分からない。 ただ自信を持って言えるのは、相手が誰であろうと本気じゃなかったことは一度も無いということ。一回戦の弱小校であろうと、決勝戦の強豪校であろうと。 「確かにお前は強いし怖かった、今も怖いし。でも、バレーに対して真剣なんだってことはおれにも分かったよ。相手がどうとかそんなので態度変えるようなやつじゃない。それってバレーが好きだからだろ」 自分のことをそんな深く掘り下げて見ることは無い。しかし、言葉を使って表現するなら、多分こういうことなんだろうと思った。 「だからさ、バレー好きなやつのトスが要らなくなるなんてこと無い。悔しいけど、お前上手いし。いつかお前のトスに頼りきらずにスパイク打てたらなって思うけど、それって影山のトスが要らないってことじゃないだろ」 「…………おう」 「分かったか!恥ずかしいこと言わせんなよ、もう!早く練習の続き」 日向の語尾に重ねて、チャイムが鳴った。ひやりと体の芯が冷たくなる。 いつの間にこんな時間が。 「馬鹿野郎!お前のせいで!」 「うるさいボゲ!時計くらい見てろ!」 「はあああ!?それはお前も同じだろうが!」 「いいから急げ!」 慌ただしく体育館を去り、いつの間にかいつも通りの会話に戻っていて。 教室に着く頃にやっと、ありがとうを言いそびれたことに気がついた。 きっと言葉には出来ない (あの日のことも、感謝の気持ちも) |