優しい彼が好きだ。少し照れ屋で世話焼きな彼が好きだ。初恋が叶わないとは一体誰が言ったものか。 そんな彼が私のことを好きだなんて言うから、嬉しくて、たまらなかった。 「付き合ってもう半年だ」 「早いなぁ、もうそんなになるのか」 鎌ちがカレーパンを頬張りながら、どっかり腰を下ろす。ちなみに今はただの休み時間だ。昼休みはまだなのに、よくそんなもの食べられるな。育ち盛りというやつか。 とりあえずカレーの匂いが充満して非常に気分が悪い。まだお腹空いてないから、変に食べ物の匂いを嗅ぐと胃がおかしくなる。 「もう、何で私のクラスメイトはよりによって鎌ちなんだろ」 「失礼だなおい」 「ほんとは要くんと同じクラスが良かったのに、よりによってカレーパン鎌ち」 「人をカレーパンみたいに言いやがって」 工業高校ともなると、やはり男っ気が多い。抵抗なんてそもそも無かったけれど、やはり三年目になると上手く順応してくるものだ。私、半分男になってたりして。嫌だなそれ。 先ほど名が出た要くんとは、茂庭要のことである。私のお付き合いしている相手。本当に優しくて、大好き。 彼はバレー部のキャプテンも務めている。目の前にいるカレーパン男もバレー部の一員だ。それもあって割と仲はいい。 「で、付き合って半年ってか?」 「うん、そうなの」 「半年もありゃ進んでんだろ?どこまでいった?」 聞き方から下品さが滲み出ていた。あとデリカシーの無さ。 「要くんは鎌ちみたいに手が早くないんです!そんなデリカシーの無いこと聞かないでください!」 「誰が手早いって?みょうじには分からないんだよ、男の気持ちが。この歳になりゃ、みんな考えてることは同じだ。もちろん茂庭も」 「き、聞いたことないくせに」 「そりゃ無いけどよ。でも同じ男なら分かることもあるってもんだ」 何を悟ったように。だけど、私だから分からないことってあるかもしれない。うう、要くんもやっぱりそういうことに興味があるのだろうか。 あることは全然構わないけど、そんな素振りは一度も見せたことがない。まさか、私に女性的魅力が無いからじゃ。 「でもまあさすがにキスくらいはしてんだろ?な?」 「ううっ、ううううるさい!鎌ちには死んでも教えない!」 「何喧嘩してんのお前ら」 裏返りそうなくらい跳ね上がった声に呆れた声が降ってきた。廊下から顔を出したのは要くんと笹谷くんだ。 何でもないの鎌ちが全部悪いから、と慌てて誤魔化す。こんな風にしょうもないことで言い争っているのは珍しくないので、二人は笑って流してくれた。内容なんてとてもじゃないが恥ずかしくて言えない。運が悪ければ笹谷くんまで悪ノリしてくることがある。だから、余計に言えない。 「今日の部活無しになったらしいから、移動教室のついでに教えに来た」 「無し?何で」 「何か週末の講演会の準備するんだとよ。傍迷惑な話だよな」 「こら、お前らそんな大きい声で」 要くんが諭すが、鎌ちも笹谷くんもお構いなしだ。じゃあ今日はバレーお休みなんだな。 ちらりと要くんに視線をやると、丁度目が合った。一緒に帰ろ、と口をぱくぱくさせるとにっこりと微笑んでくれる。もちろん、鎌ちと笹谷くんには見えないように。 「今日うち寄っていく?」 放課後、学校を出たあたりで要くんが言う。別段珍しい提案でもない。よくあること。だから、余計に鎌ちの言葉が引っかかるのだ。 この歳になりゃ、みんな考えてることは同じだ。もしそれが本当だったら、要くんもちょっとは考えたりするのかな。 でも、今まで一度だってそんなこと無い。私はそうなったとしても、嫌じゃない。怖いし不安だけど、それ以上に要くんを信用しているから。 「うん、行く」 滅多にゆっくり放課後を過ごすことなんてない。休日すら部活だったり都合が合わなくて、少ししか会えない。おまけにクラスが離れてしまったから。 久しぶりだねこういうの、なんて堪えきれずに言ってしまった。おまけに頬も緩みっぱなしだ。それを見て要くんが可笑しそうに吹き出す。 「分かりやすいくらい嬉しそうだなぁ。ごめん、ゆっくりした時間無くて」 「あっ違う、そんな意味で言ったんじゃないよ。要くんがバレー頑張ってるの好きだし。単に久しぶりだねって思ったら嬉しかっただけ」 「はは、ありがとう」 慣れたドアに手をかけて、中へ踏み込む。いつもなら開口一番に「ただいま」とひとこと言うのに、今日は何も言わなかった。 「要くん、誰も居ないの?」 「うん。何か出かけてるらしくて。あ、夕飯食べてくつもりだった?」 「あ、ううん。誰も居ないの珍しいなって。要くん夕飯どうするの」 店屋物に頼ろうかな、という要くんの言葉をぼんやり聞きながら、今日は二人きりなのだと思った。変にどぎまぎするけど、それもこれも鎌ちのせいだ。 いい加減料理覚えたらいいのにって思うけど、そんなの覚えたって作る暇無いんだよな。大人になれば嫌でも自炊しなくちゃいけないし、男の子は細かいことよりも基本的なものが覚えられればやっていけるだろう。 「この前、借りたいって言ってたDVD持ってくるから部屋上がってて。うわ、何もない。コーヒーとか飲む?」 「あ、飲む。いれようか?」 「これくらいは出来るよ。大丈夫」 笑いながらコップを手に取る彼につられて、私も思わず微笑んでしまった。ここは任せて、大人しく部屋に上がらせてもらうとしよう。 この家のどこに居ても、要くんの匂いがするような気分になる。安心する、温かい匂い。部屋のドアを開けるとそれはより一層強くなる。 「何してんの、突っ立って」 「あ、ごめん」 コーヒーの香りを漂わせて階段を上がってきた彼に、不思議そうな顔をされる。誤魔化し程度に笑ってみたけど、変だと思われたに違いない。 だって、要くんあまりにも疎い。 「ねえ、要くん」 「どした?」 「要くんはさ、ほら、その……私と、ねっ寝たいとか思うの?」 言葉選びが下手くそすぎて、あまりに直球だった。案の定、ぽかんとした後、慌てたように顔を真っ赤にし始める。 あ、やっぱり考えてなかったのか。要くんらしいと言えばそうなんだけど、ちょっと、寂しいものがある。変かな。 「か、鎌ちに何言われたの」 「いや、その、言われたというか……付き合って半年だなって話をしてたら、それくらいもう終わってるんだろって言われて。私は否定したんだよ。でも、鎌ちが男はみんな考えてるとか言うから」 「あの馬鹿」 「それで、結局どうなの」 核心をついた。聞きたいような、聞きたくないような。私からこんな話、するもんじゃないのかもしれない。 こんな風に付き合うのは要くんが初めてだから、みんなの言う「普通」がいまいちピンとこないんだ。仕方ない。 「考えてない、とは……言い切れないけど」 「けど?」 「俺は無責任にそういうことしたくないし、なまえが怖いなら絶対しないし、無理矢理とか絶対にしたくなかったから」 「いっ、嫌じゃ、ない」 「えっ」 うわ、何言ってるんだ私。でも、今言わなくちゃきっとこんな話をする機会は無い。 「怖くないことは無い、けど、要くんを好きだし信用してるから、嫌じゃないの」 「いいの?本当に」 これ以上喋っていられなくなり、頷くしかなかった。瞬間、要くんは私にキスをした。そして、体が、視界が反転してゆく。 心臓がうるさい、顔が熱い。だけど、幸せで死んでしまいそう。 「要くん、だいすき」 「うん、俺も」 本日、甘い温もりに抱かれますゆえ (幸せで息が止まりそうだ) |