「ねえ、烏養さん」 レジの前で肘をつき、目の前の彼をじっと見つめる。しかし、一方通行な私の視線が彼と交差するわけでもなく。また新聞やらジャンプやらに目を向けて、私の方などちっとも見てくれない。 それでもめげずにじっと見つめ続けていたら、やっと新聞の端から顔を覗かせて眉間に皺を寄せた。 「おい、あんまじっと見んな」 「嫌です」 やっと目を合わせてくれたと思ったら、そんな台詞あんまりじゃないか。そんな事言われたって、私は絶対に折れてやらない。 しかし、烏養さんときたらうんざりしたように溜息を吐いて、私から逃れるように席を立つ。あ、酷い。 「どこ行くんですか」 「あん?煙草だ」 「レジの番は任せてください」 「今の時間は客来ねえから、あんま触んなよ」 余計な事するな、と言いたげに私の頭を小突いて外に出て行く。参ったな、いつもそうやってさりげない心遣いを挟んでくるんだから。いつだって、私が煙草の匂いにまみれてしまわないように外へ出て行く彼が、たまらなく好きだ。 確かに煙たいのは好きじゃないけれど、烏養さんの煙草の匂いなら嫌いじゃないし、そんな気を遣ってもらわなくたっていいんだけどな。なんて、言ったところで即却下なのは分かってるけど。変なところ頑固なんだ、あの人。 華の女子高生というものが、今の私にはたまらなくもどかしい時間だ。早く大人になりたい。そうすれば、もっと烏養さんに近づけるのに。 どんなに背伸びをしたって、また大股で飛び越えて私を遠ざけていくような気もする。歳の差を埋めるにはどうすればいいのだろう。 いつまで経っても、私は子どもで烏養さんは大人なんだ。 「おいおい、何つー辛気臭え顔してやがんだ」 やっと戻ってきた烏養さんが、少しだけ煙草の匂いを纏いながら私の顔を覗き込む。 そんなに酷い顔してたかな。 「……私、烏養さんが好きです」 「は?」 戸惑ったように、一瞬視線を彷徨わせるのは照れくさい時の癖。 上手くするりと逃げられないように、ぎゅっと腕を掴む。 「烏養さんは、私の事好きですか」 「はあ?んなもんあれだろ、その、恋人同士ってやつなんだから、まあ……そういう事だろ」 「いつもそれですよ。烏養さんから、好きって言ってください」 「ああん?」 頑張ってポーカーフェイスとやらを気取っているけれど、本当は心臓がばくばくと踊り狂っている。顔が真っ赤だったらどうしよう。また馬鹿な事を言い出したって呆れられていたらどうしよう。 ああもう嫌だ。何とか言ってよ。 「あのな、俺はなまえの事を好き≠ニか嫌い≠ニかそういう安っぽい言葉で片付けたくねえんだよ」 「安っぽいってどういう事ですか」 「ああああ!くっそ!この鈍感め!学校で何習ってやがる!」 がしがしと頭を掻いて、もどかしげに叫ぶ姿がさっぱり理解できない。 目を丸くしていると、そっぽを向いて口を開いた。 「好きとかじゃ収まんねえって言ってんだよ!!」 一瞬の沈黙が流れる。一気に顔が熱くなる。 いやいや、ちょっと待ってくださいよ。不意打ちは酷くないですか?言い逃げなんて狡くないですか?どうして、また惚れ直すような事ばっかり言うんですかこの野郎。 「わっ、私もですよそんなの!でもっ、私まだ高校生だし、結局子どもにしか見られてないのかなって思って」 「子どもだろうが」 「ひっ、酷い!私がどれだけ不安だと思っ……」 「だから、大人になるまで待っててやるっつっただろ」 ばさばさと折り重なる新聞を揃えて、隅の方へ押しやる。気怠そうな表情はいつもと変わらないというのに、今日は随分とサービス精神旺盛じゃないですか。 負けじと身を乗り出す。私もちょっと積極的になってやるんだ。 「烏養さん、キスしてください」 「あ!?」 「だって、恋人同士なんだから何もおかしくないでしょ」 「ふざけんな」 次という次は心底呆れたように溜息を吐かれた。ああ、作戦失敗だ。 私はちっともふざけてなんかいないのに、烏養さんから見るとふざけているようにしか見えないのだろうか。だって、デートも何もまだした事無い。こうして二人でゆっくりしているのも私は大好きだけど、でもちょっとくらい欲張ったっていいじゃない。 大人になるまで待つってどのくらい?いつまで経っても、貴方から見たら私は子どもじゃないか。 あ、やだな。こんな事ばっかりぐるぐる考えちゃって。一歩間違えたら泣きそう。 「なまえ」 名前を呼ばれる。顔を上げる。 ふわりと香る煙草のほろ苦い匂い、それに混ざった柔軟剤の甘い香り。 私の額に、柔らかく優しいぬくもりが触れた。 「え……えっ……?」 「今はおでこで我慢しろクソガキ。あんま泣きそうな顔してんなよ」 額にキスなんて反則。してやられた、どきどきして堪らない。 いつだって余裕綽々で、私の事なんか見抜いちゃってさ。狡いよ。 「責任取れやい」 「はいはい、大人になったらな」 オトナとコドモの境界線 (早く近づきたいの!) |