「蛍くん!」 「何、うるさい」 瞬殺だった。そんなに大きな声も出してないし、名前呼んだだけなのに、うるさいって酷いじゃないですか。蛍くんって教室に居るといつもこうだ。 頬を膨らませて黙り込むと、溜め息を吐いてこちらに目を向けた。 「何って聞いてるんだけど」 でも、あたしを完全に無視してるわけじゃない。ちゃんと聞く耳を持ってくれるのだから、優しい人だ。 単純だとは思うけれど、笑みが止まらない。当然「何笑ってるの気持ち悪い」とばっさり切り捨てられるのも承知してる。 「今日、蛍くん部活休みなんでしょ?放課後にね、何か甘いもの食べに行こ!」 「甘いもの、ねぇ……」 悩む素振りを見せる彼に、これは希望がありそうだと目論んだ。蛍くんはバレー部だから、なかなか放課後に遊びに行くなんてことは出来ない。だから、行くなら今日しか無いと思っていたのだ。 邪険に扱われているように見えるかもしれないが、これでもあたしと蛍くんは付き合っている*でして。最初に比べたら、随分と会話してくれるようになったよね。進歩進歩。 「ツッキー!」 「うるさいよ山口」 「ごめんツッキー!」 あたしと山口くんの扱いがまるで同じだ。可哀想に、あたしいつもあんな感じなのか。山口くんは蛍くんのこと、すごく慕ってるよなぁ。あんな扱いなのに。 いや、そこに関してはあたしも人のことは言えない。それに、きっと山口くんも知っているのだ。彼が冷たいだけの人じゃないということを。 鬱陶しそうにしながらも話を聞いてくれる、困ってたら文句を言いながらも絶対助けてくれる。全部見えにくいけど、彼の優しさだ。 それがたまらなく好きで、愛しいのだ。 「でね、ツッキー。放課後空いてるなら手伝ってほしいんだけど」 「今日の放課後は忙しいから無理。明日じゃ駄目なの?それ」 「大丈夫!じゃあまた明日お願い!」 何の話をしていたのか分からないけれど、蛍くん今日の放課後は空いてないのか。明日は山口くんに取られちゃったし、どうしようかなぁ。 そう考えていたら、蛍くんが席を立ちバッグを手にした。 「帰るよ、なまえ」 「あ、うん!」 慌ててあたしもバッグを持ち、後を追った。蛍くん足が長いから、歩くの速いんだ。でも悔しいから言ってやらない。どうせ、なまえがその分歩けば、とか言うんだもん。 頑張ってその横をついて歩いていると、さっきの話を思い出した。 「そうだ、蛍くん予定あるんだよね。出かけるのはまた後日にする?」 「何言ってんの?なまえと出かけるつもりだったから、山口を断ったんだけど」 「へっ」 まるで当たり前かのような顔でそう言った。狼狽えちゃ負けだ。にやにやしたら負けだ。 頭ではそう思ってるのに、表情筋は言うことを聞かずに緩んでいく。「そっか、ありがとう」なんて言葉まで漏れる始末だ。 この人はきっと、頭がいいから計算尽くなんだろうな。あたしが喜ぶことも、全部。 「別に、僕も行きたいと思っただけだよ」 「いいの、嬉しいから。何食べようかな」 「何でも好きなの食べさせてあげるよ」 「え!いいよ悪いって!」 「いいよ、僕がそうしたいだけだから」 優しく微笑んだりはしない。甘い声で囁いたりもしない。 でも、蛍くんの言葉には温もりが込められていて、優しさがふわりとあたしを包むのだ。すごく不思議な感覚。 「蛍くん、二人きりになるとすごく優しい」 「何それ、普段優しくないってこと?」 「ううん、普段も優しいよ。素っ気ないけどね。でもその中にこう優しさが詰まってるっていうか、そんな感じ。でも二人だとね、包み隠さず優しくしてくれるでしょ?それがすごく特別な時間に思えて、嬉しいの」 「それは、あれだよ」 ぎゅっと眉間に皺を寄せ、言おうか言うまいかと悩む素ぶりを見せる。これ知ってる。ほんの少し、照れてる時の顔。 「優しくするのとか慣れてないから、あんまり他人に見せたくないだけ。二人で居る時は、取り繕ったりしなくていいかなと思って。だから、無意識にそうなってるんだよ」 「蛍くん格好つけたがりだからなぁ。でもいいや、あたしの前では自然にしてくれてるなら」 「何言ってんの」 ぷいと顔を背けてしまった。 蛍くんって真っ直ぐな言葉に弱いよね。いつもすっごく遠回しな言い方ばかりするんだもん。 だから、いつもの素っ気ない態度の仕返しに聞いてやるのだ。 「あたし、蛍くんのこと好きだよ」 「はあ?何、急に」 「蛍くんは?」 にこにこしながら問いかけると、頭を軽く叩かれた。 「好きでもない人と付き合うほど、僕は器用じゃないよ」 まるで甘味依存性 (君の甘さが愛しくて) |