( スプリッツァ・ロッソ )






なんだか妙に寒いな、と思って目を覚ます。カーテンの隙間から覗く外界は鈍く紺色に光っていた。安物の薄い布団は、それだけで肌寒い。というのに、目覚めた俺の体にはほとんど掛け布団が掛かっていなかった。末端は氷のように冷え切っている。
もそりと起き上がって傍らを見下ろした。一枚しかない掛け布団を抱き込み、口元が隠れるほど潜り込みながら、寝苦しそうに丸まって眠る男。包まりつつも寒いのだろう。微動だにしない。掛け布団はまるごと奪われたらしい。まるで蓑虫か団子虫のようなありていに微笑ましい気持ちになって、そっと眠る額に手を伸ばす。髪を撫でる手前で、咄嗟に手を止めた。自らの氷のような指先を思い出したからだった。ただでさえ寒そうな相手に、これ以上の苦行を強いることもあるまい。自分の身の冷えも一大事ではある。
やっぱり、せめて掛け布団だけでも、もう一枚買わないとな…。頭の中でそんな算段を整えて、立ち上がる。フローリングと同じ温度の足裏に苦笑しながら、選択済みのシーツやタオルケットの類をまとめて引っ張り出した。一枚一枚は薄いが、重ねればそれなりの防寒にはなるだろう。一枚ずつ広げては、ベッドの上の蓑虫に着せ掛けていく。四枚ほどでだいぶモッサリとしたので、残りのシーツで自分の身を包んだ。容赦なく冷えていたので、それだけでもあたたかい。
くしゃみを我慢しながらフローリングにしゃがみこむ。俺の身でベッドを冷やしては元も子もないと思った。眠気もどこかへ飛んで行ってしまったし。幸い俺はこの男の寝顔ならば何時間でも眺めていられる人種であるので、暇潰しには事欠かなかった。
男は寝返りを打ちたそうにもぞもぞと身じろぎをしている。うまく動けないようだった。さすがに四枚重ね掛けはやり過ぎたかな…と思っていると、寝苦しそうな瞼がぱちり、と開いた。目が合う。俺も些か驚いて固まった。数秒。
……しろ、なにしてんの。寝ぼけた掠れ声。目も据わっていた。…何って。寝顔見てた。ごめん。正直に返事をする。相手は鼻先から上しか見えない蓑虫のまま動かない。頭が働いていないのか、しばらく黙ったまま、特に言い咎められることもなかった。…寝ねーの? ようやく出た言葉はそれだ。ごく小さい声。冬の静まり返った空気でなければ聞き返してしまうほどの。…寝るよ。そのうち。
そうは言いながら、もう今日は寝ないんじゃないかな、と考えていた。こんな氷をベッドに戻すつもりもないし。ソファで寝直すには寒過ぎる。歯がかちかちと鳴りそうなのを抑えるので、俺も自然と小声になった。息が白い。いつのまにこんなにも冬になっていたのかな、と逡巡するうち、ふと、掛け布団の蓑の中からしろい手が延びてきた。その手はバスバスと傍らの敷布団を叩く。…寝ろ。眠そうなくせに堂々とした命令口調。男の目はもう閉じていた。俺は溜息をつく。
…俺、いますごく冷たいから、隣に寝ると寒いと思う、よ。俺はこの男さえよければ自分のことはわりとどうでもいいと思っている。隣で眠っていたい欲望と寒がらせてしまう損害が並べば、そんなもの秤にかけるまでもない。ない…のに。
うっせバーカ。寝ろ。来い。二度言わせんなバカ。やたら高圧的に来られて時が止まる。俺がそれに逆らえないし逆らいもしないことを知り尽くしている声。俺は一瞬で降伏した。
おずおずと再度潜り直した掛け布団は天国のようなあたたかさで驚愕する。言うまでもないが、相手にとっては地獄のおとずれだ。うっわ何お前冷たッバカかよ、ナニコレ氷じゃん。一気に目が覚めた様子で声を荒げる相手に、だから言ったじゃないか…と身を縮める。しかしその声はどこか楽し気だった。
なるべく身を触れないように努力しているというのに、俺の冷たい足に熱くすら感じる足が絡んできたりする。熱い手が冷たい指を掴む。うへー、冷てぇー! そのたびにまるで子供のように声をあげてはしゃぐ。俺はもうなにも言えなくなってしまって、冷えた体は想像を超えたはやさであたたまった。どんな形であれ、指を絡めたまま笑い合って眠る日が来るなんて思いもしなかったから。




prev next



  
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -