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 だったら、…俺のものになって欲しいとでも言えば、おまえは俺のものになるのか。絞り出すように音にした。気管か食道かわからないが、握り潰されているように痛い。こんな時に上手に目を逸らす方法もわからなくて、目の前の顔が露骨に歪むのを眺めた。向きを変えたエアコンの風が背中に当たる、ぞくり、と底冷えするような感覚。俺はいま一体どんな顔をしているだろう。ただひたすらに喉が乾く。
 口に出していい言葉ではないことくらいはわかっていた。欲求などむやみにひけらかすものではないと信じてここまで育ってきたつもりだった。そうして次第に欲しいものが何かということすら曖昧になって、肉親に仙人のようだと揶揄されるほどだった。それなのにここ最近は何もかもが勝手が違う。簡単だと思っていた問題が、途端に異国の言語のように不可解な難問と化した。どう組み合わせてもピースの余ってしまうジグソーパズルを前に、正体不明のピースを握り締めて途方に暮れる。そんなちぐはぐな日常を持て余しながら、それでも、こんな感情の違和感とも、それなりにうまく折り合いをつけられると思っていた。(だから、あんなことをあんなふうに口にするなんて、…どうかしていたとしか思えない。)




 本当は、…俺のものになって欲しいなどとは思わない。心から。あの男は歌に出てくる蝶々だとか、桜の間を舞う鷽のようなものだ。あちらの花へこちらの花へとふわふわ飛び交っているものだ。そうあるべきが普通で、そうあらねば死んでしまうようなもの、なのだ。気紛れにこんな枯れ枝のようなところに来はすれど、常にそこにとまっているなんてのは道理にかなわない。枯れ枝に阻まれて囚われた蝶々などきっとすぐに死んでしまう。そんなのは望まない。あるがままふわふわしていて欲しいのだ。ふわふわしながらわらっているのが見たいのだ。たとえどこかへ飛んでいって、二度と戻らなくても。それで俺の心臓が朽ち果ててこなごなになったとしても、それが道理だ。
 おまえは俺のものになるのか。どうして声にしてしまったのだろう。俺のものになるのか。いや、なるはずがない。至極簡単な反語の設問。答えなどとうに出ているはずだった。あえて問うなど愚かでしかないと、考えなくてもわかるだろうに。なにも言わずに出ていった背中には、きっともう会うこともない。話すことも。…明日靴を買いに行くと言っていた。愚かにもそれに浮かれて、あわてて解いてしまった明日のぶんの課題。空いてしまった空洞に、今度は嵌めるべきピースがひとつも見つからない。余っていたはずのピースをズタズタに切り刻んで捨ててしまったのは、まちがいなく俺のこの手だ。ひんやりとしたエアコンの風。喉が乾いて仕方がなかった。枯れ枝は朽ちて土になる。いつかどこかの花の隣で笑い飛ばしてくれればいいと、身勝手に願いながら。






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