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 何の処置も間に合わぬままに消えていったあいつの体。の、重みも温度もなにもかも既にどこにもない。呆然と座り込む俺の視界に、赤く染まった刃物が閃く。…あいつの血の赤。その切っ先が喉元を擦っていくのを、俺はただ動かずに眺めた。耳の奥の方に響く摩擦音。その音がひどく不快だな、と思うのが痛覚を上回って。ああ今死んだ。と、どこかで自覚する。血の迸る熱さが喉元から全身を巡る。そして末端から冷えていくことに、不思議と恐怖はなかった。それよりも。なぜだかわからないこの空虚感をどう処理すべきか、何もわからないのが怖い。


 その日初めて俺は死んだ。このゲームを始めてこのかた、逃げ回るだけで過ごしていたのだから、今まで死ななかったのも当然と言えば当然かもしれない。対人バトルを主軸としたゲームに籍を置いていながら、バトルに参加を始めたのはつい最近の話だ。自分一人では間違いなく勝てないとわかっていたからである。



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 なあヤン、セックスしようぜ。まるでゲームに誘うみたいな気安さで告げられるそれに、俺はいつも返事をしない。嫌だと言ったところでそれが聞き入れられた試しはなかった。それに実際遊びのようなものなのだろうと理解している。俺の何がどう面白いのかはわからない。セックスが男女間のものだという偏見を持つ段階すらもうとうに過ぎていた。女性よりも体力的に長持ちすることだけは確かだからだ。ネットで検索してみても、そういう貞操観念の軽い交友関係は確かに存在する。




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 よう、ヤン! 聴いたことのない声が聴いたことのある名前を呼ぶ、あのとき俺は突然の豪雨に振られて身動きがとれなくなったみたいだった。ログインしていないのにその名前を呼ばれるだなんて想定していない。堂々と言う事でもないが俺は人付き合いが苦手で、突然見知らぬ人に声を掛けられたときの用意などもあるわけがなかった。俺をヤンと呼び、屈託なく笑う顔には覚えがある。…そういえばRと初めて話したときも、雨に降られたような心地になったのだった。オンラインでの唯一の友達、と目の前の男との一致にわずかに緊張が解れるも、それで問題が解決したわけでもない。オンでも常々突拍子もない男だと思っていたが、まさかここまで突拍子もないとも思わなかったのだ。その日のうちに俺の携帯電話に初めて家族以外のアドレスが増えて、メールの返信に悩み、そして次の日課題を忘れた。






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