Screw(修正) | ナノ

「着いた。ここが俺の家だよ、裕ちゃん」
「……お世話になります」


 吉木さんにそう紹介された場所は、どう見ても金持ちのマンション、といった建物の一角だった。飯田さんの元でお世話になっていた間、吉木さんも何故かずっとそばにいた。仕事をしているのかすら疑問だったが、こんなに部屋に住んでいるのならば、少なくともニートではないだろう。社長や御曹司というにはそのような雰囲気はない。本当にこの人は何なのだろうか。

 にっこり笑うと、吉木さんはオレの少ない荷物を持って、さっさと玄関をくぐる。オレは少し気が引けながらもその後をついていった。





「身体能力はもう問題ないだろう。日常生活を送っても差し支えない」


 いつも通りリハビリと検査を終えた後、カルテを見ながら飯田さんが呟いた。確かに、普通に歩いたりする分には、少し体力不足なぐらいでほとんど問題はなかった。しかし妙だった。オレの目が覚めてから、まだ一週間しか経ってない。
 目を瞬かせていると、隣に座っていた吉木さんの眼光が鋭くなる。目が覚めてから何度もこの顔を見た。飯田さんを責める目だ。


「……お前、まさかあのビタミン剤」
「気付くのが遅いな、吉木。ビタミン剤ではない。分かりやすく言えば、筋力増強剤のようなものだ。点滴にも色々混ぜていたのでな。そもそも身体能力の低下はそこまで酷くなかったのだ。体を動かすことにさえ慣れれば何も問題はない」
「は、はあ……」


 どうやらオレはいつの間にかよく分からないものを飲まされていたらしい。おそらく、飯田さんお手製の試薬だろう。

 この一週間で分かったことの一つは、飯田さんは医者ではなく研究者ということだ。何の研究をしているのかはよく分からないし、何故オレの治療をしていたのかも分からない。吉木さんにオレをここに運び込んだ理由を聞いても、いつものようにドロドロの瞳で微笑んだだけで答えてはくれなかった。

 ともかく、飯田さんの作るものの性能は確からしく、事実オレは早々に車椅子を手放していた。それが分かっているからか吉木さんはそれ以上何も言わず、「それで、」と切り出した。


「つまり、もう裕ちゃんはここにいなくていいんだよな? 普通に生活できるんだな?」
「暫くは薬の服用とサポーターの着用をしてもらう。それから、週に一度の定期検査でデータを見せてもらう。それ以外は、黒崎のキャパシティを超えるようなことをしなければ通常の生活を送ることができるだはずだ」
「そうか。……よかったな、裕ちゃん!」
「……いや、あの。日常生活できるのは、いいんですけど」


 言葉を濁すオレを二人が怪訝そうに見る。分かっていないようなので恐る恐る問題を問えば、二人揃って不思議そうな顔をするもんだから、今度はオレが怪訝な顔になるのだった。





「ここが裕ちゃんの部屋ね」
「本当にいいんですか?」
「当然。追い出す理由なんかひとつもないよ」
「当然、迎え入れる理由もひとつもないと思うんですけど。そんな元々住んでたみたいに言われても」
「裕ちゃんは"黒崎裕太"だから」
「……いや、意味分かんないですし」


 オレの差し当たっての問題は住処だった。どこに住んでいたのかも分からないのだ。とりあえずの活動拠点が必要だった。
 それをこの人と飯田さんはなんでもないことのように言い切ったのだ。「吉木さんと同居すればいい」と。
 非常にありがたい申し出ではあるが、オレとしては少し複雑だった。オレは吉木さんが苦手だった。たまに妙なことを言い出したり、よく笑う割には笑顔がイビツだったり、それも理由の一つではある。そして何より、オレを黒崎裕太だ、と言ってくるその時の顔が、どことなく気味悪いのだ。飯田さんの方がまだマシだと思える。
 楽しそうにオレに充てられた部屋の説明をする吉木さんの横顔には、やはりドロドロした瞳があった。


「それでこっちがまあ見ての通りタンス、まあそろそろ衣替えするけど……どうした? 何か足りないものでもある?」
「あ、いえ。一式揃ってますし。ああ、服まであるんですか」


 吉木さんを観察していたのがバレて、どことなく気まずい気持ちで誤魔化すようにタンスを漁り、はたと気付く。
 いくらなんでも、これはおかしいだろう。どう見ても新品の服ではないし、吉木さんの古着だと言うにはサイズが小さすぎる。広げてみると、ちょうどオレにピッタリだ。
 これは一体どういうことだ?


「吉木さん」
「ん?」
「ここ、オレの前に、誰か住んでたんですか」


 カーテンを開けていた吉木さんが振り向いて目を細める。
 飯田さんを睨む時のような濁った冷たい瞳で、無理矢理口角をあげて。たった一言だけ、けれど有無を言わせぬ強い口調で、オレに微笑んだ。


「まさか」


2015.10.15
2016.01.19 加筆修正再録


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