意識が浮上したのは突然のことだった。微睡みもなく、スイッチでも入ったかのような起床だった。 妙に身体が重い。けれど、頭はいやにクリアだ。 視界に映る白い天井。薬品の匂い。硬いベッドの感触。病院、だろうか。俺はどうして、こんなところにいるのだろう。 「……起きた?」 男性の声がする。探るような、不安げな声。 なんとか首を曲げ、その声の主を見た。 「だ……、だ、れ、」 そこまで言うのがやっとで、あとは噎せかえるばかり。 声がやたらと枯れていた。まるで、しばらくずっと声を出していなかったように。 わからないことばかりだ。なぜ寝ていたのか。ここはどこなのか。 混乱した頭のまま男性を見つめる。この人も、誰なのだろうか。 一度目を伏せ息を吐くと、男性はにっこりと俺に笑いかけた。 「はじめまして。俺は吉木。お前を保護した人間だよ」 「保、護……?」 「そ。お前、河原でぶっ倒れてたんだ。ビックリしたって」 男性――吉木さんは、首を掻いて、はは、と笑った。よく笑う人だ。 かわら、カワラ。いくら反芻しても、心当たりはなかった。それどころか、記憶が何一つさっぱりなかった。まるで、目を覚ますまで何も無いのが本当のようにさえ思える。またひとつわからないことが増えた。 きっと、今の状態は伝えるべきことだろう。混乱しすぎているのか、記憶がないことに対する不安や焦燥感は不思議とない。それどころか一回りして冷静に動いている思考回路がゆっくりと口を動かせていた。 「体は大丈夫? どこか、痛むとかは」 「不調は、ない……と、思います」 「そっか。よかった」 「ただ、その。なにも、記録が残ってなくて」 「……ああ、うん。そっか。そうだ。体診れる奴呼ばなきゃな。行ってくるからちょっと待ってて」 それと、記録じゃなくて記憶、な。 吉木さんは一瞬動揺したように目を泳がせて、それから足早に扉へと向かった。倒れていた人間が目を覚ましたから、医者を呼ぶ。動作としては何らおかしくないのに、どこか違和感があった。引き止めるべきか迷っている間に、彼は廊下へと姿を消してしまった。 とりあえず、横になったままでは仕方がない。体を起こして周囲を見回した。カーテンが閉まっているから表の様子は分からない。室内は、得られる情報がほとんどなかった。ただひとつ、サイドテーブルに置かれた荷物だけを除いて。 そう大きくはないポーチと、その横に置かれたどこかの社員証のようなもの。 そこには、見覚えのない顔写真と、『黒崎 裕太』という名前があった。 2012.07.10 2015.10.12加筆修正 2016.05.13加筆修正 ←back |