嘆こうとも思わなかった 何かがパサリと本から落ちた。数少ない僕が昔から持っている物。その中の一つがこの本だった。間に何か挟んだ記憶はない。しかし確かに汚れた白い封筒がこの本から落ちてきた。 少し迷ってから拾い上げ、恐る恐る中身を確認する。なにしろこの本自体最近全く読んではいないのだ。悲しくて寂しい目にあわされて、最後に僅かに救われる。そんなよくある話なのに僕はこの児童書がたまらなく好きで、羨ましかった。だから余計に読みたくなかった。封筒の中には古い写真と幼い手紙。思わず握りつぶしそうになった。 母さんと父さんと、六歳程の僕が、奇妙な距離を保って無表情で並んでいた。僕だけが笑っていた。昔無理矢理撮らされた家族写真だ。母さんも父さんも僕が邪魔でしかたなくて、けれども他の人がいる手前二人で写真を撮ることもできず。そんな写真をあの二人が保存しようとするわけもなく、僕がゴミ箱から抜いたのだ。 『ぼくが、くまで、おとうさんが、きたかぜのだんな。ぼくのまえばがおれても、きにしない。おかあさんが、きたかぜのおかみさん。いやなかおして、ぼくのものもってく。だから、きたかぜのおんなのこが、きてくれる』 「北風の女の子は、現れないよ」 現れたところで残されるのはハンカチとしあわせな冬眠。一人に変わりはないけれど、それはそれはしあわせな眠り。 昔の僕はいつか北風の女の子が来るって信じていた。あの頃の、無知でしあわせだった僕はもういないんだ。そんなものを夢見たところで、所詮僕のもとには現れるわけがないんだ。 写真と手紙を乱暴に封筒に戻し、また本に挟んだ。開いたページで、まものが感情を理解できずに泣いていた。 ╋╋╋ (嘆こうとも思わなかった) 2013.03.04 back |