あるはずのない好機 「あーあ、もうちょっとだったのに」 光のない目で僕を見つめる彼女は、いつもと違ってにこりともしていない。他の皆をみる目と同じ。蔑む目、見下した目だ。底冷えするような恐怖とこれで僕に愛想をつかすだろうという安堵に体が震える。これで、やっと終わる。 「ねえ、なんで逃げるの? ねえ? 安藤くんは私から逃げる必要なんてないでしょ? ね? 逃げても無駄なのよ? 知ってるでしょ?」 「……うるさい」 少しだけ足掻いてみたくなっただけだった。けれど結果は背中に壁があるばかり。前には彼女だ。 僕に逃げ場なんかない。ああ、知ってたさ。言われるまでもなく。 「でも、せっかくやっと安藤くんと二人きりになれたのに、お父様に呼び出されちゃった。あーあ」 「そうかい」 「あ」 彼女の顔が厄介に輝く。いつもの顔だ。僕にだけ向ける、淀んだ笑顔。 彼女の、唯一の笑顔。 「なぁんだ。安藤くんと二人っきりじゃない。安藤くんがにげても二人っきりになれるように捕まえればいいだけなのね? あはは! ――せっかく二人っきりになれたんだから、呼び出しの間に逃げないようにしないと。ね?」 彼女に手をひかれる。どうしようもない嫌悪感。が走る。けれど僕はその手を振りほどくことはできない。無駄だから。無意味だから。なにより、その行動でまた僕は皆から嫌われる。楽しそうに前を歩く彼女を一睨みしてうつむくしかなかった。 ╋╋╋ (あーあ、もうちょっとだったのに) Theme: ヤンデレセリフったー★ 2015.10.08 back |