Midnight Mover


学校が終わってから何時間経っただろう。体力に自信はあるとはいえ、現場の仕事はやはりキツい。それにまだこの次には清掃のバイトも控えている。

だが、この現場のバイトはあと30分で終わりだ。徹平は休憩時間中に削られた体力を回復させる。あードラムの練習してぇなあ…。そういや、宗介先輩に新曲のBパートを特に練習しとけって言われたんだっけか。



「おーい、ボウズ!お前に用事だとよ!」

ドラムの練習のことを考えていると、突然、現場で一緒に働いている男から声をかけられる。


「……は?俺にッスか?」

徹平は思わず聞き返した。現場まで来るような知り合いはいないはず。BLASTのメンバーがわざわざバイト先まで顔出す訳ねぇし……。誰だ一体。

「かわいい女の子じゃねえか、彼女か?」
「お、ボウズも隅に置けねえなあ!」
「おいおい、最近の高校生はマセてんな」

普段なら現れない存在に、オッサン達が口々に騒ぐ。……まさか。徹平がそう思った瞬間、やって来た姿が見えた。


「…き、来ちゃった」

目の前にいる人物は緊張からか顔が少し硬いながらも、笑う。愛する彼女がいた。

「なまえ!?こんな夜遅くまで何してんだよ」
「今日、この近くでピアノのレッスンしててその帰りだよ」
「遅くまで頑張ってんだな」
「徹平くんこそ」
「…てか、なんでバイト先知ってんだ?」
「翼先輩が教えてくれた。帰るついでに差し入れ持って来たの!」

お疲れ様、と満面の笑みで俺にコンビニの袋を差し出すなまえ。受け取るとそれなりに重みがあった。中身を見ると、ペットボトルのお茶2本とおにぎりが2つ、入っていた。

「ありがとな。……でもこんな時間に寄り道したら、宗介先輩も親も心配するだろ」
「お兄ちゃんは練習してて気づかないだろうし、お母さんも今日は仕事遅いって言ってたから大丈夫」

宗介先輩、さすがっス。やっぱあんだけ上手いとなるとそれなりに練習してんだなあ…。……って、そうじゃねぇ!誰もなまえの帰りが分からない状態じゃねぇか。

はー、と徹平はため息を吐く。遅くまで練習しているのは偉いが、愛する彼女が夜遅くに出歩いているのは安心できない。何かあったりしたらどうするつもりだ。


「本当に大丈夫だよ、もう帰るし」
「帰れっつっても夜遅いしな…」

危ないからこんな時間に女1人で帰らせる訳にはいかねぇし…。今から送ってくにしてももうすぐ休憩終わっちまうから時間オーバーだ。徹平は頭をがしがしとかきながら考え込む。

この現場はあと30分もすれば終わる。せめて目の届く範囲のところでバイト終わるまで待っててもらってそれから送ってくしかねぇな。

「なまえ、時間はまだ大丈夫か?」
「うん」
「…ちょっと待っててくれ」

そう言って徹平は彼女の傍を離れる。そして現場の監督に終わるまでの30分だけここでなまえを待たせてもらえないかかけあった。部外者立ち入り禁止ゾーンに入らなければ待っても構わないだろうとのことで、再びなまえのところに戻る。

「バイト終わるまであと30分だから、それまでこっちで待っててくれるか?」

送ってくからと徹平が言えば、なまえはうれしそうに笑って頷いた。




その後は、なまえの姿が気になって身体を動かしながらも視線は度々彼女の方へと向けていた。ああ、やっぱり好きな奴がそこにいるだけでうれしいもんなんだな…。緩みそうになる顔を引き締めて徹平はラスト30分乗り切った。

そして約束通り、愛しい彼女の手と手を繋ぎながら彼女の家へと送りに向かう。そういえば、好きな女にいいところを見せたいと思ったせいか、いつもよりもバイトに精が出たような気がする。なまえが傍にいると気合い入るけど、やっぱり時間が時間なだけに心配だ。これからは夜の現場には来て欲しくねぇな……。

「気持ちはありがたいけど…もう来るなよ」
「ごめんなさい」

大好きな彼氏に来るな、と言われてしゅんとするなまえ。そうだよね…ちょっと顔出して帰るはずだったのに、バイトの現場で待たせてもらって結局みんなの迷惑だったよね…。なまえは自分の軽卒な行動を恥じた。

「…夜道を1人で歩くなんて危ねぇから言ってんだ」
「夜中って時間でもないし大丈夫だよ」
「もう真っ暗だろ」
「じゃあ夏の7時ならまだ明るいから夜じゃないね!」
「そういう問題じゃねぇ!」

ドヤ顔で返答するなまえ。徹平は屁理屈言ってんじゃねぇよとすかさずツッコミを入れる。宗介先輩に似てちょっと天然なのが心配だ。夜に女の子1人出歩くこと自体、危ないんだってこと分かってんのか…?

徹平がなまえを見つめると、彼女も自分の視線に気づいたのかばつの悪そうな表情を見せた。迷惑かけちゃったな……と改めて思ったのだ。そうするつもりじゃなかったとはいえ、結果的に迷惑をかけてしまっている。顔だけでもみたかった、ただそれだけの理由で押し掛けてしまったのはやはりよくなかったとなまえは反省した。



家の前に着くと、2人の足は自然と止まる。名残惜しいが一緒にいる口実はなくなってしまった。もっと2人でいたかったな、と徹平もなまえも思う。

「送ってくれてありがとう」
「心配だから来るなら、今度からは昼の現場な」

夜は危ないから絶対ダメだ、と徹平は念のため釘を刺しておく。

「……迷惑かけてごめんね。ただ会いたかったの」
「俺の方こそあんま時間作れなくてごめんな」

気持ちを伝えれば、徹平は怒らなかった。しかも意外にも”会えなくてごめん”という謝罪の言葉をくれた。家族のいない彼は生きていくために働いていることは兄から聞いて知っている。

「ううん、生活のために頑張ってるんだもん……今のままで充分」

嘘だよ、本当はもっと会いたい。2人で一緒にいられる時間が増えればいいのに、と自分勝手な望みを抱いている。そんななまえの気持ちを知っているのか、徹平は繋いでいた手を離して彼女の頭に添えた。

「…また連絡する。だから、そんな顔すんな」
「…うん!」

頭を撫でながら微笑むと、泣き出しそうな瞳でなまえは笑った。そんな彼女がとても愛おしい。自由な時間があるなら全て彼女に捧げたいと今なら思える。徹平は周りに人がいないことを確認すると、少しかがんでなまえの額にキスをした。

「……おやすみ、なまえ」
「おやすみなさい、徹平くん」

徹平からのキスがうれしくて、なまえは徹平に抱きついた。徹平も彼女を1度だけ強く抱きしめた後、そっと彼女の身体から離れる。

「…またね」
「ああ、またな。次は練習の時だな」

次の清掃のバイトの時刻が迫っている。名残惜しいが徹平はくしゃり、となまえの頭を撫でると、そう言って背を向けて次の現場へと歩き出した。




タイトルはAcceptの曲名から。今回は曲の内容関係ありません…night入ってるタイトルの中からテキトーに選びました(^^;)
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