According To You


「貴女という人はどうしていつもそうなんですか!」

ライブ終演後の静かな控え室に珍しく大きな声が響く。終演後のいつもの反省会だったはずが、いつの間にか2人の話になっていた。事の発端は、なまえが機材を運ぶのを1人で行おうとしていたことだった。

「そんな風に言わなくたっていいじゃない!」
「僕に任せておけばいいのにいつも貴女は自分でやろうとして失敗するから!」

OSIRISのマネージャーであり真琴の彼女でもあるなまえも負けじと声を張り上げて言う。言い争っている相手である真琴は珍しく普段の冷静さを欠いていた。

一体どうしたものか、と他のバンドメンバーは言い争っている2人をただただ見つめる。真琴もなまえも大声を出すタイプではないし言い争うなんて珍しいのだ。しかも最初は普通の反省会だったのに、なぜ痴話喧嘩になっているのだろう。



「どうして真琴は私のやることなすこと全てを否定するのよ!そんなに私のことが気に食わないの!?」
「違います。大体、貴女はそそっかしいので貴女のやり方は危なくて見ていられないんです」
「私が私のことを一番分かってるわ!心配されるほど私はおっちょこちょいでもないし!」

口論がいつしかヒートアップして普段のことへと論点が変わっていく。

「普段からも思っていましたがもう限界です。貴女はもっと自分のキャパシティを自覚するべきです」
「…何も、何もそこまで言わなくたっていいじゃない。」

ずけずけと言う真琴に対してなまえは傷ついたような表情を見せた。彼女はぎゅっと拳を握って俯く。自分の彼氏が自分のことをそんな風に思っていたことがショックだったのだ。しかしここまで言われてただ黙っているのも性に合わない。


「一真くんは私のことキレイだしすごいって言ってくれるもの!面白くて魅力的だって!」

そう、いつだって彼は私のことを褒めてくれる。いつだって私のやることなすこと全てに文句をつける貴方とは違う。

「そんなに言うのであれば一真さんのところにでも行けば良いでしょう」
「分かったわよ。……もう真琴なんて知らないんだから!」

涙に濡れた瞳を見せないように、真琴から露骨に顔を逸らしてなまえは彼の前から走り去った。


なまえが去った後、真琴はため息をついて帰る用意を始める。今日は少し遠回りして気分を変えつつ帰ろう。彼女だって時間が経てばケロッとするだろう。

なぜなら、自分よりなまえを愛している男なんてこの世界に存在するはずがない。よって他の男のところなどへ行くはずがない。

そのはずだけれど……彼女が喧嘩の最中に名前を出したのがよりにもよってエデンつながりで親しくなった男であったことに苛立ちを抑えることができなかった。大丈夫だとは思うが……完全に安心はできない。

「……では、お疲れ様でした」

モヤモヤした気持ちを抱えながら出口へ向かって歩いていると、そこへ進が近づいて彼を呼び止める。

「おい、真琴」
「…何ですか」

あくまで冷静に返事をする真琴。先ほどまで感情的に口論していた時とはまるで別人のようだ。

「ありゃ泣いていたぜ、なまえ」
「分かってますよ」
「…今回は言い過ぎだと思うぞ。好きな相手にけなされちゃあつらいだろうに」

ぽん、と真琴の肩に手を置いて進は言う。確かに言い過ぎたかもしれない。でもあれくらい言わないと彼女は分からないとも思う。

「でも他の男性の話はいらないと思いますが」

むすっとして真琴は言った。



「…真琴、お前はあんまり知らないだろうが、なまえは結構モテるんだぜ?本人は気づいてないみてぇだけどよ」

ため息をつき進は肩をすくめる。教えられた事実に真琴は驚愕した。…確かになまえは魅力的だと思うしモテるとも思う。もし進さんの言っていることがそれが本当ならまずい。

「あー、そういやことあるごとに色んな奴に飯に誘われてるな」

進の言葉にレイが発言を重ねる。複数の証言者がいるということはそれはかなり信用性が高い。どんどん明らかになっていく新事実に真琴は言葉が出なかった。

「まあとにかく…なまえに謝ってこいよ。じゃないと、取られちまうぞ」

それに優秀なマネージャー失うのは大きいしな、と笑う進。ぽんぽんと肩を叩くと、真琴は「ありがとうございます」と呟いて控え室を出て走り出した。普段ならこんなに焦ったりしないのに、なまえのことになるとつい焦ってしまう。





一方、部屋を走って出て行ったなまえは……

真琴のバカ!!最低!どうしてあんなこと言うのよ!私はいつだって、大事にされたいし、愛されたい。…嫌われたくない。なのに……ねえ、どうして分かってくれないの?どうして一真くんみたいな目で私を見てくれないの?……真琴のバーカ!!


涙を隠すために俯いて走っていたせいか、周りが見えず、前から歩いてきた人にぶつかる。

「ご、ごめんなさい…」

ぶつかった拍子に転んで顔を上げれば先ほど自分が喧嘩中に口に出したエデンで出会ったバンド仲間、一真だった。

「こっちこそ悪い、大丈夫か?」

優しい表情で手を差し出してくれる。真琴から厳しめの言葉を投げかけられた後だったのでその優しさに更に涙がじわりと奥から浮かび上がってきた。

「なまえ…?転んでどっか擦りむいたのか?」
「ちが、…違うの」

グスリ、と涙をひっこめようとしながらなまえは答える。涙をぽろぽろと流す彼女を見て、相手は無言で彼女の手首を掴んで空いている部屋へと連れて行った。



「…少しは落ち着いたか?」

エデンの入り口付近にあるベンチに腰掛けて優しいまなざしで見つめられる。こんなに優しい人に心配をかけたくなくて涙をなんとか引っ込めようとした。

「…ぅっ、ごめんなさい」
「無理しねぇで泣きたい時は泣いたらいいだろ」

ぽんぽん、と軽く頭を撫でられる。その温かい手に安心して私はまた涙が出てしまう。

「……一真くんは優しいね」
「さすがに目の前で泣いてる奴をほっとけねぇだろ…」
「…真琴もこうだったらいいのに」

どうしてあんなに自分のやることを否定するような人と付き合ってるんだろう。疑問すら出てくる。ポツリと呟かれたなまえの言葉に一真は違和感を感じた。そこで、核心を突くような質問をする。

「…真琴さんと喧嘩でもしたのか?」

彼の鋭い質問に、なまえは迷った末に肯定の意味としてコクリと頷いた。珍しいなと一真は驚いた表情を見せる。

「……彼、私のやり方にいつも文句をつけるのよ。あなたみたいに私のこと全然褒めてくれない」
「真琴さんが?…お前頑張ってるのにな」

意外と言わんばかりに一真は目を見開いた。その言葉を真琴の口から聴けたなら…と思ってしまう。どんなことを言われたって結局のところ、私は真琴が好きなんだろう。

「…大事にされたい、愛されたい。…嫌われたく、ないっ…」

だけどいつだってどうして上手くいかないの?―――我慢していたのに、涙が次から次へと溢れてくる。ずっと泣きじゃくるなまえの背中を一真は優しく撫でた。

「なまえは真琴さんがほんと大好きなんだな」
「うん、すごく好き…」

なのに貴方みたいに見てくれない。どんなに罵られたって、やっぱりあの人にかなう人なんていないのに。

「俺が思うにだけどよ…真琴さんはなまえのことが好きで大切だから…あまり無茶をして欲しくないんじゃないのか?」
「そんな訳ない。だって「なまえ!!」」

なまえが反論しかけた時、通路の奥から大きな声が聞こえる。2人してその方を見ると、息を切らした真琴が立っていた。普段の冷静さの欠片もない。ツカツカと彼女らが座っているベンチに近づいてくる。


「すみません、なまえ借りますよ」

そして真琴は一真にそう一言告げる。一真はどうぞと簡単に返事をした。ちょっと本人抜きでそういう返事しないでよ!となまえはむくれるが一真は知らんぷりしている。

「ちょ、ちょっと真琴!人を物みたいに…っわ!」

ふわりとなまえの身体が浮く。反論をしようとした彼女は物も言えない。それもそのはず、いわゆるお姫様抱っこの状態でなまえはどうしようもないのだ。

「は、離してよ!」
「嫌です。また逃げ出されたら困りますから」

真琴の胸を押しのけようとするもびくともしない。そんなことはものともしないとばかりにさらりと言ってのける真琴。あんまり筋肉なさそうに見えて実は結構鍛えてるからなあ…。ぼんやりと考えていると客席の方、ホールへと連れて行かれる。

それから彼は奥の客席の隅の方へなまえを連れて行き、優しく椅子に彼女を下ろした。そしてすぐ隣に自分も腰掛ける。

「……なまえ」
「何?」
「すみませんでした。少し言い過ぎたところもあると思います。ですが…僕が貴女を大事に思っているということだけは憶えておいて下さい」
「私だって私なりにみんなの役に立とうと思ってやってるのに…!」
「それはありがたいですが……なまえが心配なんです」

怪我でもされたら嫌なんです、の一言は言えなかった。けれどもそれが真琴の精一杯の言葉だった。


「でも私…貴方の役に立ちたいし、嫌われたくない。貴方に愛されたいの」

押さえきれずにぽろぽろと涙をこぼして言えば、真琴がなまえを抱きしめる。やっぱり彼の胸の中は安心する。

「本当に馬鹿ですね貴女は。…なまえのことが大切だから、無茶をして欲しくないんです」

額にキスを1つ落とされる。今回のことだって、重い機材を1人で運ぼうとしてつまずきかけていたから言ったのだ。どうか無理をしないで欲しいの一言が言えなくて、ついあんな言い方になったのだ。

「……心配されるのも嫌、かと言って放っておかれるのも嫌だなんて本当に面倒で扱いにくい。それに見栄っ張りで、いつだって自分のことは後回し」

なんでまたこんなにボロクソに言われてるんだろう私、となまえは真琴の腕の中で思った。

「…けれど、僕はそんな貴女が好きなんです、なまえ」

ああ、その言葉を私はずっと待っていたの。


「…だから、他の男のところになんて行かないで下さい」

真琴の彼女を抱きしめる腕の力が強くなる。

「真琴、……好き」
「愛しています、なまえ」

そう優しく耳元で囁かれたかと思えば、彼のやわらかな唇が降ってきた。求めていた人の唇になまえは安心する。真琴が好きなんだという気持ちでいっぱいになった。

キスで気持ちが伝わればいいのに、と思っていると何度も角度を変えてちゅっ、ちゅっと音を立てながら繰り返しキスをされる。普段のよりも情熱的な口づけに真琴も同じ想いなのかなと期待するくらいは…いいよね?



「……今度他の人のところへ行ったら許しませんよ」
「一真くんとはたまたま会っただけよ!」
「でも2人で会うなんて許しません」
「…うん、分かってるよ」

拗ねているのか少し冷たい。彼の拗ねている様子がなんだか少しかわいくて、彼女は隣に座る恋人の手を握る。真琴はなまえの手を優しく握り返した。




タイトルはOrianthiの曲名から。一真くんはシロです。オシリスとフェアエプは4バンドの中でも特に仲良いといいなと思って。
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