Other Side Of Midnight


「ねえお願いだってば!」
「……しかたないな」

粘り強く頼み込まれてようやくンドゥールは彼女の頼みを了承した。確かに俺なら確実にしとめることができるだろう。くだらんことを、と初めは非常に乗り気ではなかったが、真剣に悩んでいることが分かったので引き受けた。惚れた弱味、というのも勿論あるが。

「やった!」
「今夜早速実行すればいいのか?」
「うん。早く取っ捕まえてもらえた方が安心できるから……」

彼女の声は震えている。本当に不安そうな声だった。シャワーを浴びている時に風呂場で不審な音が聞こえると言うのだが、よほど怖いのだろう。

現場が風呂場で水のスタンドが都合がいい、聴覚が優れているという理由で俺に頼んだらしいが……釈然としない。もし同じような男がいればそれこそ俺じゃあなくてもいいのだから。

しかしそれでも今回、彼女のために動いたのはやはり彼女のことが好きだからだ。

「分かった。時間になったらお前の部屋に行こう」
「ありがとう!」

ナマエはようやく安心したような声を出した。彼女のその声に、ンドゥールも、自分が頼られたことをうれしく感じた。莫迦らしい話だが、恋い慕うナマエのためならなんとかしてやろう――彼はそう思った。





その夜、ナマエがシャワーを浴びる時間になるとンドゥールは彼女の部屋を尋ねた。そして部屋に招き入れられたンドゥールは浴室の水滴にゲブ神を潜ませると、浴室のドアの前で座り込んで杖を耳に当てて、どんな些細な音も聞き逃さないと臨戦態勢を取る。

最初に拾った音は衣擦れの音だった。ナマエが服を脱いだ音だ。怪しい音はない。

シャワーのコックをひねった音が聞こえ、ほどなくして彼女がシャワーを浴びる音が聞こえる。次に、シャンプーをプッシュする音、手になじませている音、髪を洗っている音が聞こえた。

その後は少し間隔があって…おそらく髪は洗い終えて身体を洗っているのだろう。石鹸をなじませた手が身体に触れる音が聞こえる。…触れてみたい。

裸のナマエがシャワーを浴びている。……つまりは自分のコントロール下に無防備な状態の想い人がいるのだ。それを考えるだけで、ンドゥールは自分の中の熱が頭をもたげるのを感じた。


「……まったく、生殺しだな」

彼女に触れたい――。その熱を自嘲するようにンドゥールはぽつりとつぶやいた。相変わらずシャワーの音は響いている。その声はシャワーにかき消されて浴室にいるのんきな人物には届かない。

自分はこんなにもやきもきしているのに、彼女はなんとも思っていないのだろうか。こんな見張りを頼むくらいだからなんとも思っていないかもしれないな。ずいぶんと質が悪い。

この昂る感情は間違いなくナマエのせいだ。見張りが終わった時にはそれなりの礼をもらおうか……なんて考えていると、上方から些細だが不審な音を感じた。その音を探り、音の主である”気配”に神経を向ける。


「莫迦らしい話だと思ったが、まさか本当に何かいたとは……」

相手の動きはナマエに近づくということはないが、彼女の上方周りを動いている。おそらく天井裏にあるダクトの中だろう。ランダムな動きだが、自分のスタンドなら捉えることができる。ンドゥールは相手に気づかれないようにゲブ神を近づけ、相手がピタリと止まったところを一気にしとめにかかった。



「うっぎゃあーッ!!!」

ゲブ神が物体を軽く斬りつける感覚があった後、叫び声が聞こえた。犯人を探るためにンドゥールは浴室のドアを開け、脱衣所を抜けてナマエのいるシャワー室まで行く。

「ナマエ、大丈夫か?」
「う、うん……ありがとう、ンドゥール」

彼女の声のする方向と気配を感じ取りながら彼女の元へ向かった。ンドゥールが入ってくると、ナマエはシャッとシャワー室のカーテンを引っ張って自分の身体を隠す。彼には見えていないと分かっていてもなんだか恥ずかしいのだ。

「犯人は?」
「そこ、南側の角に……、」

彼女の無防備な姿を狙っていた輩がいるのは許せない。ンドゥールは彼女が言葉で示す
方向を杖で探る。杖に当たった物体、もとい人物を彼はゲブ神で何度か突いた。

「ッ…ンドゥール、てめー何すんだよ!」
「その声は…」

わめく声に聞き覚えがあったンドゥールは驚いた。犯人はまさかのケニーGだった。




本人に話を聞いてみると、ナマエの風呂場をのぞくことが目的ではないことが判明した。

なんでも、幻覚を作り出すにあたって、どの位置で作り出せば敵に見つかりにくく全体に幻覚を行き渡らせることができるのかをダクトの中で試していたそうだ。そしてその位置がちょうどナマエの風呂場のすぐ上だったのだ。

それを聞いてンドゥールは安心するとともに、なんともくだらない内容に気が抜けた。要するにナマエの勘違いだ。彼女からすればかなり不気味だったのだろうがケニーGからすれば本当に迷惑な話だっただろう。

事の真相が明らかになったところで、ナマエとケニーGは和解してケニーGは場所を変えてスタンドを使うことにした。その後、気まずい雰囲気の中、ナマエとンドゥールが取り残される。



「……ンドゥール、ごめんね」
「ああ、まったくだな。もう金輪際こういうことはないようにしてくれ」

こんな場所に長居は無用だ。長居すれば無防備なナマエを襲わない自信はない。残る理性で欲望を抑えながら彼は彼女から背を向けてその場を後にしようとした。しかし、それはかなわなかった。後ろから彼女が抱きついているからだ。

「ごめんなさい…でも、あなたにしか頼みたくなかったの……ンドゥールだから頼んだの」

ぎゅっと自分の胸のあたりの服を掴むナマエの手に力がこもった。これはもしかしてうぬぼれてもいいのだろうか。自分に気があるからこそ、自分に頼んだのだと思っても良いのだろうか。布1枚ごしの彼女のやわらかな感触を感じ、心臓が跳ねた。

「…離してくれないか」
「いやよ、大騒ぎし過ぎだって失望したでしょう?」
「違う、そうじゃあない」
「…?」

きょとんとしているのか、服を掴む彼女の手の力が緩む。ンドゥールはその隙に彼女から離れ、杖を手放した。カラン、と杖が床にぶつかる乾いた音が響く。



「……好きな女がシャワーを浴びている音を聞かされた上に抱きつかれて、何もしない約束はできない」

ナマエのまるい、水で濡れてしっとりとした肩を抱き寄せた。やわらかな彼女の身体の感触が全身に伝わる。

「ンドゥール、あの、それって……私、うぬぼれてもいいの?」
「ああ」

不安げに揺れる彼女の声に、ンドゥールは彼女を抱きしめる腕に力を込めた。彼の腕に抱かれていることが、これは現実だとナマエに知らしめる。

「うれしい……夢見てるみたい」
「夢じゃない証拠を残してもいいが」

ンドゥールは鼻先で彼女の耳を探り、耳元で囁いてかぷりと彼女の耳を甘噛みした。



タイトルはFMの曲名から。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -