05 テレンスのアトゥム神


ジョースター一行はまだこの館はおろかこのエジプトという地に到達する気配はない。館の住人としてはかなり時間を持て余している状態だ。

時々侵入者が来たかと思えば、財宝泥棒くらいである。そしてスタンドを持つ者がほとんどであるこの館の住人には誰1人として勝てなかった。要するに今のところ平和で暇なのだ。

「庭の掃き掃除も終わっちゃったしなあ……」

やること何もないや、とナマエは掃除用具をしまいながら呟く。あとは夕飯の買い出しをテレンスと一緒に行くだけだ。夕飯の買い出しまであとどれくらい時間があるのだろうかと時計を見れば、まだ数時間もある。

近くの市場で自分の買い物でもしようかな……。そう思って買い物の支度をしようとして自室へ戻る道すがら、キッチンから甘い匂いがした。匂いに誘われるようにして中をのぞくと、テレンスがコーヒー片手にケーキを焼いているところだった。

「ああナマエ、いいところに。ちょうどお茶にしようと思っていたのですが、あなたもいかがですか?」
「ありがとう。…ぜひ」

時間はたっぷりとある。喜んで、とナマエは微笑む。

「やはり本場の味のものは店でも中々置いてなくて……時々恋しくなりますよね」
「そうね、アメリカのあの感じのお菓子ってないもんね。私も無性に食べたくなる時があるわ」

ふとした瞬間に祖国の味のものを食べたくなる瞬間はある。テレンスとともに焼き上がったケーキにデコレーションをしながらそのことを話す。

「良かった、それを分かち合える人がなかなかいなくて…」
「ここの人たちって中々に多国籍だもんね」
「ええ。ゆっくりあちらで食べませんか?……今日は2人ですから」

ここでもいいけど、と言うより早く微笑むテレンスの手がナマエの手を取ってキッチンの一角にある大きめのテーブルに座らせられた。そしてコーヒーと先程焼き上がったカップケーキ、それにその前に作っていたらしいブラウニーを彼は持って来た。

「すごい豪勢なお茶会ね」
「そうですか?普通だと思いますが」
「だってこういうの凝って作るの珍しいじゃない」
「最近は時間があるのでね」

ゲームばかりしていても肩が凝りますし服のアイデアも今は浮かばないですしとテレンスはこぼす。それをカップケーキをつまみながらナマエは聞く。あ、このカップケーキ、程よい甘さでおいしい。

「変に時間があると困っちゃう時ってあるのよね。暇つぶしとか…」
「そうですね。…なら、暇つぶしにトランプでもしませんか」

そう言ってテレンスはポケットからトランプを取り出した。

「随分、用意周到ね」
「応接間にありました。おそらく兄の忘れ物でしょう」
「持って来ちゃってよかったの?」
「ええ、どうせいくつも持ってるでしょうし使った痕跡があります」

ほら、とテレンスはセキュリティシールの剥がされたトランプの箱を見せる。箱の蓋を開けてスルッとカードを取り出した。

「…そう。トランプするって言ったって、何するの?私難しいゲーム知らないよ?」
「ババ抜きでもいかがです?」
「それなら私でもできるけど、勝ち負けすぐ決まっちゃうよ?もっとこうワクワクするような……」
「では、勝ったら相手に1つ質問ができる、負けたらその質問に答える、というのはどうです?」

簡単でいいでしょう?スリルも味わえますよ、とテレンスは楽しげに笑う。何か含みがあるかもしれないが、ババ抜きであれば私にでも勝つことはできるだろう。それに彼の秘密を知ることができるかもしれない――そう思ったナマエは頷いた。

「ああ、因みに嘘をついたら一発でバレますからね」

取り出したカードをシャッフルしながら涼しい顔でさらりと言ってのけ、テレンスは自身のスタンドであるアトゥム神を出した。嘘をついたらアトゥム神にチョップされますなんて恐ろしいこともつけくわえている。

「あー!ずるい!私が質問する時はテレンスが嘘をつくかもしれないのに!」
「つきませんよ。あなたが嘘をつかない限り、私は絶対に嘘をつかないと約束します」
「……本当に?」
「ええ、あなたに誓って」
「……」
「俺は絶対にナマエを裏切ったりしない」

真剣な眼差しがナマエを見つめた。まるで……まるで、恋人に言うかのような台詞。恋人ではないけど、確かに今まで彼が私を裏切るような行為をしたことはなかった。その誠実な態度を今、このゲームの中でも見せるなんて。

「分かった、信じる」
「…良かった。では、始めましょうか」

口元に笑みを浮かべてテレンスはカードを配り始めた。





「あがりー!私の勝ちね!さあ、質問どうしよっかなー?」
「何でも良いですよ」
「んー……じゃあテレンスの誕生日はいつ?」
「1月5日」

よりによってそれかよ、と思ったがテレンスは口に出さず黙々とテーブルの上に置かれた札の山を集め、手中に収めた。そして手中でカードをシャッフルする。

「お祝いでもしてくれるんですか?」
「そうね、その時まだ平和だったらね」

カードを配りながらたわいのない会話を繰り返す。そして配り終えると、また自分の札の中からペアを見つけてテーブルに置いた。

「今度は私の勝ちですね。ナマエは休日何をしていますか?」
「そうね……こういう日は服とかの買い物してるかな」

質問が終われば、またカードを集めてシャッフルして配る。そしてたわいのない質問をして答える。これの繰り返しだ。それでもお互いのことを知ることができるのが楽しいとテレンスもナマエも感じていた。


「また負けた…テレンス、質問どうぞ」
「……今、恋人はいますか?」
「えッ……どうしてそんなこと、」

今までになかったタイプの質問に戸惑うナマエ。しかし心を読むアトゥム神がNO!と既に告げている。確信を持ったテレンスは口角が上がらないように平静を保ちながら彼女に答えを促す。

「約束だ、答えて下さいナマエ」
「……いないよ」

ややあって、恥ずかしそうにテレンスから視線をそらしてナマエは答えた。もういいでしょ、と机の上に置かれた札の山をそのままシャッフルする。おしまいにしようとナマエがシャッフルした札の山を両手で整え、ケースに入っていた状態にトランプをかためた。

彼女には今、恋人がいない―――それを知ったテレンスは自分にもチャンスはあると感じた。お開きにしようとする彼女の手首を掴み、テレンスはナマエを見つめる。

「…ナマエ、俺にもチャンスを与えてくれ」
「テレンス……?」

突然の展開に驚いたナマエは目を見開いて彼の顔を見つめた。


「あなたが好きだ、ナマエ」

テレンスは彼女の手首を掴んでいた手を離して、今度は彼女の髪を優しく指先で撫でる。その動作に彼女は身を硬くしたが、持っていたトランプをテーブルに置くと俯いた。

「や、やだな……冗談言ってからかってるんでしょ?」
「いいえ、本気です」
「……」
「本気で、あなたが欲しいと思っています」

髪に触れていた手はいつのまにか頬に添えられ、テレンスの顔が少し傾けられる。近づいてくる彼の顔に、状況が読めず思考回路がショートしたナマエ。彼女は彼の腕を掴んでストップをかけた。

「まッ、ままま待って!」

確かにテレンスはかっこいいし、いざという時は絶対に助けてくれる。一緒にいると何とも言えない安堵感はあるし、たまにやさしくしてくれる時は胸がときめくこともある。だけど……急すぎてついていけない。え、本当に好きなの?というか、いつから好きだったの?


「……ナマエ、返事をくれませんか?」

キスも止められ、告白の返事もまだ聞いていない。テレンスは少し戸惑うような表情を見せた。後ろでアトゥム神が少し焦っている。

「保留!」

頭こんがらがってるの!とそんな彼をよそにナマエは叫ぶと、そのまま慌ただしく部屋を出て行った。申し訳ないが、今日は恥ずかしすぎて顔を合わせられない。買い物もケニーGに代わってもらい、ナマエはその後しばらく部屋にこもって悩み続けた。
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