01 マライアのバステト女神


客室の掃除をしている時のことだった。ナマエは掃除機のプラグを刺そうとコンセントに触れた。その瞬間、小さく火花が散ってバチィッと痺れが全身に走る。

「痛ッ…!」

それはコンセントではなくマライアのスタンドだった。マライアのスタンドだと気づいてしまった、と思っても後の祭りだ。ナマエは未だに痺れの残る手をもう片方の手でかばうように触れ、鉄製のものを避けようと部屋の真ん中へ移動する。

しかしその際、同じく客間の掃除をしていたテレンスの背中にぶつかってしまった。急に背中に違和感を感じたテレンスは振り向いて彼女に尋ねる。

「どうしたんです?」
「……テレンスは鉄製のもの、身につけてないよね?」

彼が鉄製のものを身につけていたらまずいと思ったナマエはすぐに彼から離れた。不審者から離れるような動作にテレンスは若干傷つく。しかしいつもと違って様子のおかしい彼女にテレンスは怪訝そうな表情を浮かべた。

「はあ?それより早く掃除機かけてください」

そう返したテレンスは彼女がやりかけで放置している掃除機のコードをつかんで引き寄せ、プラグを摘んだ。コンセントに刺そうとしてくれているのだろう。

「テレンス!そのコンセントに触っちゃダメ!」
「は?」

彼の次の行動が分かったナマエは叫ぶが既に時遅し。テレンスは掃除機のプラグをコンセントに刺そうとコンセントに触れてしまっていた。バチィッと彼の身体にも痺れが走る。

「ッ…!」
「テレンス大丈夫!?それ、マライアの、」
「スタンドでしたか……」

チッと舌打ちをして触れた手をかばうようにもう片方の手で押さえた。テレンスもマライアのスタンドだと即座に気づいたようだ。ナマエは自身も磁石になっていることを忘れて思わずテレンスに駆け寄った。

「ナマエ!今来てもくっついてしまうだけ…!」
「あッ…」

しかし2人とも磁石になっていることを覚えているテレンスは手で彼女を制するが既に時は遅く、2人は引かれ合うままに正面から抱き合う形でピッタリとくっついてしまった。

密着しているだけでもまずいのに、ましてや相手は片想いをしている女性だ。ドキドキしない訳がない。テレンスは内心とても焦っていた。

「このドジ女!」
「ご、ごめんなさい」

照れ隠しにわざとキツい言葉を使ってしまう。恐縮した様子で謝る彼女を前に言い過ぎたと反省する余裕すらもない。理性が崩壊する前にとりあえず離れなければ。テレンスは離れる方法を必死で考える。


まず本体であるマライアを呼びにいってスタンドを解除してもらうしかない。磁力が効いているということはこの辺りにいるはずだ。しかしこれでは下手に身動きが取れない。つまりマライアの方からここに来るまでこのままということか。

だがこの密着している状況はなんとか打破したい。でなければ……理性が持たない。テレンスはせめて本体が来るまでにナマエと離れようと考えた。

「……ナマエ、とりあえずお互いの身体が離れる方法を考えましょう」

この現場を見られたらまずいでしょうと冷静に振る舞って彼女に言うと、彼女は頷いた。2人とも磁石になっているということは、S極とN極が存在しているということ―――つまり、同じ極同士が近づけば身体は離れる。

「どちらかがゆっくり身体を相手の足下に移動させれば離れられますが……」
「どっちが動くの?」

そう、問題はそこなのだ。どちらが動くにしても羞恥心を拭わない限り非常にきわどい体勢になることは間違いない。テレンスとしてはどちらであっても役得なのだが理性が保つかどうかが心配だ。

「私が動きましょうか?それともナマエが動きますか?」
「………」

テレンスが尋ねると、ナマエは恥じらうように彼から視線を反らして考え込んでしまった。どちらが動いても恥ずかしい思いをするのは変わらないけれども……精神的ダメージを食らわないのはどちらだろうか。思っていたよりも逞しいテレンスの身体の感触にドキドキしながらナマエは迷った。


「少しだけ、我慢していて」

黙り込んでしまったナマエに痺れを切らしたテレンスは彼女の耳元で囁くと、ゴソゴソと動き始める。首筋に唇を寄せられ、テレンスの息遣いが聞こえ、ナマエは身体をビクンッと震わせた。

「んッ…」

テレンスの手や唇がやさしく、ゆっくりとラインをなぞるように身体に触れる。まるで優しく愛撫されているかのようだった。胸の谷間を通り、次には腹にキスをし、脚の付け根を通り、太ももにキスをするように彼の顔が通っていく。

もう少しで離れられる―――苦しい体勢でありながらもテレンスは彼女の脚に到達した。しかしその時ついに身体の力が抜けて立っていられなくなったナマエはテレンスにしがみつくように倒れ込む。

突然のやわらかな感触に動揺したテレンスはバランスを崩して背中から床に倒れてしまった。やわらかな太ももの感触が唇に当たる。ますます動けない状況下の中、彼女の下腹部に顔が近い状態になってしまった。

「なんでここで倒れるんですかッ!」
「だ、だって…力、入らなくて……」

愛しい女性の感触の下敷きになったテレンスは顔を真っ赤にする。ナマエもあまりの恥ずかしさに耐えられずに彼の方を見れないでいた。

「とにかく、もう一度やり直しましょう」
「う、うん」
「とりあえず立ちますよ」

ナマエを立つように促し、自身も身を起こす。そして優しくリードされながらナマエはなんとかテレンスの上から退き、お互いにゆっくりと立ち上がった。時間はかかったがようやく向かい合ってくっついている形に戻る。


「…ねえ、どちらかが背中を向ければ気まずくないよね?」
「そうですね。ナマエ、背を向けて下さい」
「なッ…!どうして私が!」
「恥ずかしがっているのはあなたの方ですよ」

早く、と急かされてナマエは恥じらいながらも慎重に身体を動かし始めた。その姿のなんと愛らしいことか。テレンスはにやけそうになる口元を引き締めて彼女の動作を見つめる。

テレンスの顔を見ないように必死で視線を下に向けながらナマエはモゾモゾと動いてテレンスの胸に自分の背中を預けた。テレンスの息遣いがすぐ近くで聞こえる。さっきよりはマシだけれどもそれでも緊張してしまっていることを彼女は気づいていた。

「…動きますよ。手を机に添えて支えていて下さい」

そんな彼女の気を知っているが知らないフリをするテレンス。耳元で優しく囁かれたかと思えば、今度は倒れないようにと皮肉めいた口調で言われてしまう。悔しいが言い返せない。ナマエは言われるがまま、今度は倒れないように近くの机に手を乗せた。

彼女が机に手を乗せたのを視認してからテレンスは彼女の腰に手を添えて動き始める。自身の身体を少しずつ下にずらすようにスライドさせた。

「ッふ……、ん」

その度にナマエは小さく身体を震わせて艶かしい声を漏らす。無意識だと分かっているものの、誘っているのかと思わず尋ねたくなってしまう仕草だ。気が昂りそうになるのを抑えながらテレンスは冷静を装って身体をずらそうとする。

「ナマエ、少しくらい我慢して下さい」
「だ、だってこんな…!」
「離れたくても離れられない」

いつもなら、離れたくないんですか?と意地悪の1つや2つを言ってやるのに。相手の初々しい反応でテレンスはすっかり余裕をなくしてしまっていた。少しずつ身体を離そうと動くが、先程よりも磁力が強くなっていてなかなか動けない。

もういっそこのまま襲ってやろうか―――。




「こんなとこで何盛ってんのあんた達」

テレンスの本能が牙を剥きかけた時、背後から女の声が聞こえた。その声にビクゥッと2人とも身体が跳ねる。まずい、見られてしまったか。振り向くとマライアはかなり冷めた瞳で2人を見つめていた。

「マ、マライア!違うの、これは…ッ!」
「盛ってません!事故です!」

明らかに「これ絶対入ってるよね?」の体勢であることに気づいたナマエは顔を真っ赤にして慌てて弁明しようとする。テレンスも紛らわしい反応をするナマエの言葉に補足するように付け加えた。

「……ふーん、2人して私のスタンドに触っちゃったってこと?」

面白いものでも見るかのような目でマライアはくっついているテレンスとナマエを見る。なんとなく状況を理解してくれたのだろう、ニヤニヤしている。テレンスは冷静を装って、あきれたような声でマライアに言った。

「そうです。さっさとスタンド能力解除してくれませんか」
「そうねえ。面白いけど、ナマエがもう限界みたいだしね」

マライアは口元に笑みを浮かべながらそう言ってパチンッと指を鳴らしてコンセントを消し、スタンドを解除する。テレンスとナマエの身体を引きつけ合っていた感覚が消えると同時に、恥ずかしさのあまりナマエはそのまま崩れ落ちてしまった。


「あらら…ナマエ、大丈夫?」

そんなに刺激が強かったのかしらとマライアは2人に近づきながら笑いをかみ殺したように尋ねる。テレンスはひざまずいてナマエの顔をのぞき見た。耳まで真っ赤にして視線を合わせようとしないナマエにやりすぎたかもしれないと今更ながら反省する。

「あなたのスタンドのせいですよ」
「心外ね。ダービー弟がいじめたんじゃないの?」

こちらまで照れてしまうではないかと思うくらいの反応にテレンスはマライアのせいにすると、マライアは核心をつくような言葉を返して来た。

「……いじめてませんよ」

しかしそれには動じず何食わぬ顔でしれっと否定するテレンスに、ナマエはいじめてたよ!と心の中で叫んだ。そして彼の意識がマライアにいっている隙をついて立ち上がると、走って部屋から逃げた。



「あーあ…逃げちゃった。追いかけないの?」
「……いいんです」
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