New Generation
「ふふっ、おはよう。元気そうね。」

なまえは朝日がさす中、笑って既に見つけたお気に入りの馬、ブレットに笑いかける。今までの生活とは全く違う、新しいスタートを踏み切るのにふさわしい朝日だ。ブレットはうれしそうに鼻を鳴らした。

昨日――編入初日、めでたく念願の乗馬部に入部したなまえは朝から早速馬に乗ろうと思って厩舎に来ていた。厩舎の柵からブレットを出しながら一緒に放牧場の中にあるウェスタン牧場へと歩く。


「一緒に風を感じさせてね。」

ウェスタン牧場について、ブレットに鞍や鐙などを付けた後、乗る前に優しく話しかける。そして顔に軽く頬ずりしてからなまえは馬に乗った。

「準備はいい?行くわよっ…!」

手綱を握って優しく声をかけると、馬を走らせる。上手くコントロールして馬と共に風をきって走っていた。やっぱりすごい…!と感動しながら、相性の良さにもうれしく感じる。そうして暫くブレットと走っていると、柵の向こう側にテンガロンハットをかぶった男性が歩いているのが見えた。彼の視線はこちらに向いていた。なまえは「あれは…、」と思って彼の歩いている近くまで馬を走らせる。



春大会がもうすぐそこまで迫っていてアメフト部は朝練があるため、キッドは放牧場よりも奥にあるアメフトグラウンドへ向かっていた。そしてその中のウェスタン牧場の前を通る時に編入生が乗馬部に入ったというマネージャーとの会話を思い出して、牧場の方を見る。

正直に言ってしまえば、まだ元許婚のなまえを忘れられない。編入生があのなまえと同一人物なのかどうかはまだ確定した訳ではないのだが、やはり気になってしまうのだ。牧場の方を見やると、女性が馬に乗って風を切る姿が目に入った。朝日や風を受け、馬を走らせるその姿はとても気品のある感じで凛々しさを感じる。そうやって暫くその様子を見つめていると、馬がこちらに向かってきた。馬が近づいてくるにつれ、上に乗っている女性が誰なのかが分かった。…あの編入生だ。

「キッドくん、おはよう…!」

柵まで近づいて馬から下りると、馬に一言二言声をかけた後、自分の方へと近づいて自分に声をかけてきた。

「おはよう。朝早いねえ。」
「この前は本当にありがとう!とても助かったわ。」

そう言ってにこりと笑う彼女。とても義理堅い感じである。彼女は本当に自分の元許婚であったなまえの笑みの面影ある気がする。

「いいって。当然のことだよ。…もう部活入ったんだね。」
「うん、乗馬がしたかったから…。乗馬が好き過ぎて朝から来ちゃった。」

マネージャーとの会話を思い出しながらこちらから話を振ってみる。そう、まだあのなまえと決まった訳じゃない。えへへ、と笑う目の前の彼女がとても愛らしく感じた。愛らしくって何を考えているんだとその考えを振り払ったが。


「……そういえば、名前は?」

確かめなければいけない。今、自分の目の前にいる彼女が自分の元許婚のみょうじなまえであるのかどうかを。しかし予想外の答えが返ってきた。

「ブレットよ。すごく毛並みがいいでしょう?それに走り心地も最高よ!」

見ている側が微笑ましく思うような笑顔でなまえが答える。自分の期待していた答えと全く違う答えが返ってきてキッドは思わず声に出して笑ってしまった。

「っははは!違う違う、俺が知りたいのは君の名前だよ。」

あまり笑っては失礼だと思ったが、あまりにもかわいらしい変化球だったので少しの間、笑いを止められなかった。

「…ご、ごめんなさい。私ったら…。」

恥ずかしさで顔を赤に染め、片手を頬にあてるなまえ。キッドはとてもかわいらしいと感じる。


「で、君の名前は?」

笑いを抑えてキッドは改めて彼女に聞いた。

「みょうじ、みょうじなまえよ。」

キッドは思わず耳を疑った。もう一度聞き直したい衝動に駆られた。今目の前にいる彼女は自分の許婚だった彼女と同じ名前なのだ。もしかして…いや、彼女はやはり自分が今も想っているなまえなのだ。そうに違いない。キッドは彼女があのなまえだということが分かると、何を口にして良いか分からなくなった。手放した愛しい彼女が目の前にいる―――うれしさと戸惑いが混ざり合って複雑な気分だ。そんなことをキッドが思っているとはつゆ知らず、なまえは彼に話しかける。

「キッドくんはこれから部活?」
「…ああ、そうだよ。」

ややあってキッドは言葉を絞り出した。

「そうなんだ。何やってるの?」
「アメフトだよ。…これから春大会始まるからねえ。今日から朝練があるんだ。」
「そう…もう朝練あるのね。大会頑張ってね。」

笑顔で返すなまえ。きっと彼女はまだ自分が武者小路紫苑だということを気づいていない。

「ああ、じゃあ朝練行くよ。」
「ええ…練習頑張って、キッドくん!」

太陽の光を受けてキラキラと光っているように見える彼女のまぶしい笑顔に見送られてキッドはアメフトグラウンドへと足を向けた。



まさか、こんなところで会うとは思わなかった。本当はずっと会いたかった。家は捨てたけれども、なまえとの関係は捨てたくはなかった。でも過去の名前を明かしたとしても今更彼女に何を言うんだ。
自分から手放したのだからこの気持ちを口にする資格はない。口にしたところできっと拒絶されるだけだ。

朝練が始まる前、いつもと5分と違わず来た鉄馬に俺はさきほど起こったことを話す。

「鉄馬、さっきなまえに会ったよ。あの家がどうやって許したのかは分からないけど彼女はここの生徒みたいだ。」
「……なまえに?」

無表情の鉄馬の表情が少し動いた。それはほんの少しできっと俺となまえ以外には分からないだろうが。

「ああ。ねえ鉄馬、せめて彼女の傍にいることは許されるだろうか…。」

やっぱりまだ彼女のことが気になる。見守るくらいなら許してもらえるかな。ぽつりと本音をもらせば、鉄馬はただ黙ってコクリと頷いた。"今度は大切にすればいい、ずっと会いたかったんだろう"、そう鉄馬の瞳が物語っている。5年の空白があった分、なまえには自分の傍にいてほしい。例えこの想いが報われなくても。そう、9年前から抱いていたあの淡い恋心が報われなくても―――。



朝練が終わった後、俺は未だにノリが苦手だが監督に近づいた。

「…監督、」
「おお、なんだキッド?」

朝からテンション高いのがなんかすごい。

「マネージャー募集の件で話があるんですが、乗馬の上手いマネージャーってどうですかね?」

テンガロンハットを親指の腹で少し押し上げながら提案の形で聞く。事実、なまえは乗馬が小学生の頃から上手かった。
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