Take Cover
「…ふふ、なんだか不思議ね。」

試合前の最後のミーティングの後、最終調整をしている時にベンチに座ってデータを確認しながらなまえは笑って言った。

「何が?」

鉄馬と軽いストレッチをしながらキッドは彼女に尋ねる。

「アメリカ合宿で初めてデビルバッツの人達と会った時はまだ無名のチームだったのに今日の準決勝で戦うなんて、あの時は考えもしなかったことだから…なんだか不思議な巡り合わせだなあって思って。」
「なるほどね。…まあ確かにあの頃はお互い名をあげたばかりみたいなものだったからねぇ。」
「はー…なんか緊張するわ。」

泥門はキッカーがいないから勝てる見込みのある試合ではあるが、そう簡単には勝たせてくれないだろう。なんとか準決勝に勝ち進みたいとなまえはぶるっと身体を震わせた。


「…まあ、簡単に勝たせてくれる相手ではないだろうねぇ。」

彼女の意味するところに同意しつつ、ストレッチを終えたキッドは立ち上がる。

「でも負ける気はしないでしょう?」

なまえは、"頑張って"とか"勝ってきて"とか"勝つって信じてる"とか言いたかった。しかし、キッドにプレッシャーを与えるような言葉は控えた。……勝利への重圧を、彼は誰よりも知っているから。まあそれでもはぐらかされるだろうけど、と彼女は予想する。

「さあてね。」
「私はマネージャーとしてチームの勝利を信じてるわ。」

思った通り飄々とした答えを言ったキッド。やはり"勝つ"とか"クリスマスボウル"という言葉は避けているようだ。それに対して、この間の泥門の体育祭に偵察に行った時の蛭魔とのやりとりを知っているなまえは少し期待をかけて、"チームの"を強調して言った。そしてくるっと向きを変えるとプレーブックを回収してまわる。彼女のその様子をキッドは愛おしげに見つめていた。




しかしそれもつかの間で、集合の笛が鳴って選手はグラウンドへと入ってキッドはなまえの頭に自分のテンガロンハットを被せてコイントスが行われる場所に行く。今、まさに試合が始まろうとしている。コイントスの様子をなまえは緊張した面持ちで見守っていた。コインが舞い上がって落下したかと思えば、ピイイイイと審判が笛を吹いて西部の攻撃で試合が開始することを告げる。

なまえはビデオカメラを構えて走り出すチームメイトや相手のチームの動きを追った。キックオフのボールをいきなり陸が取ってそのまま走って持って行って、キックオフリターンタッチダウンをした。

「うわ、陸の奴すげえ!」
「というか、俺未だにあの走り方の原理よく分かんねーんだけど…。」
「あれはね、膝を曲げない大股ステップでロデオみたいに上体を揺らして超人的なスピードの緩急を付けるチェンジ・オブ・ペース走法の1つよ。源流はラグビーの走り方だって。」

近くでぼやいていた1年生になまえは答える。

「そうなんですか……。」
「色んなスポーツ研究して自分で編み出しちゃうんだもの。彼らしいねェ…。」
「うちのルーキーはすごいわ、本当。」

ベンチの近くまで歩いてきたキッドが言い、なまえはライバルがいるから燃えるタイプねと付け加えた。紫苑はどうしたら火がつくのだろうか…と思いながら彼女はキッドを見つめる。


そして試合は続けて泥門の攻撃に移って、アイシールド21がボールを取ってそのまま走って行った。陸が追っていたが惜しくもゴールラインまで逃げられて、今度は泥門のキックオフリターンタッチダウンが決まった。その後、再び泥門のキックオフのボールを陸が取ってフィールドの半分まで持って行った。

……いよいよ西部の本格的な攻撃が始まる。

「キッド、アイシールドくんの電撃突撃には気をつけて。念のため、ね。」
「大丈夫だよ。」

メインの攻撃を始める前、心配するなまえに微笑んでキッドは答えた。新たに隊形を組むためにグラウンドに入ってきたキッドを初め、オフェンスの選手にチアの応援も盛り上がり、観客の反応も大きくなった。

「キッドー!!今日は何百点取ってくれんだー!?」

盛り上がった観客がキッドに声援を送る。

「何百って、ほら、もうねぇ…ちょっと、言ってんじゃないの、買いかぶりすぎだって。」

―――期待されるとロクなことがねえ。
今までずっとそうだった。俺は期待には応えられない。
たくさんのファンに応援されつつも、そう感じたキッドは困ったような顔をしながら言った。




それからキッドがグラウンドでヘルメットの金具を止め直していると、蛭魔が鎌をかけるために話しかける。

「一手目はまぁじっくり観察させて貰うとすっか。うちの連中も生でテメーのパスは初体験だしなァ。」
「…………。」

一体何のつもりやら。でもまあ、用心するにこしたことはないねぇ。
ヒル魔氏の方を見つめながら、彼の思惑を読み取ろうとするがよく分からない。

「怖い怖い。カマのかけあいなら乗らないよ…。心理戦になったら勝てないからねェ。」
「ケケケ、セキュリティー堅え野郎だ。」

聡明なキッドはヘルメットをしっかり押さえながら逃げ、蛭魔はそのまま流した。


ショットガンの陣形を組んで、自分の立ち位置についてキッドはコールをしながら奥にいる蛭魔を見据える。

「SET!」

言いたいことはある。言ってしまえと人は言うけれども言葉にできないんだ。良すぎるとロクなことがねぇ、身を引くのが賢明な時だってあるから。…それに言葉にしてしまえば全て泡となって消えてしまうから。考えたことを頭から振り払い、神経を集中させてキッドは気持ちはあくまで慎み深く構えた。

「HUT!」

キッドのかけ声1つで全員が一斉に動きだした。鉄馬や波多・刃牙をはじめ、レシーバーはルート通りにばらけて走る。ビデオカメラで泥門のプレーを追っているなまえは蛭魔の姿が見えない事に気づいた。キッドは視線を動かしてすぐにパスターゲットを見つけるのと同時に監督が叫ぶ。

「パスターゲット見つけたな!キッドの早撃ちは無敵だ、誰も電撃突撃に行けもしな…、」
「キッド!電撃突撃!」

蛭魔の姿がレシーバーをとめるポジションについていないことに気づいたなまえはすぐにキッドの傍に視線を動かせば、蛭魔が彼に迫っている。彼女が早口でそう叫んだ時にはキッドも蛭魔の電撃突撃に気づいた。
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