Love Of A Lifetime
小さななまえは大きな父親に手をひかれて薔薇の小道を歩いている。
とても大きく立派なお屋敷の前に立ち、そのお家の人と父が二言三言話すと、中へと入った。
今日初めて、将来結婚をするという約束がされた人、つまり許婚となまえは会うのだ。
彼女は幼心になんとなく不安を感じていた。ロココ調の立派な部屋に通されて、彼女の緊張は更に高まる。

あまりきょろきょろしないように部屋の中に入ってみると、とても立派な身なりの大人の男性と自分と同じくらいの小さな男の子がいた。見知らぬ人がいる。しかも自分よりももっと高貴な方々であろう。なまえは父の手を強く握りながら父の影に隠れるようにして立ち止まった。父はそんな彼女の背中を優しく押して前へと出す。


「なまえ、この方がお前の許婚だよ。」
父がそう言うと、目の前の男の子が小さく会釈をする。とてもきれいな男の子だった。
「は、はじめまして…紫苑様。みょうじなまえと申します。」
まだ小学校2年生だったなまえは人見知りをしてしまう癖が残っていて、とても緊張しながら挨拶をした。

「…はじめまして、なまえさん。」
その男の子、紫苑はやわらかく微笑んだ。その時、なまえは紫苑を、まるで天使みたいに優しく綺麗に笑う方だと思った。これが、初めて紫苑となまえが出会った時のことだった。

その時は単なる顔合わせで、大人の会話を頭上で聴いていただけで終わった。それ以来、紫苑と初めて会ってから父は何度も顔を会わせる機会を作ってくれた。どうしても華族とのつながりが欲しく、武者小路家の許婚の父という地位を確実なものにしたかったらしい。



2度目に武者小路家に招かれた時、今回もまた大人達の話に付き添うだけだろうとなまえは思っていた。しかし、その期待は大いに外れた。

「紫苑、なまえさんに屋敷を案内してあげなさい。」
「父さんたちはここで話してるから、後でななまえ。」
まだ許婚と会うのがたったの2度目だというのに父親同士が話している間、紫苑となまえのいきなり2人きりにされた。
「はい。……行こう。」
「…はい。」
シャキッと返事をしたのは紫苑である。人見知りをするので不安を感じているなまえの方はあまり気乗りしない返事をして、紫苑について部屋を出る。部屋を出ると、小さく笑いながら紫苑はなまえに話しかけた。

「君、かなり緊張してるねえ。」
「だ、だって…紫苑様の「あのさ、"紫苑様"って呼ばなくていいのに。別に親が偉いかどうかなんてぼくと君には関係ないんだし…。」」
硬い表情でびくびくしながら紫苑に話す彼女の言葉を遮って彼は言った。
「え、と…じゃあ紫苑くん?」
「将来結婚するんだからそれはちょっと…。よびすてで呼んでよ。あと敬語で話さなくても大丈夫だよ、同い年だし…何より緊張しなくていいし。」
「分かった。じゃあ私のこともなまえって呼んでね。」
ふわりと優しく微笑んだ紫苑になまえは子どもながらにとても心を惹かれた。つられてなまえも笑うと紫苑も心が跳ねて彼の表情が少し止まった。

「…うん。じゃあ着いてきて。案内するよ。」
紫苑はなまえの手を取って歩き出す。彼の笑顔は彼女から見ると、とても輝いて見えた。2人で敷地内をぶらぶら歩いている時は、お互いの学校のことや家のことについて話していた。なまえは家柄にこだわらず、優しくしてくれる紫苑に好意を抱いた。紫苑もまた、話の弾む彼女に好意を抱いていた。紫苑となまえはすぐに仲良くなった。一通り、敷地内を案内し終わった後、彼は彼女にこう声をかけた。

「もうそろそろ戻ろうか。」
「そうね。ありがとう、とても楽しかったわ!」
最初の時とは打って変わって打ち解けた様子で柔らかく笑うなまえ。
「こちらこそ。ぼくも楽しかったよ。」
今度はそんな彼女につられて紫苑も笑った。彼女の笑顔がとても素敵だと紫苑は感じた。

「…それにしても紫苑のお家ってとても広いのね。私の家なんかぜんぜんって感じ。」
「そうなの?」
「うん。」
今日案内してもらって家を回ってみてなまえは改めて武者小路家の家柄を思い知った。
「…今度はぼくがなまえの家に行ってみたいな。」
「じゃあお父様にたのんでみるね!」
「ありがとう。」
そう約束してなまえとその父は家に帰って行った。


「お父様、紫苑が今度うちに来たいって!」
帰りの車の中でなまえははしゃいだ様子で父に話しかける。
「なまえ、武者小路家のご令息を呼び捨てにするんじゃない。」
「でも紫苑がそう呼んでくれって言うんだもの。」
「……なら構わないが、武者小路家に行く時は言葉遣いに気をつけるんだぞ。」
「はい…。」
父親にたしなめられ、しゅんとするなまえ。
「それと…うちに招くのはいつでも構わんからな。すぐにでも向こうのご都合の良い日程を聴いておこう。一様も紫苑様もお忙しいから。」
「本当!?ありがとう、お父様!」
うれしくて思わずなまえは父に抱きついた。いつもならはしたないと叱られるのだが、武者小路家と今後も関わりを持てそうだと分かった今日ばかりは父も上機嫌なのか彼女の頭を優しく撫でた。




それから1か月ほど経ってから紫苑がみょうじ家を訪れる日が来た。それは多分紫苑が8歳になって半年ほど経った頃だった。
「武者小路様、本日はようこそお越し下さいました。」
家族揃って入り口で出迎え、恭しく頭を下げる両親に従ってなまえもまた頭を下げた。彼女の両親は武者小路一と何か大人の話をしながら歩いており、その後ろになまえと紫苑は連れ立って歩く。

「なまえの家っていい匂いがするね。何の匂い?」
「これはね、クチナシの匂いなの。あの白い花よ。"幸せを運ぶ"という花言葉があるのよ。」
そしてその会話を聴いていた両親がお互いの子どもを褒め合う。
「さすが紫苑様、お目が高いですね。」
「なまえさんも教養があってすばらしいね。紫苑はなまえさんを気に入ってるみたいだし、まさに理想の許婚だ。」
そんな会話が頭上でされていることなどつゆ知らず、紫苑もなまえも互いの家の庭のことや学校のことについて話していた。

それからみょうじ家の応接間に通されて彼らはまた2人きりにされた。親睦を深められるようにという計らいがあるようだ。
「そういえば紫苑は何をするのが好きなの?」
「射撃と本を読むことだねえ。」
その時はまだ紫苑は射撃が楽しいと思っていた。勝利への期待は重荷ではなかった。
「すてきね!射撃はしたことないけど、私も本を読むのは好きよ。紫苑はどんな本を読むの?」
「色々だよ。小説は日本のも海外のも読むし。」
それから暫くは、本好きである彼女と好きな本について語ったり一緒に本を読んだりして過ごしていた。

一緒に本を読んだ後、なまえが遠慮がちに聞いてきた。
「ね、紫苑、今度私に射撃を教えてくれる?」
彼女が自分の世界に興味を持ってくれるのが子どもながらに紫苑はとてもうれしかった。
「いいよ。じゃあ今度なまえが家に来た時一緒にやろうか。」
「ありがとう!約束ね。」
微笑むと、なまえはうれしそうにまぶしい笑顔で笑う。差し出された彼女の小指と自分の小指を繋げて約束をした。



それからまた月日は流れ、2人が小学3年生の時の夏休みに、なまえがまた武者小路家に来た。その時に彼女は初めて射撃を経験することとなった。訓練場でパァンッ!と鋭く乾いた音が一瞬だけ響いたかと思えば、的に命中したことが示された。
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