Walk With A Stranger
暖かさを含んだ風がふく3月の初めの頃だった。世界大会を控えているため合同練習が詰まっていて暫く会えなかったが、久しぶりにキッドの家のソファで2人してくつろいでいた。優しい日だまりが2人を包み込む。

「もうすぐ卒業式か〜。」
「俺たちは1年後だからあんまり関係ないけどね。」

キッドが出る世界大会のチケットを一様に送ったのだけれど、果たしてアメリカまで来て下さるのだろうか……。そんなことを考えながらなまえがなんとなくカレンダーを見ていると、そんな話になったのだ。

「いや、アメフト部の先輩達への卒業記念のプレゼント、そろそろ決めないとなーと思って。紫苑、貴方は何が良いと思う?」
「さあ…寄せ書きとかお菓子とかがいいんじゃないかな、無難だし。それもいいけど……。」
「いいけど?」

なまえがそう言ってすぐ隣にいる彼を少し見上げて訊ねると、キッドは少し言い淀んだ。それに対して続きを促すように更に彼女が問うと、彼女の上に影ができた。

「アメフト以外の話題にしたらどう?せっかく2人で過ごしてるんだから。」

キッドは顔をなまえにぐっと近づける。彼からこんなことをしてくるのは随分珍しい事だった。だから、なまえは暫しの間、呆気にとられていた。

「…珍しいわね、貴方がそういうこと言うのって。」
「たまにはいいでしょ。」

優しくなまえの腰に腕を回して抱きしめ、そう言っていたずらっぽく笑うキッドに彼女は微笑む。

「たまに、でなくてもいいのに。」
「それはうれしいねぇ。」

キッドの顔が近づいてきたのを見て、なまえは目を閉じた。

「好きだよなまえ。」

そしてそれとほぼ同時にキッドは甘く囁いて、彼女の唇に優しくそっと己のものを重ねるようなキスをする。このまま時が止まってしまえばいいのに、と柄にもなくキッドは思う。ただ重ねるだけのキスを何度か受けた後、なまえはキッドの服の袖を掴んだ。それと同時に唇が離れると、彼女はそれまで話題にできなかった進路のことについて口を開いた。


「……紫苑は、卒業したら進学しないんだよね?」
「まあお金がかかることだしねえ。就職も本名明かせない上に戸籍がないんじゃ難しいし、やっぱり起業かなと思ってる。なまえは?」
「私はまだ具体的な進路はまだ決めてないけど……。」

ずっと貴方の傍にいたい。でも……貴方と結婚したいと言ったら紫苑は望んでくれているんだろうか?

言いよどんだなまえの瞳に迷いが見えた。卒業後にはきっと家に戻る約束があるからだろう。卒業すれば彼女の自由な時間は終わる。彼女が実家に戻れば家のために他のもっと良い条件の男と結婚するのだろう、なんてぼんやり考えた。

こういう時がいつか来ると、自分でも分かっていただろう?―――辛いけれども、仕方がないことだと自分を納得させた。


「……君が決めたことならどうなっても俺は何も言わないよ。君の人生なんだから。」

なまえの頭を優しく撫でながら言う。他人事のように言うけれど……本音を言えば、俺の傍から離れて行かないでほしい。でもそんなこと言えない。彼女は俺とは違う世界に住んでいるのだから。愛する人の障害にはなりたくない。

何も言わない彼女に視線を落とすと、彼女は押し黙ったまま涙を流さないように必死に堪えている潤んだ瞳を隠していた。ぎょっとして彼女を見ると、彼女もまた自分を見上げる。


「……どうしてそんな簡単にいつでも離れられるみたいな言い方ができるの?傍にいてくれって言わないの?」

震える唇を動かしてなまえはそう言った。

「そんなこと言えないよ。どれだけ君を心の奥から愛していても、君は旧家の令嬢なんだからそれだけはどうにもならない。」

俺だってもともとそういう家にいた。なまえの許婚になれたのも元々は家の都合だ。だから自分の意志だけでなんともならないのも分かる。苦しい思いでそう言った俺の気も知らないで彼女は俺から離れた。


「……そう。……紫苑が本気で望んでくれるなら、私は全てを捨ててでも貴方の傍にいるつもりだった…っ!」

涙を零しながら、今日はもう帰ると言ってなまえは鞄を持ってキッドの家から出て行った。




次の日、学校に行くとみんな何故か浮ついている。一体なんなのだろうと思いながらなまえは普段通りに過ごしていたが、昼休みにそれはすぐに判明した。

「もうすぐプロムなのに元気ないなー!どうしたの?もしかしてキッドにプロム誘われなかったとか?」

昼休み、ご飯を食べ終わってから落ち込んでいる様子が見るからに伝わってくるなまえに比奈はあえて冗談めかして声をかけた。

「いやプロムは行かないけど…。」

そういえばこの学校ってプロムあったんだよね…。初めてキッドと一緒に帰った日にプロムについて話した事をなまえは思い出した。あの時はまだキッドが紫苑だなんて知らなかったけど……一緒にいて楽しかったし彼の傍は安心した。


「えープロム行かないの!?」

彼女の意外な言葉に、比奈はびっくりして思わず大きな声で言ってしまった。比奈の声が教室に響いた。男子数名が2人の方を振り返った。比奈はしまったと言わんばかりに口を押さえるが、なまえは元気がない。まさか本当にキッドに誘われなかったのだろうか。心配しつつ、友達同士でも行けるから行こうよ!と誘っても彼女は首を振った。豪華な料理出るしダンスとかミスコンとか催しがたくさんあるし楽しいのにーと比奈は至極残念そうに言う。

「だってそもそも行く相手もいないのに……。」

ぐったりと机の上に身体を預けるなまえ。

「何言ってんの!キッドがいるじゃん。」
「あの人ああいうの興味ないわよ。それに世界大会に向けての準備で忙しいわよ。」
「えーでも日本選抜の選手に3年生いるでしょ?その人達だって卒業式があるんだし1日は抜けられるじゃない。」
「卒業式がうちと同日とは限らないじゃない。」
「そんなの、ほとんど同日でしょうよ。」
「それでも無理よ。今……喧嘩してるし。」

家の方は継ぐけれど結婚はまた別の話。結婚は自分で決めようってずっと考えてた。ずっと紫苑と一緒にいられたらと思ってこれからの進路を考えてた、なのに……。将来のことを考えると頭の中がぐちゃぐちゃになる。辛くてもごもごと小さい声で言っていたら、比奈は驚いている。


「キッドとなまえが喧嘩するなんて久しぶりよね〜。」

珍しいと比奈が驚きながらも彼女が落ち込んでいる理由がはっきりしてなんとかならないものかと思った。そんな時、同じクラスの男子がなまえに近づく。

「みょうじ、プロム行く相手いないの?だったら一緒に行こうよ。」
「ごめんなさい、私はキッド以外の人とは行くつもりはないの。」

そう誘われてなまえはきっぱりと断った。それにも関わらず、噂が伝わるのは早いもので、放課後にはなまえが誰とプロムに行くか決まってないと知る他のクラスの男子がやってきた。

「みょうじさん、プールサイドまで来てくれない?ちょっと話したいことがあってさ…。」
「……分かった。」

そう言ってなまえが呼び出されて出て行った後、その様子を見ていた比奈もすぐまた教室を出てキッドのクラスへと向かった。しかし彼は結構フラフラ歩き回るので見つからない。同じ部活で彼と同じクラスの波多を捕まえて聞いてみた。
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