Keep On Dreaming
彼女が実家に行って話をした日から、不穏な動きはなかった。再び夏前のような穏やかな日々が過ぎていく。キッドには、一様との取引のことは言わなかった。一様との取引は、きっとキッドのプライドを傷つけることになってしまうからだ。

しかし、今のところ状況は特に変わらないのだが少なくとも時間は稼いだということは上手く彼に伝えておいた。

「どうなるかと思ったけど……少なくとも反論するための準備期間はあるってことだねえ。」
「…ええ。」

雪がちらつく中、肩を並べて試合会場へと足を運びながらキッドはほう…と白い息を吐き出した。そしてちらりと視線をなまえの方へと向ける。

俺も夢を叶えられるだろうか。――自分が選んだ道を貫きながら彼女の傍にいることは可能だろうか。彼女は俺の傍にいることを心から望んでくれるだろうか。――なまえと一緒に人生を歩むことができるだろうか。

「……それにしても、夢を叶えた彼らはすごいよねえ。」

そう言いながらキッドは視線を上の方に戻した。視界にはスタジアムの全体像が映る。来年こそは頂点を狙いたい。

「目標もはっきりしたし、来年は夢が叶うといいねえ。」
「…大丈夫よ、きっと。貴方が望めば叶えられるわ。」

今からクリスマスボウルが始まる。キッドの瞳はしっかりとスタジアムを捉えていた。なまえはそんな彼に微笑んで、彼の自由な方の手に自分の手をそっと重ねた。



雪が降りしきる中、クリスマスボウルが始まり、緊張がスタジアム内を包み込む。そして運命を決めるラストプレーが始まる前、電光掲示板を見つめながらなまえは呟いた。

「44対42、か…。あんなに絶望的な点差だったのに……。」
「何の因果かねえ。西部VS泥門戦のラストと…点差まで完全に一緒だよ。」
「本当ね。オンサイドキックのところも一緒ね。」

キッドの言葉にふふ、となまえは笑った。うちと戦った時から更に成長を遂げている彼ら、特にモン太の成長を見るのが楽しみなのだ。そしてそれは隣に座っている鉄馬も一緒だろう。

勝てる根拠も何もなかったのに、勝利への執念が力を産んで最強帝黒を追いつめていた。その様子を見つめるキッドの横顔はいつも以上に真剣なものだった。オンサイドキックが蹴り込まれ、ボールが泥門ボールになった時、会場は一気に盛り上がった。

そして、泥門の最後のプレーでキックが成功し、彼らの勝利が確定した瞬間、会場は更に盛り上がり、泥門の練習に参加していた選手達がフィールドに走っていく。それは陸をはじめ、キッドや鉄馬も例外ではなかった。

なまえはフィールドに下りていくキッドのうれしそうな表情をただひたすら見つめていた。フィールド上では既に戦友の勝利を祝うムードに包まれている。キッドはセナが胴上げされるのを静かに見つめていた。

―――彼らは夢を叶えた。勝利への執念が勝利を導いた。……望んで、それに向かって努力すれば叶えられるだろうか。アメフトの頂点も、彼女とともにいることも。


「ほんと、たいしたもんだよ。……俺ももう一度、戦おうかな。」

なまえとの未来のために―――。ガンマンズのメンバーでスタジアムを後にしながら決意を新たにしたキッドは囁くように呟いた。そのささやかなつぶやきを聞き取った隣を歩いていたなまえはきょとんとして彼を見つめる。

「何と?」
「なんでもない。……あー置いてかれちゃいそうだ。」
「え?…あっ!もうあんなに先に行ってる!」

急ごう!となまえはキッドの手を引いた。これから部でクリスマス会があるのだ。繋いだ手から伝わるぬくもりを味わいながら、キッドは未来のためにできることをしようと考えた。



それから部でクリスマス会があったため、クリスマスはガンマンズの面々と部室でにぎやかに過ごした。けれどもそのクリスマス以降、なまえが帰省していたこともあって、新学期が始まるまで他の皆と同様、キッドとは会えなかった。

「でもメールとか電話はしてたんでしょ?」
「うん。……あ、そうだ、休み中にきたメールなんだけど、腕完治したから今日から選手として復帰するって。」
「そっかー!良かったね!リハビリとかはこれから?」

新学期が始まって初めての部活に出るために、なまえは比奈と共に部室へと向かっていた。

「ええ、リハビリはクリスマス前からやってたけど練習はこれから少しずつ参加していくって。まあ、冬休み中に鉄馬くんとちょっとだけパスの練習してたみたいだけど。」
「あはは、キッドはりきってるなあ。……あ、忘れ物しちゃった!なまえ、悪いけど先に行っててー!」

教室に忘れ物を取りにUターンする比奈の後ろ姿を見送りながら、なまえははーいと返事をしてから再び歩き出した。部室に着いて扉を開けると、ガンマンズのユニフォームに身を包んだキッドがいた。その姿を見るのは久しぶり過ぎて彼女は言葉が出てこなかった。そんな中、先に口を開いたのはキッドの方だった。


「……久しぶり、なまえ。」
「ええ、久しぶりね。腕が治って良かったわ。」
「うん。もうこの通り、動かせるよ。」

今日から練習に参加出来るし、とキッドは笑いながら軽く腕を振って治ったことをアピールした。ゆっくりと、お互いに歩み寄って距離を縮めていく。

「復帰、おめでとう。」
「ありがとう。」

そしてどちらからとなくお互いに腕を伸ばして、抱きしめ合った。久しぶりに両腕で抱きしめられる感覚になまえはうれしくて涙が出そうだった。

「本当にっ…治って、良かったっ……!」
「うん。迷惑かけたね。……これから頑張るよ。クリスマスボウル、一緒に目指してくれる?」
「ええ!」

キッドはぎゅうっと彼女を抱きしめる腕に力を込めて、彼女の頭に顔を寄せてキスをする。彼の頼もしい言葉になまえは彼の胸の中で小さく頷いた。



「やっぱりうれしいものよね。キッドがコートにいると空気が違うし。」
「うんうん。司令塔の存在って重要だもんね。」

コートに立つ選手達を見てそんなことを比奈と話しながら休憩時間に備えてドリンクやタオルの準備をしていると、意外な来客があった。

「あの〜……今、大丈夫ですか?」
「あら、泥門のセナくんにモン太くん。……どうしたの?」

選手に用があるということで、コートに向かって歩きながら彼らと直接面識のあるなまえが用件を尋ねる。すると、高校アメフトワールドカップの選抜メンバーを集めているということで、陸たちに声をかけに来たのだそうだ。

「……投手は誰がするの?」
「えーと、まだ相談中です……なんて。」
「そうね、素晴らしい選手がたくさんいるものね。…でも私はキッドを推薦するわ。彼は素晴らしい投手よ。色眼鏡なしにね。」

候補として考えておいてくれる?と笑ってなまえは言った。今の彼ならきっと勝利への執念があるから大丈夫だと思ったのだ。確かにベストイレブンの選手だし、と泥門の2人は頷きながらまずは陸と鉄馬のもとへとオファーをしに向かった。



後日、泥門の2人が再び西部にやってきて、ヒル魔と共に世界選抜のメンバーへのオファーがきた。

「え、俺が……?」

キッドは少し驚いたような表情で2人を見つめた。それを隣で見ていたなまえは本人より先に喜んでキッドの肩を叩く。

「やったじゃない!キッド、貴方はぜひ出るべきよ。」
「出られるならそりゃあねぇ……。でも俺でいいの?」
「勿論っスよ!」

キッドの言葉に、モン太が当たり前だという口調で言い、なまえは何言ってるのよと言いたげにキッドの脇腹を肘で軽くつついた。背中を押して答えを促す彼女にキッドは誰にも悟られないように苦笑する。

―――まだチャンスはある。頂点を取りたいのなら、迷わず差し出されたチャンスをつかもう。


「……出るよ。俺も頂点を目指すって決めたしねぇ。」

頼もしい口調でそう言ってうれしそうに笑ったキッドに、3人分の喜びの声が上がった。


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タイトルはH.E.A.Tの曲名から。
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