Seize The Day
「は?キッドと鉄馬とみょうじが遅れるって?」

凄惨な白秋戦後、ほとんどのガンマンズの選手の傷が癒え、いつも通りに練習を開始し始めた頃のことだった。キャプテンである牛島は、部員から聞いた言葉に耳を疑った。



「何とも珍しいな……何でまた?」
「もしかして補習じゃねーの?」
「いや、鉄馬は分かるとして…キッドとみょうじだぞ?」

学年首位と2位だぞ、そんなことありえるのか。いや、ありえないだろう。牛島の傍に居た刃牙や内山が憶測を立て、その場に居る部員達はざわつく。

「というか、そんなん後で本人に聞けば分かるだろ……お、噂をすればだ。」

次々と飛び交う推測に牛島は言いかけるが、視界の隅に噂になっていた本人達が映った。3人とも心なしか少し落ち込んでいるようにとぼとぼと歩いているように見える。

グラウンドに近づいてくると、ふとなまえが顔をあげて、他の部員達が自分を待っているのに気がついた。自分たちの方を見ているのに気づいた彼女は真っ先に駆け出して小走りでグラウンドに向かってくる。

「お、遅れてすみません…!」

牛島達のいるところに駆け寄ってくると、彼女はぺこりと頭を下げた。

「いや、お前はマネージャーだしそんなに急がなくても大丈夫だけどよ……。」

ぺこぺこと何度も頭を下げるかわいいマネージャーに部員達は追求する気が起きなかった。そんなかわいいマネージャーの後からゆっくりと歩いてくる男2人。

「いやあ、それが進路指導の先生に捕まっちゃってねぇ……。」

参っちゃうよね、とキッドはトレードマークのテンガロンハットを動く方の片手で抑えながらやってきた。衝撃の事実にその場にいたガンマンズのメンバーは固まる。


「……は!?進路指導!?」
「おいおい、進路指導で呼ばれるって滅多にねえだろ!」

告げられた言葉に部員達は耳を疑いながら追及する。予想外の理由に周りもザワザワしだした。

「私もびっくりしてしまって……。」

職員室の一角にある指導室に呼ばれたかと思えば、キッドと鉄馬もそこにいるんだもの……となまえは付け加えた。彼女の言葉に部員達は唖然とする。

「お前ら一体何て書いたんだ……。」

進路のことで呼び出されるだなんて西部高校では余程のことがない限りあり得ない。キャプテンの牛島は果敢にも本題を尋ねた。すると、「えっ…私は……、」と頬を赤く染めながらなまえは口ごもる。

「け、結婚……。」
「不明瞭にも程がある!!」

才色兼備と言われている彼女の答えとは思えない。マネージャーの答えに部員総出でツッコミを入れた。そして次に、嫌な予感を抱きつつキッドと鉄馬の方を見る。

「……で後の2人は?」

刃牙が恐る恐るじっと2人を見つめながら尋ねた。すると、ぴったりと綺麗に声を合わせてキッドと鉄馬はさも当然といったように答える。

「「起業。」」
「この就職難におこがましい!」

それに対して牛島がオーバーリアクションを取りながらつっこんだ。……というか、鉄馬、お前もか。

「ほら、俺って戸籍ないから…自分で会社立ち上げないと雇ってくれるところがどこにもな「戸籍取り戻せよ!」」
「嫌ですよ。」

キッドはさらりと言い放った。そんな彼の様子をなまえは切なげに見つめている。――彼は家にはもう戻らないと言っていたじゃない。今のままじゃ高校を卒業した後も一緒に居られないって分かっていたでしょう?――なまえはそう自分に言い聞かせた。

キッドはキッドで、先輩達を上手く躱しながら彼女の定められた進路について考えていた。高校を卒業すれば、なまえと一緒には居られないことなんて分かっている。少なくとも今のままでは不可能だし、今後も一緒に居られるためには何か手立てを考えなければならない。そして、何より今一緒に居られる時間を大事にしたい。


のらりくらりと何とか先輩の質問を上手くかわしながらキッドはその場を凌いだ。そして先輩達がグランドに戻ったところで、ジャージに着替えに部室に行こうとする彼女を引き止める。

「……あ、そうだなまえ。これ渡しとくよ。」

片手でごそごそとポケットを探り、彼女に手渡す。彼女は戸惑いながらもそれを受け取り、受け取ったものとキッドの顔を何度も交互に見た。

「家の鍵……?」
「そう。俺のアパートのだから好きに使って。」
「えっ、えっ…えええ!?」
「まだ片腕が不自由だしさ、何か手伝ってくれたらありがたいんだけど。」
「あー…なるほど、そういうことね。いいわ「なんてね、嘘だよ。」」

本音を言うのは照れくさくて、つい先に嘘をついてしまったが、ちゃんと言わなければ。キッドは指先でテンガロンハットのつばを掴んで一度顔を隠す。そしてもう一度帽子を被り直して視線を遮らないようにすると、なまえの驚いた表情が見えた。

「……せめて、今一緒に居られる時間を大事にしたいなと思って。」
「紫苑……。」

うれしさに、涙が出そうになる。思わず彼の本名を呼びながらなまえは彼の自由の利く方の手を握った。

「ありがとう、私もよ!」

今にも涙が溢れそうになるけれども、その涙をぐっと堪えてなまえは微笑んだ。キスの代わりに一度だけぎゅっとキッドの手を強く握る。そして、また後でねと告げると彼の手を離して着替えに行った。

キッドはそんな愛しい彼女の後ろ姿を見つめながら部活のベンチに腰掛けた。まだ左腕の怪我は治療中のため練習には参加出来ないが、主務兼マネージャーであるなまえと一緒に練習のための手伝いはできるだろう。


ベンチの上に置いてあった選手のデータが挟んであるファイルを手に取ってぱらぱらと見ていく。そのうちに着替えから戻ったなまえが自分の隣に座った。


「あれ、基礎練はいいの?」
「うん。……そういえば明日から暫く部活来ないんだよね?」

なまえはちらりと遠慮がちにこちらを見てきて、少し寂しそうに呟く。そんな彼女を優しいまなざしでキッドは見つめた。

「ああ、うん。授業終わった後に泥門に行ってくるよ。」
「"どのチームが関東大会で優勝しても強力する"っていう大会前に回ってきたあの契約書ね…。」
「まあホント用意周到だよ。ま、役に立てればいいけど。」

この腕だしね…と左腕を労るように布の上から右手で撫でるように触れて、苦笑しながらキッドは言った。少し前向きになった彼に対して、なまえは少しうれしそうに微笑む。

「……泥門に協力に行くの、みんなうれしそうね。」
「そりゃあ、ねえ……やっぱり見てみたいじゃない、彼らが帝黒を倒すところ。」
「そうね。」

2人ともみんなが練習しているコート内を見つめる。明日、キッドと共に泥門に行くうちのエース達―――鉄馬や陸は心なしか楽しそうだ。きっと明日のことにわくわくしているのだろう。そして、それはキッドも同じなのだろうと彼の発言から感じ取ったなまえは微笑ましく思った。

もう一度、夢を見ようと彼は立ち上がり始めている。そんな彼の傍にいて、支えてあげたいとなまえは感じていた。

「キッド、」
「ん?」
「明日……貴方の家に行くね。帰ってくるの待ってる。」
「分かった。…楽しみにしてるよ。」

――なまえも自分と同じように、今一緒に居られる時間を大切にしようとしてくれている。キッドはそれを感じて、表情が緩んだ。
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