うちでは自分にそっくりな息子にデレてばかりの明王も、外に出ればちゃんと立派な選手のようだ。反逆児()をやめたかと思えば今度は大注目のサッカー界の風雲児()。正直一緒にいたわたしも訳がわからないけど明王本人がサッカー人生を楽しんでくれればわたしはそれでよいのである。言ってしまえば放置。お金にこまることもなく大きな怪我や病気があるわけでもなく、そうこうしているうちに日本に落ち着いた明王もわたしも20代半ば、ちびは2歳になった。


「ほい明王、昼ごはんできたから準備して。ちびはパパの方」

「らーめん、」

「これはそうめんだ」


めんつゆと水入りのペットボトルを右手に、ちびを左手に抱えた明王がどかっと座布団にあぐらをかく。長い足の上におむつで膨らむおしりを置くと、息子はうれしそうにそこに収まった。男の子はママの方が大好きという話はうそなんだろうか。ざるを抱えて複雑な気分。外見も明王そっくりで、わたしの需要は大きくなったらすぐなくなってしまうのかもしれない。それは寂しい。「あーなまえあれわすれた、あれ」「生姜?」「ネギ」そっちか。漫画のような以心伝心は新婚だろうが親だろうがめったにないのだった。出産した途端平気になった青ネギを渡す。

そうめんというと夏のイメージがあって、いまはシーズンオフで食べてはいけないかのように感じる。いつ食べても美味しいのに世間的なイメージというのは不思議なものだ。温そうめんはみんなあんまりしないのだろうか。生姜とネギをつゆに落とすとちびがチューブに手をのばした。


「え、生姜入れんの?食えんの?」

「生姜焼き好きだし平気かな」

「しょがやき?すきよ?」


知ってます。
淡泊な味のする麺をひたすらすする。暑さに弱い明王とわたしが夏にやたらと食べていた料理を、2年も経って子どもに食べさせているだなんてなかなか庶民的ロマンのあふれる話だ。しかもこの家で、この部屋で、この机で。いつのまにかちびがいるのが当たり前になったこの不動家。薄めのめんつゆを纏う半分サイズの麺を、ちびは案外うまく吸い込んでいた。炒飯とそうめんとラーメン、明王が好きなものばっかり好む小さいこいつ。

テレビはお昼のニュースを映していまはサッカー速報が流れている。ふと見慣れたドレッドがカメラに捉えられた。「きどーくんのサングラスだ」サングラスメインのニュースみたいな言い方である。テレビを見るかぎり彼はイタリアなうのようだった。みんな実力と行動が釣り合っているから色んなところを忙しく飛び回って、いちいち友人に報告なんてしないのだ。

しかしお昼だっていうのに眠い。春うららパワー。明王のオフはそこまで多くはなくて、公園に自手練しに行ったりもするものの基本は家族水入らず。せっかく夫婦そろった日に昼寝したらもったいないけれど、ちいさい子どもがいる母親は簡単に昼寝なんて出来ないから明王に任せてしまいたい気持ちもある。どうしよう。真顔で麺をすするわたしは、気付いたら明王にじっと見られていた。


「えっなにどうした、足りない?」

「……なまえ眠いんだろ」


ばれている。なんでわかるの?体温でぬるくなってきた箸をくわえて聞くと明王は「おまえ眠いと頬杖ばっかつく」とだけ淡々と返して食事に飽きた息子をおもちゃの中に置いた。
意識がそっちに移るのを確認してからまた麺をずるずるすする明王のなんとパパらしいことか。そろそろ見慣れてきた昔の仲間ですら時たま目をみはるほどである。数年もやってるのにパパらしくならないような男を旦那にした覚えはないけど。わたしが返事をする前に、明王は箸を置いて空の皿を重ねた。


「寝とけば?俺ちびつれてボール蹴ってくるから」

「え、わたしもついてくよ」

「んなぶっさい顔でついてくんな」

「ぶ、!?」


「……嘘だよバーカ」ちびが撒き散らしたつゆを拭いて麺を拾って、明王はわたしにもティッシュをよこした。こぼしてるよってか。器をどければ確かにいつのまにか濡れている。くずれた生姜がふわふわ浮いたそれを拭い取るとあくびがひとつ、思っていたよりも眠気は来ているようだった。ほらみろ、明王が言う。

そういえば男ふたりだけで外に出したことはあんまりなかった。わたしが子どもを連れて出かけることはそりゃあ多々あれど、明王がすべて丸々世話をするようなシチュエーションを作ったことはない。やっと乳離れしたところだから当たり前なんだけど。これはすこし面白いかもなあ。はじめてのおつかい気分でわたしは席を立つと財布を出した。


「じゃあさ、お買いもの行ってきてくれるとうれしいんだけど。メニュー決めていいから」

「買い物?べつに、いいけど」

「ありがと」


5000円札をぺらりと翻した明王はジャージを羽織ると財布だけポケットに突っ込んだ。どうせちびが気になってろくにボールなんて蹴れないのを自分でもわかっているらしい。パパとふたりだけでも泣かないとは思うけど、大丈夫かな。わたし達の会話をガン無視中のちびに聞いてみれば「いいけどっ?」とのこと。まねっこして人間は大きくなっていくのだ。同じようにジャージを着せて、春の陽射しを懸念して帽子もかぶせた。あ、なんかわたし今お母さんっぽい。食休みなんてない元気盛りはわたしに背中を押されてパパの方へ走っていく。


「ほな、いってらたい」

「ちびくんはいってきますでしょ」


誰に関西弁なんて教えてもらったんだろう。パパかなあ。そのパパは玄関で靴を履いてちびを待っていた。ボールネットを肩にひっかけて、いってきーと見送りのわたしを引き寄せる。ちゅう。息子はアンパンマン靴を装備するのに夢中で上なんて見ていない。


「ちゃんと寝とけよ。おまえ夜すぐ落ちるから」

「育児って疲れるよ」

「それは知ってるけど。…今日は久々に寝かしたくないの」


わかった?
わたしの朝から梳かしてもいない髪をふわっと軽く触ってから、彼はじゃあなと玄関を開けた。ままばいばい、後ろをミニサイズの明王が駆けてついていく。もうすぐ花見の季節といったところ。むずかゆくなる風が舞い込むいい感じのお昼の空が見えて、生姜の匂いに慣れた鼻がすがすがしい。息を一度吸い込めば年甲斐もなく元気な心臓がすこし落ち着いた。

たまには存分に昼寝してしまおう。起こされるまで寝るなんて久しぶり。とりあえず皿に水だけを掛けておいてから飛び込んだ布団は、わたしの枕なのに明王くさくて面白い。






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