明王が何やら話し掛けていたのが静かになったので後ろを見ると、彼に添っていた息子がまぬけな寝顔を晒していた。源田にもらった子供サイズの布団がお気に召したのだろうか。
「3歳まで親と一緒に寝た子どもはグレにくいらしいんだ」何とも源田らしい理由で贈られたふかふかのそれはまた高そうで困る。高級品じゃないと満足しない子になったらどうしよう。みんな独り身のくせに金ありすぎなんだから。


「やっと寝た?」

「おう。完全に寝たらちゅっちゅ外していいの?」

「ちゅ、何て?」


ぶふっ。吹き出したわたしを見る明王の目付きのわるさからは絶対連想できない単語を聞いた。これが子育てミラクル…口元を押さえたまま凝視。昔よりははるかに柔らかくなった目が細まって、またきょとっと大きくなる。


「……え、これちゅっちゅで合ってる…よな?」

「いや、似合わなすぎて」

「…あ?」


しばらくきょとんのままだった表情がみるみる強ばる。おもしろいくらいくるっと変わったそれをただ眺めているわたしに対して、完全に言われた内容を理解した明王はいきなりはずかしくなったらしかった。
別にばかにしたつもりはなかったんだけど(おしゃぶりでいいじゃんとは思わなくもなかったけど)。子供の相手なんて大人の目線から見たらあほくさいことばっかりだ、というかいまさら孤高を思い出されてもな。

反逆児を10年も前に卒業した彼は、元凶を息子の横に転がして自分も寝る体勢に入ってしまった。右手を回すのをまたただ眺める。
「つぶさないでよ?」「はいはい」「あ、あとうつ伏せになったら」「ひっくり返すんだろ知ってる」ぷいっ。まさしくそんな擬音の似合うそらし方をされたふくれっ面の目が閉じた。その表情が童顔を引き立ててることに、天才のくせにこいつは昔から気付かない。





久々に手のかからない昼間に幸せを感じつつ、やらなくてもいいよと言われたはずの洗濯を思わずこなしてしまったことに自分で驚く。何やってんだわたし。習慣とは恐ろしい。
何とも言えない悲しみを抱いたところで衣擦れの音がしたので横を向けば、居間兼寝室でさらに何とも言えない色合いのでかい方が起き上がってこっちを見ていた。


「何時間寝た?」

「1時間半くらい」

「あら。ちび爆睡だな」

「明王が構い倒したからじゃないの」


もそもそ、埋もれた毛布ごと隣にくるのでぐちゃった髪を整えてやる。そういえば息子の髪は明王のそれに似て茶色がかっていた。やわらかくて、何歳になってもぱやぱやした焦茶。あと何年経ったら今明王にしてやったように、乱れたくせ毛を直してやれるんだろう。

おもむろに伸ばされた明王の手が乾いた洗濯物をつかんで畳み始める。ねむいからか手際が悪い。Yシャツ系はいつも器用な彼に頼むんだけど仕方ないからわたしが畳もう。ほんとはこれが普通だなんてそんなの知らない。家事はふたりで、同棲をはじめた時からの決まりごと。

徐々に明王の動きがよくなってきたので、わたしはタオルの塊に戦いを挑み始める。量はとんでもないけど簡単なのでTシャツなんかよりとっても楽。単調に折り畳みながら飯どうしようかと聞くと、短く「うどん」と返ってきた。


「味噌煮込みのやつでいい?」

「ん。こいつも食えてちょうどいいだろ」


ちびはまだうまく座れない。結構な確率で戻れないくせに頻繁に寝返りを打ってかえるみたいに潰れて呻いて、最終的には泣く。それを明王が楽しそうに眺めているのが最近の日常だった。救出しろ。

そんな明王も、わたしから見たらかわいい。平和な家族を手に入れた喜びは隠しきれないらしかった。自分の父親のようにはならないのだときっと誓っているのだろう。
それが変なプレッシャーにならないといいけど、そんな先のことはわたしには分からない。嫁として、母親として失格かもしれないけど分からないものは仕方がない。わたしは明王ほど賢くはないのだった。


「おい、タオルばっか畳むな」

「ばれた?」


ぐしゃっとわたしの髪を崩して、明王がこっちへズボンの束をよこす。服は袖がめんどくさくてきらいだった。彼はわたしが何から逃げるかを熟知しているのかもしれない。今までもさりげなく、そしてこれからも何も言わずに助けてくれる。彼は甘えすぎると思ったあの日を思い出した。そんな訳ないじゃない。やっぱりわたしが明王に勝てるわけないのだ。

ふと、視界のはしで例のオレンジ服が動いたのでそちらを見ると、丸いおめめがぱっちりだった。目が合ったとたんに閉まらない口でふにゃふにゃ笑う。つられてむふふーなんて変な顔をしていれば、わたしを不思議そうに見た明王も振り返ってゆるく口端を上げた。最近は日常茶飯事となったデレ到来である。かわいい。どっちもわたしのものだなんて信じられない。

「おはよー」明王が脇の下に手を差し入れて持ち上げれば、原始反射をちらつかせてわきゃわきゃと手足を動かす。パパですよお、なんて話し掛けながら縦抱きすると何やらぶうぶう言い始めた。コミュニケーションが始まったらしい。

気を引いてもらっているうちにごはん作りに行こう。脳内で立てた休日計画は今のところ順調だ。夕方の予定を確認しながらそれに沿って動こうとして立ち上がる。皿洗ってからうどん茹でて、それからそれから。気分が乗っている間に済ませてしまった方がいい。一歩踏み出す。


「どこいくんだよ」

「いや、ごはん」

「…おう」


ぱっ。わたしの裾を掴む右手がおとなしく離れていった。彼の肩で鼻がつぶれているちびとまた目が合う。まさに純真無垢な瞳。すこし目線を上げれば明王の吊り目もまっすぐにわたしを見ていた。

そんなに見つめなくてもどこにも逃げやしないのに、親になっても寂しがり屋は治らないのかな。くしゃり、直したばかりの頭を撫でれば、ご機嫌らしい明王は子どものように笑う。彼と彼の腕の中のいわゆる「愛の結晶」が本当によく似た顔をすることに、わたしは改めて気付いた。こんな幸せから一体だれが逃げるというのだろう。






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