単刀直入に言うと、明王はアルコールが入ると素直になる。
ワルかったくせに中高の時たばこどころか酒も全然手を出さなかった明王だが、それはサッカーバカとしてのスポーツマンの体に影響がうんたらというのが理由だったのであって、大学生になってサッカーだけしてもいられなくなった今彼にその理由はあまり関係ない。(とはいってもなんだかんだプロのスカウトは入り続けている。酒にかき消されるような才能ではなかったようだ)
「ただいまー」
「お、なまえちゃんおっかえりい」
ヒールのせいで踵が床にしずむ感覚に顔をしかめたタイミングで、気の抜けた声がリビングから投げられた。8月9日のニュースを伝えていたキャスターの声がぷつんと切られて重い足音。
「おっせー」
「シフト延長かまされてからの呑み付き合わされた」
文句に愚痴を返すと、意外としっかりした足で玄関まで出てきた明王に今度は謎のタックルをかまされた。ふらついてもなかったくせに。
ぶつかるだけぶつかって、さっさとソファに戻っていく。なにがしたかったんだろうと子どものような明王を追ってリビングに行くと、テーブルには3本の空缶チューハイがお行儀よく並んでいらした。
どおりでテンションの高い訳だ。
「こんなの買ってあったっけ」
「何か分かんねえけど、きどーくんがくれた」
4本目を冷蔵庫から取り出し、彼はからからと意味もなく笑った。いきなり楽しそうな空気をまとい始めたのは、鬼道にもらったというのが大きいのだろうか。
バッグを放って部屋を見渡す。確かに他にだれかがいた形跡があった。呑みに使ったであろうグラス、それから彼には無関係なはずの朝食に使った食器が乾燥機に鎮座している。今日の食器洗い当番はわたしだから明王な訳がない、律儀すぎるだろぼっちゃん。
「鬼道きたんだ」
「日本なうだからな」
もう深夜なのに泊まっていかなかったのはわたしを考えてだろう。同棲というのは結婚より周りが気を遣うから、なんだか申し訳ないなあと思った。チューハイだって多分、お酒って高いよねと前わたしが愚痴ったからだ。バイトすら彼に紹介してもらったものなのに。
大学生になってもイナズマジャパンの皆との交流は続いていた。特に鬼道と佐久間は明王との関係で。それから帝国の人たち、辺見とか成神くんとか。
「なまえちゃんさあ、最近おせえな」
ぐいっとひとくち缶を呷って、ソファに座る自分の隣をばふばふ叩く。着替えもそこそこに着地すれば、ほいとまだ開いていない缶を手渡された。別にいらないけど機嫌を損ねそうなのでありがたく頂戴する。いただきます鬼道くん。
「社員さんに懐かれちゃってね」
「……あっそ」
興味がないのか気に入らないのか、聞くだけ聞いて明王はふいと前を向いてしまった。気紛れくんな所は酒が入っても特に変わりはない。再開されるテレビで始まったバラエティーに彼の意識が移ったのを確認して、鞄の整理をしにそっと席を立とうとして。
「どこ行くの」
腰が浮ききる前に捕獲された。
「バックとり行くだけ」「んだよ」まるでこっちが悪いみたいなそぶりで、わたしの身体を遮るように伸ばされた腕が戻っていく。
家に帰るといつもこうだ。一度帰宅したらもう絶対離さない、明王が家にいる日は大学から直接バイトに行くようにしているほどである。夜彼がうとうとしているすきにトイレに行くと、大抵帰ってまず目に入るのは不機嫌そうな彼。
外ではそんなこと絶対ないのに、一番安全なはずの家でそこまで離れようとしない理由は知っているからわたしは何も言わないようにしている。むすっとした眉間の皺を押して笑えば、にへらと気の抜けた表情が返ってくることも知っている。
「おかしもらったけど食べる?」
「餌付けされてんじゃねえよ」
「なにその冗談…」
突っ返された拍子にお互いの指輪がぶつかって金属質な高音が響いた。いつも通りのツンっぷりなのになにかが附に落ちなくて顔を上げて、ようやくはっとする。
整えられた眉が、これでもかという程寄せられたままだったのだ。
「明王、どしたの」
「べっつにィ?」
ビニール入りのクッキー菓子がわたしの手の中でぱきんと鳴った。さっきまであんなに楽しそうに笑っていたのに、今は鋭くそらされた目。伸びた髪をがしがしとかき回してこちらを見なくなってしまった明王の袖をちょいと引く。
「ねえ」
「なんですか?」
「なんで怒ってるの…」
「俺のどのへんが怒ってんだよ」
どこもかしくもだ。
言葉にならない呻き声を上げたかと思うと、まだ中身の入った缶をたんと勢い良く机に置く明王。怒ったり呻いたり忙しい奴だな。あそこまで邪険にされると自分何かしちゃったかなーなんて心配する気も失せる。さっき受け取ったチューハイをぐびりと呷って(そうでないと構ってしまいそうだ)、スルーを決め込むことにした。
感情を表に出して甘えてくれるようになったのは嬉しいかぎりであるものの、高校辺りからこいつはわたしに甘えすぎの節がある。親しき中にも礼儀ありだと心の中で憤慨してから、昔の仲間を思い出してすこし笑いそうになった。あの元ことわざ宇宙人くんは元気だろうか。
イナズマジャパンメンバーとは定期的に連絡は取っているものの、詳しく近況を知っているわけではない。
円堂は夏未さんとうまくやってるんだろうか、秋んとこは今どうなってるんだろう。無意識に恋愛沙汰ばかりが頭をよぎる(皆の一番の懸念事項が「不動夫妻は大丈夫かねえ」というわたしたちの心配だということも、この時点ではもちろん知らない)。
同棲を始めてもう大分経っても、同年代からの報告がないせいかまだいまいち「結婚」のイメージは浮かばない。まだ大学生だし、まだまだ遊んでていいんじゃないかとすら思っている。正直。
だから。
「…ねーなまえちゃん」
わたしが考え込んでいる間しばらく黙り込んでいた明王が、すこし機嫌の治ったらしい声で名前を呼んだ。なに、とだけ冷たく返す。すこしの沈黙が気まずくてまた酒を流し込んだ。じわあと温かくなる喉。唇。…唇?
「明王?」
「誓いのちゅー」
「はああ?」
柄にもないことを考えたせいか耳がおかしくなったらしい。今更なにもはずかしいことはないのに、キスひとつで身体が緊張に強ばる。
しかも顔を上げれば明王がいつのまにか眉間に皺のなくなった真面目モードで、さらにうっと触れ合った唇を引き結んだ。
「なまえ」
やめろ呼ぶな。熱を持った頬がうざったくて明王から目を逸らす。
移動した視界にあったわたしの左手を持ち上げる彼は、いつもすごいのに酔いやらのせいで無駄な色気を何倍も放っていた。ちゅう、と吸われた薬指をむずむず動かせば吐息で笑う。唇が移動してつめたい指輪をぱくんと食べた。
「とりあえず、その上司の名前教えろ」
「……へ?」
不機嫌にすがめていたはずの緑の瞳がこちらを覗き込む。揺れているのは一応緊張しているからだろうか。ぱちくり瞬きばかりを繰り返すわたしの額にこつんと自分のそれを当て、なぜか明王は怒ったような口調で言い捨てた。
「名前分かんねえと式に呼んでやれねえだろ」
「…不動なまえって、へんじゃない?」
「前より数倍すばらしーから平気」
にへらと照れ笑った顔は、わたしが眉間の皺を直す時とおなじもの。わたしの両親(特にお父さん)に非常に失礼なことを言ってるけど、これがわたしの、旦那、さん。
まだ遊びたい年だと言ったばかりなのに、明王に押されていつのまにか明日市役所に寄る約束を取り付けられてしまった。両親に反対される心配なんて今更ゼロだとはいえ、挨拶とかどこいったんだよ。
「あれしなかったね、なんだっけほら、結納?」
「んだそれ、しなきゃだめなの?」
結婚までこんないつもどおりの流れでいいのかなと微妙な顔をすれば、嫌なのかよとまたつまらなそうな目になる。
一番うまくいかなそうともっぱらの噂だったコンビが初夫婦になってしまうことは自分でも驚きだが、結婚ってこんなものなのかもしれない。
わたしの様子を窺う彼の、アルコールやらで上気した頬をぐいと両手で挟み込む。おとなしくむぎゅむぎゅされ続ける明王。白い額に今度はわたしから自分のをぶつけて、言い捨てた。
「妬いた勢いのところ申し訳ないんだけど」
「あ?」
社員さん、おんなのこだよ。
明王は無言でわたしを押し倒した。
単刀直入に言うと、明王はアルコールが入ると素直になる。
8/10
(さすがというか、あのメンバーだからお祝いがすごいね)
(鬼道くんのが色々とおかしいんだけど)
(ベビー服ェ…)
(あいつ実は綱海よりばかなんじゃ)
(大丈夫、綱海さん魚だから)
(祝儀間違えなかっただけすげえってことか)
(天才ゲームメーカーもテンパる時があるんだよ)