ミストレくんがかわいいのなんて十も百も千も承知だったはずなのに、今のわたしはそんな彼を前にとてもどきまぎしていた。くるりと回ると晒された肩が色っぽく艶めく。
どうして男のくせにそんな肩してるんだろう。触れたらやわらかそうな、ありえない曲線。明王もここまで女性的なフォルムではない。体型キープのためになにをしているのかぜひ聞いてみたいところなんだけど、聞いた瞬間わたしの中の何かがドンガラガッシャンしてしまうだろうと遠い目で思った。


「うん、やっぱりニットはかわいいね!」


試着室で得意気に笑むミストレくんを見て、わたしの隣の照美くんは高揚した声音で言った。彼(と呼ぶのが正解なのかわたしにはもう分からない)の腕にも何着かの服。所々にもう春の色がある店内はあたたかそうなかわいいもので溢れていて、今更だが女子向けの服屋さんである。どうしてこうなった。
ふたりに誘われて買いに来てからもう1時間、店員も客もだれもかもがわたしの両脇を二度見していくのに慣れ始めた自分がちょっと切ない。


「なまえきっとポンチョ似合うよ、ほら」


カーテンが閉まると同時に、照美くんがわたしの背中に白いポンチョを当てた。薄い。着る意味あるのかそれ、春はそんなに優しくないぞ乙女よ。わたしの心を見透かしたように照美くんは「ヒートテック着れば平気かなー」と指で生地を挟んだ。でもまあ、確かにかわいいし白は持っていない。受け取ったそれを結局かごに放り入れた。おしゃれと気候は永遠のライバルなのだ。

照美くんは「なまえに似合うタイツ」を探しに行ってしまった。試着室から動いたらミストレくんがすねてしまいそうなので、視界に入る位置にあるロンTの棚でひまつぶし。990円のあったかそうなのを適当にピックアップしていれば、またカーテンが細く開いた。


「なまえ、これ返してきて。こっちは買うからかごね」


女王ミストレさまはお外でも元気である。女王さまはミニスカとニットとよくわからない長いズボンをわたしに抱えさせると、またカーテンを閉めてしまった。とりあえず試着してみる意外と堅実な子なんだろう。ちなみに照美くんはなにも考えずにばんばん選んでいる。
ミニスカートとニットは購入、ズボンは棚へ。普通の男の子の買い物は逆じゃないのかな。かしげた首はすぐに戻った。こんな疑問今更すぎる…。

自分のかごはもう頃合いだったので、ミストレくんに声をかけてわたしのものだけ先にレジを通した。鏡にはちょっとかわいい袋を肩に引っ掛けて若くないため息をつく、一応女の子がいる。楽しいはずなのにちょっとブルー。
せめてと思っておしゃれはしてきたつもりなのに。鏡に向き直って確認。ショートパンツだったような気がする下半身はいつのまにかコートの上からひらひらしたミニスカートを重ねるという何とも奇抜な不思議カワコーデだ。つけまつける系ぱみゅぱみゅもびっくりハイセンス……な訳はなかった。横から伸びる腕は照美くんだ。


「タイツ探しに行ったんじゃないんすか」

「似合うと思って。どうかな、さっきのとこれとこのタイツ」


じゃじゃーん。効果音付きでミニスカートの下に何やら女子力の高いタイツが足された。もっともパッケージに入っているのでよくわからないけど。照美くん謎のドヤ顔。「もうお会計しちゃいやした」「おやまあ、早いね」袋を掲げて見せると、彼は言葉を洩らしながらも残念そうなそぶりひとつ見せない。ようやっと試着室から出てきたミストレくんがお互い変な体勢のわたしたちを見比べて眉をひそめた。


「なにやってんのさ、ふたりとも」

「あ、その服かわいい。ねえこれなまえに似合うと思わない?」

「これオレの私服だよ忘れたの……まあ、オレよりは似合わないけどいいんじゃない」

「だよね!」


微妙に噛み合わない会話の後、照美くんのかごに二点が追加される。結局あんたが買うんですか。もう完全に疲れているわたしはツッコミも放棄していた。
かわいいブーツを鳴らしたミストレくんがこっちに来てわたしをちら見してから、照美くんの方を何か言いたげな目で向く。試着室の目の前を占領するのはよくないと思うんだけどな。思うだけで言う元気はやっぱりない。平凡なわたしが男の娘とお洋服ショッピングなんて、色々なものをえぐられることになるのだと学習した。店内の無駄な暖房が自分のではないかごに手を伸ばすミストレくんの髪をゆらしている。


「おや、割勘?」

「男としてきみだけにいい顔させるのは癪なんだ」


タイツを奪って、ミストレくんはレジに歩いていってしまった。男の娘ほんと訳わかんない…。あっけにとられるわたしをよそに金髪もその後を追う。やっとお会計である。地味に重量のある袋を肩にかけ直してあひるよろしく続いた。

次はやっぱり女の子と行こう。そんなことを思いながら外でふたりの会計が終わるのを待つ。何分もしないうちに競り合うかのごとく駆け足で寄ってきた。「ただいまー」「はいおかえりなさいまし」照美くんと謎の抱擁。ミストレくんは来てくれなかった。かわりに頂けるのは冷ややかな視線である。高校生はかわいくない。わたしから離れた照美くんはといえば店を出て早々袋のセロハンテープをぶっ裂いていた。


「はいなまえ、付き合ってくれたお礼。また遊んでね」


わたしの袋も大胆に開封されて、移動してきたのはさっきのスカート。自分に買うんじゃなかったんだ。「あ、ありがとうございます」うふふー、美人さんが笑う。お洋服奢られてしまった。付き合ってもいない男のひとに。なのにチャラ男の香りがまったくしない所はさすが男の娘である。えへへうふふ、なんて照美さんの飛ばすお花を散らすようにミストレくんがわたしの頭をぱこんと叩いた。

「貴重なオレからの贈り物なんだから、伝線させたら怒るよ」まあ予想通りタイツだった。年下にまで奢られてしまった。わたしからは何も買ってあげてなんかいないのにどうしよう。ふたりを見比べてあわあわしているのが分かったのか、ミストレくんが腰に手を当てる。


「女の子はね、プレゼントもらったらかわいい顔で笑えばそれでいいんだよ。男はそのためにあげんの」

「ふふ。さ、帰ろうか」


袋を肩に引っ掛けて、照美くんが困るわたしの左手を取った。ハンドクリームでしっかり手入れされた手は細く華奢でも、大きくてすこし硬い。流れ右手はミストレくんに伸ばした。こっちの手もしっとりしているけどやっぱり硬い。

楽しそうに増していく振り幅。疲れた、けど、もう一回くらい来てもいいかな。今度はわたしがコーディネートさせて頂こう。そう考えてから、わたしよりも二人の方が女子力が高いのを思い出す。
小学生みたいに手を繋いで駅まで歩くわたし達はきっと仲良しの女友達にしか見えない。その手の力強さがわたしだけにしか分からないのが、すこし自慢だった。





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