今更現実的な話をするとね、みんな別に男が好きな訳でも心が女な訳でもないんだよ。服とか髪とか性別に縛られてないだけで。しゃべり方は男だし、やたらめったら艶めかしかったりもしないの。
じっと観察しなければ動きに不自然さなんて感じないし、むしろ女の子より可愛いぜあれ。女物を着て座る時は足ちゃんとそろえてたりするから、最近のモラルないギャルよりよっぽど淑女だし。

女装流行ってるとかいう話はアパートに住む前からネットやらで見てたし、ほら男性用レギンスとかあるじゃん?それに男の娘なんて言葉が二次元方面で回ってんのも知ってたけど、わたし偏見はまあまったくなかったの。実際に見たらちょっと引くかもなあぐらいで。
ほら、大抵は化粧濃かったり肩幅に違和感あったりするもんでしょ。わたしがテレビで見た女装男子は誰も彼もけばくてロッリロリでさ、なんかついていけなかった訳よ。

だから完全な男の娘が現実世界に存在するなんて、なまえさんさすがにありえないって信じてたの。あんたも昔から意外と超かわいい顔してたけど男物だったからそんな意識したことなかったし…。





「…んなこと言われましてもね」


暖房のよく聞いた部屋で毛布に感謝しながら、俺は髪をいじった。長く伸びた跳ねるそれをわしわし整えると、それが終わるのを待っていたように黙っていたなまえが口を開く。


「現に明王は佐久間くん以外みんな女の子だと思ってたしょ」

「……まあ…佐久間んち行く時たまにすれ違ったことくらいしかなかったし」


会ったことがあるのは運悪く隣のピンク髪と上の金髪だけで、佐久間は本当にハーレムなんだなあとか思ってた。あいつは黙ってりゃただのイケメンだし喰い放題なんだなと。まあ実際は掘り放題だったわけだけど。言っておくがなまえを喰わせてやる気は毛頭ない。
ずずっとココアを啜るなまえは身の危険なんてあんまり感じていないらしかった。移り住んで何ヵ月、確かに俺の見聞きしている限り危なそうな感じはない。だがなまえが男として見ていないだけで、あいつらはれっきとした若い男なのだ。獣なのだ。ビーストファングされてしまう。俺が心配しすぎなのではない、これは普通の感覚だろう。


「みんなかわいくってもうね、わたしほんとに女子なのかなあ」


こいつ絶対危機感の種類間違えてる。
何と返せばいいのか悩んで、俺はただただココアを啜る。沈黙。天井越しに爆笑する複数の声がした。友達でも呼んでるのか、高いのがふたつと低いのがひとつ。ここの壁はそれなりに厚いというのに、どれだけでかい声で笑ってんだ。テレビでも見てるんだろうか。

ぷつんという聞き慣れた音に横を見ると、なまえが俺の思考のひとつ先を行ってテレビを点けたところだった。なんだか悔しかった。くるくる変わるチャンネルが止まる。予想どおりお笑い100連発みたいな番組がやっていて顔を見合わせた。


「これかな」

「多分な。あの外見でお笑い好きなのかよ」


主語はない。でも何のことなのかは歪曲せずに基本伝わる、長年つるんでいれば自然とそうなるものだ。
しかしあの金髪はなんなんだ。フランス人みたいな外見なのに韓国人、しかもお笑い大好きな女装野郎。キャラが濃いにも程がある。そして異常にイケた面。色々とむかつく。なまえに個性のひとつでも分けてやれ。…いや、分けなくていい。

なまえは点いた番組に見入ってしまったので、俺もなんとなくそれを眺めていた。こいつも何だかんだでお笑い好きなんだよな。気に入らない接点を知ってしまった。「おもしろいビデオがあるんだよ」なんて言われて部屋に招かれたとしたら、なまえは絶対ほいほいついていくだろう。心配すぎる。そんな脳内でも耳と目はしっかり機能していて、腹筋も正常すぎる働きをしていた。つまり上の爆笑とほぼ同じタイミングで馬鹿ウケしていた。不覚だ。


「明王、照美くんとツボ一緒なんじゃないの」


涙目をぬぐうなまえの言葉で眉間にしわが寄る。誰があんなのと、頑として認めない俺をなまえはからかった。
あほっぽい彼女を見ていると、やたらとプライドを捨てたくなってしまう。この俺が女装してまでここに住んでこいつの平和を見守ってやる義理なんかない。ないけど気に食わない。

きっと俺は男の本性を知ってしまったなまえを見たくないのだ。そう決め付けて、俺はこたつに潜り込んだ。ああむかつく。俺も女顔だという不愉快な評判はそれなりに高いつもりだし佐久間とは昔からの仲な訳で、住むのに問題はない。プライドが許さないだけだった。

何ヵ月経とうがなまえもアパートの男どもものんびりしたままで特に問題がないことを、俺はまだ知らない。





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