『今日ジャンプ発売日だからちゃんと買ってきてよ、忘れたらメルティーも買わせるから』


駅の改札を出たあたりで届いたメールは、さらさら三つ編みのすてきな高校生ミストレくんからだった。ほんとメールは女子力ないのな。
ちょうど真っ正直にファミマ、たしかにメルティーは高いから罰ゲームには最適だ。雑誌コーナーで言われた通りジャンプと、漫画だけ買うのはなにか恥ずかしいからあたたかい紅茶も掴んでお会計した。

うちのアパートには1室よりもすこし広めの談話室がある。2階に上がってすぐ、階段の目の前だ。大きいテレビと小さい冷蔵庫、本棚、カーペットはふわふわ。

女の子はパジャマパーティーみたいなこういうのは好きだし、なにかと物騒な世の中コミュニケーションが必要だと影山さんは思ったみたいだけど、わたしは老人用施設みたいだなあと思ってしまった。孤独死を防ぐためにひとりひとりが仲良くなって、誰かがいきなり顔を出さなくなったりしたら「山田さんどうしたのかしら」ってそわそわ心配してもらえるような、そんなあれ。

それにこのアパートを選んでおいてアレな話だけど、完全オフな場にこういうのを作られるのはあまり嬉しくない。家でまで女子同士のぴりぴりした仲間ごっこに突き合わされるのはごめんだ。どうせ「あの子付き合いわるくなーい?」なんてノリになって、洗濯の順番とかお風呂の掃除当番とかでじわじわ苛められる子が出てくるに決まってる。
だからわたし以外全部男なんてイレギュラーで危険な状態ではあるけど、女子のそういうのが苦手なわたしにはこの家は大分居心地がいい。お隣付き合いもめんどくさくない。

指紋認証でエントランスに入ると、外よりすこしあったかかった。とりあえずジャンプ置きにいこう。基本縁のない階段を上がりながらやっぱりいい家だなーと思う。まず手摺りからしてオッサレ。多分高くないのに高そう。無駄にべたべた触って談話室に辿り着いて、


「あ、ジャンプ」


さて、いつも通り自尊心が粉砕されているわけだが。ラノベ風でお送りしています。
ドンキとかで売ってるいわゆるルームウェアを着こなして、ミストレくんは我がもの顔でカーペットに転がっていた。片手にお菓子、目の前にはファッションカタログ。少し離れた所に参考書が放られている。とりあえず優先順位もなにもかもおかしい。


「はい、ちゃんと買ってきたよ」

「ご苦労さま」


カタログも参考書の方へぽいっと投げて、転がったまま週刊誌を受け取るミストレくん。ふわふわした冬ならではの淡い色のルームウェアは言うまでもなく女物だけど、やっぱり違和感なんてものは仕事しない。紫がかったぱっちりお目目がきらきらと漫画を捉えている。
「…冨樫が仕事してる」そうつぶやいたきり、ミストレくんはしばらく喋らなくなった。ひたすらページをめくる、めくる。そういえば荷物を持ったままなので、順番が来るまでに一回部屋に戻ることにした。

談話室の本棚には、今までのジャンプがずらっと並んでいる。毎週当番制で買うことになっているのだ。もちろんわたしも例外ではなく、コミックス派だったのにいつのまにか本誌を発売日に読まないと落ち着かない身体になりつつあるのだった。2ヵ月の間に変なことにばっかり適応しているなあと自分に呆れてしまう。

暖房の切れたつめたい部屋に荷物を放り込んで手を洗って、紅茶片手に談話室へ戻れば、ミストレくんは寝返りを打って死神漫画を読んでいた。
照美さんに劣らない白い足は、今はもふもふしたルームソックスに太ももまで覆われている。PJのカタログにでも出てきそう。なんなんだろうこのシチュエーションは、わたし変態か。いや普通に考えたらニーソ履いてる男の方がよっぽど変態だよ。


「…ミストレちゃん」

「なに、今話し掛けないで」

「(ナチュラルに返事きた…)ごめんなさい」


ミストレちゃん。なんて自然な。蘭丸くんとかは仕方ない時以外の女扱いは嫌いだと言っていたけど、ミストレくんや照美さんはまた違う種類らしい。男の娘にもバリエーションがある。これもここに来て初めて知ったひとつ。

やっぱりしばらく雑誌は手放されそうにない。暇だな、時計に視線をめぐらせればそろそろバイト以外の皆が帰ってくる頃だった。先に洗濯機回しておきたい。立ち上がるわたしに、ふっとミストレくんが目を向ける。どこ行くのさ。話しかけないでと言った本人が口を開いた。


「洗濯だけど」

「…ふうん」

「一人さびしい?」

「はあ?ここあったかいのに、わざわざ働くなんてばかだなあってだけさ」


堂々とパンチラ漫画に意識を戻しながら(彼が読むとやらしさの欠片もない)ミストレくんはひらひらと手を振って、でも形のいい唇がつんととんがるくせが出ている。ちょっとかわいいのは自覚があるのだろうか。…ミストレくんのことだしあるのだろう。

各々の部屋よりいくらかだだっ広い談話室にひとり、18歳の構ってちゃん(♂)。話し掛けたらあしらわれ、出ようとすれば機嫌を損ねる。なんて扱いの難しいお姫さまなんだ。

ミストレくんの横に腰を下ろすと、邪魔とでも言いたげにまた寝返りを打たれる。とんがっていた唇は引っ込んでいたので、まあいいかとファッションカタログに手を伸ばした。開けば、なんというか、彼らに似合いそうなかわいいのばっかり。
わたしじゃ色々なものが足りないそれで暇をつぶそうとして、結局ミストレくんがジャンプを読み終わるまでわたしは無駄な時間を過ごすことになる。

これ佐久間くんっぽいなあーなんて、そんなイレギュラーもわるくない。女の子同士とはまた違った種類のめんどくささは、別になんの気にもならなくて笑えた。





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