ふっと目が覚めた。ぬくい布団から手だけ出して携帯を開けばまだ十分に朝と呼べる時間。平日の日課をさぼれる貴重な日だったのにもったいない、しかも今日は珍しく3限からなのに。
もう一度寝ようかとアラームをセットして毛布にくるまってみたのに、やたらと意識がすっきりしてしまっている。…起きよう。早起きは3文の得。そんなに早くないけど。

とりあえず学校へ行く準備をして、朝ご飯を食べる。食パンをかじる音がやけに大きく聞こえて、アパートには今はわたししかいないことが分かった。皆登校中か学校なう。寂しいのでテレビを点けてしばらくぽけっとしていると、唐突に自転車のタイヤがやわらかかったのを思い出す。大学へは電車だけどちょうどいいし、ついでに皆のも今ある人のだけ入れてこよう。

二重巻きにしたマフラーに顔を埋めて、ポンプ片手にエントランスを出た。風はないけど日もないからつらい。早い雲が頭上を忙しく進んでいく。自転車置場ではちょうど住人の人数分のそれが凍えていた。今日はみんな電車だったのかなあと一人苦笑い。無賃金である。

しゅこしゅこ、原始的な音とともにゴムが張りつめていく。「…こんなもん、かなあ」はちきれる寸前まですすめて、自分の自転車の前輪が完成するころには両手はグラビテイションされていた。これは自分の分だけしかできない、かも。握った状態のまま固まった手をポケットにつっこんだ時、ふいに後ろから名前を呼ばれた。180度回転。鼻がつんとする冷気。


「おはよう、空気入れか?」

「あ、うん。おはよう風丸くん」


いつのまに来たのか振り向いた道路に、青い髪をマフラーに巻き込んだ青年が立っていた。201号室の風丸一郎太くん。わたしみたいにジャージのポケットにつっこんでいた手を上げてさわやかに挨拶してくれる彼は、美人タイプの男の娘。
学校のはずなのにどうしたんだろう、休講かな。ふと視線の先の風丸くんが右を向いて、人を呼ぶような仕草をする。友達と一緒なのか。まさか彼女、とか?勝手に緊張し始めたわたしはお構いなしに、呼ばれた相手が塀の向こうからひょっと顔を出した。…わあ。


「風丸さん早いですよお」

「悪い悪い。ほら宮坂、同じアパートのみょうじだよ」

「あーあのみょうじさん!こんにちはあ」


ぽかんとしているうちに、わたしががん見していた相手はこっちに頭を下げていた。ちがうことに集中してしまって頭が働かない。慌てて挨拶を返す。
どうしてひとりで呆けていたのか、理由は簡単である。細身な身体を風丸くんとは違うジャージで包んで、動くたびにさらさらする照美くんより濃い金髪は肩先。もういい年なのに元気そうな緑の目をまっすぐこっちへ向けるその「宮坂」が、
とってもかわいい男の娘だったからだ。


「こんにちは、宮坂…くん?」

「えっ」


自信なく上げた語尾に、彼(?)も風丸くんも瞠目した。かわいい子に見つめられるシチュエーションにはとうに慣れたけど、まさか背の高い普通の女の子だったかな。だとしたらそれは失礼どころじゃない。変な環境に慣れるということは自分も変になるということなのだ。しばらく固まっていたふたりが、やっと顔を見合わせたかとおもうと突然大きな声を出したものだからさらにびびる。


「風丸さん、さすがみょうじさんですね!」

「だろ?みょうじ、よく宮坂が男ってわかったな」


そりゃあこんなとこ住んでたらそうなるでしょうよ、わたしは少し悲しくなってしまった。かわい子ちゃん(♂)に囲まれる生活をだてに何ヵ月もやってる訳じゃないのだ。苦笑いをはにかみに変換させて表面に出す。
謎のテンションアップをしているふたりとハイタッチまでした所で、思い出したように風丸くんが手伝うよとわたしの隣に立った。男手はすごく助かる。「あっ僕やりますよ風丸さん!」二人の押し問答の後、ポンプはやたらめったら楽しそうな宮坂くんの手に渡った。宮坂くん、風丸くんにずいぶん懐いてるんだなあ。手持ちぶさたになった両手はまたポケットへ。隣に風丸くんが戻ってくる。


「宮坂は1個下なんだ。今日ちょうど二人とも3限まで空いちゃって、俺の忘れ物取りに付き合ってもらったんだけど」

「それはおつかれさまです…一瞬風丸くんの彼女かと思っちゃった」

「あはは、よく言われるよ」


「光栄です!」横からコメントが入った。ホモではないからなと冷静な風丸くんの補足。知ってます。やっぱりそういう誤解は多いらしい、訂正は慣れ切っていた。張り切って次の佐久間くんの自転車に取り掛かる後輩を見やって、そういえばその自転車の持ち主が風丸くんについて言っていたことを思い出す。

『あいつって女のふりとか苦手だろ?大家への挨拶、後輩がノリノリで女装して代理で行ったんだぜ。かつらでカラコン入れて風丸のふりしたんだ。ノリノリで』
わたしも気になっていたのだ、どんなだよと。ふりだけするなら男の娘じゃなくて普通に女を呼べばいいのに。そう言ったら佐久間くんはしばらくその手があったか!みたいな顔をしていたからさらに笑った。男の娘共通のねじれた考え方なのかもしれない。

そして後輩ってたぶん、宮坂くんだ。だってきっとふたりもいないもの、女装が似合ってノリノリ(大事)な子。
性別を問わないデザインのジャージを捲り上げて元気にしゅこしゅこする宮坂くんがなんでこんなに風丸くんに懐いているのかはわからないが、ふたりの間には穢れのない慕情と信頼を感じる。男の友情に深入りする気は起きない。
なんだかいいなあ、2人と同じ北風に髪を遊ばれながら思った。男の娘が男の友情。…外見だけじゃただの百合である。







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