今日の運勢は9位だった。そこそこ救われない日ということかそうなのか。気にしてみた方がいいのかすら微妙である。ラッキーアイテムは巾着袋、そんなの小学生の給食袋以外で持ち歩いたことないぞ。
時間があるので着替えもせずに巾着袋を探し回ってみると、意外といっぱいあったものの一緒に出かけるような中身が入っているのはひとつもなかった。詰め替えた方がいいのかな。救われない日になってしまうだろうか。

そんなくだらないことをしていればぴんぽーんと音がしたので、指に大量の袋のひもを引っ掛けたまま玄関へ向かう。アパート外からのインターホン音ではないから住人のだれか。立っていたのはめずらしい、桃色の髪のおとめ…んだった。


「お、霧野くん!おはよ」

「おはようございます」


まつげの長い瞳を細めるのはさっき脳内で話題に上がった、隣の103号室の住人霧野蘭丸。まぎれもない♂。まだいつものように結んでいないシュシュで雑にまとめた髪はあざやかで、段を入れた部分が今日はすこし跳ねている。きらきらした大きな碧眼と色白細身な身体、世界が嫉妬する外見を持ちながらまわりにはだいぶ無頓着。霧野くんはそんな高校3年生の男の娘なのだった。


「どしたん、もうすぐ学校いくでしょ」


今日はからりと晴れているから自転車だろう。ブレザー制服にパーカーを合わせた意外とやんちゃな格好だ。霧野くんは跳ねた髪を押さえ付けながらなんだか申し訳なさそうな顔をした。


「ちょっと髪ゴム貸してもらいたくて…」

「髪ゴム?いつものは?」


いつも霧野くんは耳の下でちょんと二つに結んだかわいいヘアスタイルだ。違和感仕事しろ。
とりあえず玄関に入れてやると、彼はお邪魔しまーすとちょっとだけ気兼ねしてから廊下にエナメルを置いてきてドアを閉めた。指紋認証しないと部外者は廊下にも入れないから、盗まれる心配はまずないのだ。お恥ずかしながらといった具合で霧野くんは言う。


「俺、髪ゴム解いてそこら辺に放っておいちゃうくせがあって…朝見たら全部迷子で」

「あーあるある」

「帰ってきたら返します」


部屋がちょっと汚いのでくつばこの上に置き鏡を設置してやる。この外見で女の子あるあるを言われてしまうともう本格的に絶世の美少女にしか見えないんだけど。ここ数か月でわたしの男に対する概念はめちゃめちゃだ。

そういえば、指に引っ掛けた巾着のひとつはたしか髪ゴムだったはず。摘み出した黒いそれは残念ながらポニーテール用の長いやつだったけど、霧野くんは「それで大丈夫ですよ」と白い手でそれを受け取る。
霧野くんは器用に分け目をつくってゴムを二重にすると、ささっといつものヘアスタイルを完成させてしまった。結ぶ間、特にふたつ結びってへんな顔だったり髪が荒ぶったりするものなのにそんなの1コマ分もない。美形はなにしても美形って本当なのか、人には見せにくいことになるのはわたしだけなのか。


「ありがとうございます」


ぱたんと鏡を畳んでわたしに手渡してくれた霧野くんは、細身の腕時計にちょっと焦った顔を向けてからこっちに笑顔をつくった。学生の朝はいそがしい。わたしも学生だけど。聞いてみればサッカー部の朝練に顔を出したいのだそうだ。様子を見るかぎり受験はあまり苦労していないらしい。

男物のマフラーを巻き、なんだか軽そうなエナメルを下げて、霧野くんはいってきますと手を振る。今日はお見送りする日なのかな。こういうご近所付き合いみたいなのは今時めったにないから好きだった。 男が嫌いだから女子限定のアパートに入ったわけでもないし、わたしは結構この生活が好きだ。プライドはずたぼろだけど。


「あ、みょうじさん」


エントランスに消える直前で霧野くんが振り返る。わたしの髪ゴムで縛った髪を揺らし、白い肌の口もとを差して小首を傾げるしぐさはいかにも世界のちがう天使のようで。


「ジャムついてますよー」


台無しです。
口元をこするわたしにもう一回にっと笑って、霧野くんは出ていった。たまにするあの笑い方はいつものかわいさだけじゃなくて、男らしさが大きく垣間見える。かっこいいのだ。自転車が颯爽とピンクの軌跡を描いていくのを見届けて部屋に戻ると、ちょうど本格的に準備をしないといけない時間。

巾着袋は確かに役に立ったけど、あれはラッキーイベントと呼ぶものだったのだろうか。乙女ゲかよ。むしろ恥だ。
まあめずらしい笑顔も見れたし、心はあたたかいかもしれない。






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -