女子限定の格安アパート。一人暮らしには少し贅沢な、でも女子にはうれしい大きめの間取り。洗濯機は兼用のがあるから買わなくてもすむし、お風呂も兼用だけど各フロアにひとつずつおしゃれなやつがある。一人暮らしを親よりも心配した幼なじみの明王がコネを使って探してくれたのはそんな魅力的な物件だった。

挨拶周りした住人たちは皆美人で気後れしたものの、駅チカ格安なんて恵まれたとただほくほくしていた2ヵ月前のわたしはどこへ行ったのだろうか。


「あれ、全部男です」


俺もだけど。大家さん代理の隣人、明王の旧知の佐久間くんに言われたそのひとことは今でも記憶のはしっこでリフレインしている。寝起き感満載の彼が抱えたペンギンぬいぐるみがただただ固まるわたしをじっと見ていたのももう色々といい思い出だ。


「みょうじ、食パン1枚ないか?」


今ラジオ体操の帰りがけに聞いてきたその佐久間くんは、本当の大家さんである影山さんに「女として潜りこんで見張れ」というドイヒーな指示を受けてこのアパートに入ったらしい。でもさらにドイヒーなことに、その時すでに部屋の半数は男だったんだそうで。

真面目にやる気もなかったらしい佐久間くんは、仕方ないのでそこから男の娘ばかり入居を許可しているのだそうだ。だから女であるわたしが住人さえ除けば優良物件であるこのアパートに住めたのは明王のおかげらしかった。(ちなみにその明王はさすがに住人全部が男の娘だなんて知らなかったようで、また心配のタネが増えたようである)


「佐久間くん、わたしもうあなたに一袋分は食パン恵んでるんですけど」

「あー…そんな日もあるさ」

「デイじゃなくてデイズなんですけどね」

「一袋分じゃもうウィークだな」


なんで楽しそうなんだよ。
いちいち一旦部屋に引っ込んで食パンをぺらりと一枚渡してやる。わたしの呆れた視線など露知らず(無視しているだけなのか)、佐久間くんはさんきゅと白い歯を見せて101号室に戻っていった。
明王から聞いた話によれば、彼は大学で中学校教諭になるお勉強をしているらしい。年齢はたしか同い年。エリートっていそがしいのかなあ。パン買う時間くらいあるに決まってるんだけど。

さて、わたしも大学に行く準備をしなくてはならない。出がけに焼いたパンは寄り道を挟んだせいですこし固かった。やっぱりラジオ体操がおわってから焼いた方がいいのかもしれない。もそもそバターを塗りながらテレビを点ける。初っ端に映ったのは今流行りのニューハーフタレントだった。女子から見ても普通にかわいい、かわいいんだけど。


「やっぱ皆の方がかわいいよなあー」


女装しなくてもかわいらしい男どもと毎日触れ合う身としては、厚化粧ですっぴんのわからないテレビ越しのニューハーフなんて心底どうでもいい。

佐久間くんはかわいいとはいえどちらかというとこのアパートの中では男寄りだ(実際男なんだけど)。
特に女の子なのはといえば、隣の霧野くんと上の階のミストレくんだろう。二人とも色白でお目目ぱっちりまつげばさばさ、髪型だけがそう思わせているわけではないと一瞬でわかる天使の顔立ちをしている。わたしがどれだけ化粧で自分を偽ろうとあの領域に達することは不可能。勝ってるのは胸だけ。ただの当たり前。

慣れたとはいえそれを再確認するたびに切なくてたまらなくなる。数多の世の中の女子の中で、どれだけの人数がわたしと同じ感情に苛まれた経験があるのだろうか。うすく化粧をしながら最近多くなったため息をついた。だってあいつら四捨五入したらみんな20の男なんだぜ。

お隣はもう学校へ行くらしい。ドアとごみ袋の擦れる音がする。ちょうどいいからわたしのも持ってってもらおう。昨日のうちに始末しておいたごみ袋を手にまたドアを開けると、佐久間くんはわたしのであろう食パンをくわえながら施錠していた。跳ねていた前髪はピンで押さえ付けてある。


「なんですかその遅刻高校生かぶれ…」

「高校生の頃はやったことなかった」

「おぼっちゃんかよ」

「小中高とも帝国学園卒業」

「あーほんとにおぼっちゃんだったっけか!」


そうこうしているうちにむぐむぐ最後の耳のはしっこを飲み込んで、佐久間くんはほいとこっちに手のひらを向けた。言わなくてもわかってくれたらしい。どうしてそんなおぼっちゃんがこのアパートにいるのだろう。影山さんとはどういう知り合いなんだろうか。

大きな不透明な固まりを両手に下げて、ぼっちゃんはいってきますを言った。なるほど、さらさらのまっすぐな銀髪や高そうな眼帯はたしかにお金持ちの品格だ。なんだか照れくさい見送りをしてやって、わたしはまた部屋に引っ込む。そろそろ自分の準備をしなくては。







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