「髪伸びたな。…プリン食お」


ばたん。いつも通り食パンをゲッチュしにきた佐久間くんが笑ってうちのドアを閉めた。え。確かに最後に染めたのは引っ越す前、もう何ヵ月も経っている。でもそんなに明るい色なつもりはなかったから目立たないかと思っていた。鏡の前で屈む。自分じゃうまく見えないけと、きっとショコラプリンなんだろう。

こまった。いまはちょっと美容院で染める懐の余裕がないし、実家に帰るのはもうすこし先の予定だ。恥ずかしながらわたしは自分でうまく泡カラーが出来ないぶきっちょで、いつもは母にやってもらうのだった。明王に頼むのもなあ。奴は臭いものがきらいなのだ。

とりあえず染め粉だけでも買ってこよう。今日は2限からだと言う佐久間くんが隣で呑気にプリンを食しているのを羨望しつつ、頭の中にそれを書き留めた。佐久間くんがプリンを好きなのもしっかり覚えて。おぼっちゃんはペンギンと甘いものがお好き。




春休みに染める中高生が多いのかなんなのか分からないけど200円引きだった。微透明な袋に今と同じ色を入れて指紋認証をクリアする。最近は中学生でも金髪にしてしまったりするらしい。わたしがJKだと思ってすれ違った今までの女の子たちがJCだった可能性もあるだなんて若い子怖い。金髪と言われるとぽんと照美さんの自然派ブロンドが浮かぶ。


「…噂をすれば」

「ん? おや、おかえり」

「ただいま。おかえりなさい」

「だたまいー」


噂をすればなんとやら、金髪が郵便受けを覗いていらした。だたまい。さすが斬新照美くん。「早速プリンちゃん卒業するんだね。朝佐久間くんと話してたのが聞こえたんだ」わたしががさがさ言わせるビニール袋の中身を透かすように斬新くんが言う。思わずつむじ付近を手で押さえた。うちのアパートの人たちはみんな背が高いから(当たり前である)案外目立っていたのかもしれない。女子力はこうやって減っていくのかあ。日に当たって明るく見える毛先をいじると、照美くんがきれいな指でビニール袋をさしてにっこりした。


「なまえ、それ泡のやつだよね。どうかな、お任せしてみないかい」

「…へ?照美くんそれ染めてんの?」

「僕のは母さんの遺伝だってば。友達のをたまにやるんだ」


友達。赤いひとと青いひと以外にも友達いるんだ。ちょっと失礼なことを考えたわたしの毛先をつかまえて「根元だけはめんどくさいから全部染めちゃお」とにこにこする照美くんは、今日も今日とて不思議ちゃんなのになぜか憎まれないお花畑フィールドを展開している。やりたがったくせにめんどくさい発言である。最近の若い子怖い。

でもちょうどいいことに(?)わたしは自分で染めるのが下手だ。不思議ちゃんの手によってわたしのショコラプリンがどう料理されてしまうかは分からないけど、今更結構ですとか言える空気でもない。ビニール袋ごと手を引かれ、わたしは照美くんの謎の鼻歌とともに階段を上がった。






「はい、これかぶって」


すぽっとかぶせられたのは穴の開いたポリ袋。頭だけが出るそれの上からタオルを巻くと、なんだか美容室っぽくなった。鏡も前に置く?照美くんが聞くので首を横に振る。カットは結構です。

初めて入った彼の部屋は、案外さっぱりしていた。男女用入り交じった服はクローゼットに入り切らないのかハンガーで壁に掛けてある。小物のすくないローテーブルにソファにテレビ、ベッド。家具はそんなもの。やたら女子っぽい部屋イメージを勝手に抱いていたわたしは勝手に驚いた。
かわいいぬいぐるみがいっぱいありそうだと思ってたのに、ソファにお行儀よく座ったでかいダッフィーくらい(明王と比べたら十分女子力高いか)。やる気満々で手袋を装着した彼が容器内で化学反応を起こし始める。記憶よりも案外においがきつい。同じことを考えたのかキッチン横の窓が開けられた。


「部屋くさくなっちゃう、ごめんなさい」

「ん? 男の部屋でそんな気は使わなくていいんだ。それよりも心配なのはこっち」


はいどうぞ。分厚いブランケットを渡されて、そういうことかとおとなしく足に掛ける。春分を越えても外からかすかに吹き込む風は確かにつめたい。あまりの優男さに言葉が出なくてちいさく頭を下げるばかりだ。
そうこうしているうちに泡を作り終えた照美くんが「ひやっとしますよー」なんておどけた声を掛けた。お店やさんごっこみたい。分け目にぺとっと泡が乗って身震いする。表記よりも大分多く振ったのか泡はしっかりしていて、確かに慣れているようだと今更安心した。

照美くんの指がわたしの髪をリズムよく分けていく。頭皮に擦れる細い指は手袋越しだとよくわからなくて女の子のもののようにも感じられた。耳にも額にもくっつかずに綺麗に頭が固められていく感触は少し心地いい。
「かゆかったりしない?大丈夫?」うなずけば覗き込んでくる顔が笑んだ。閉じるとさらに綺麗な睫毛が目立って、金色の長いそれは髪とおそろいで輝いている。外人さんの血。うらやましい。


「照美くんは、髪色変えてみたいって思ったりしない?」

「?」


料理用ラップ片手の照美くんの表情は見えない。でもなんとなく、ぴんと来ない顔をしているんだろうなと分かった。「考えたことなかったな」予想どおりの言葉が降ってくる。人のばっかり染めてきたのか。器用に髪全体をラップの中に収めて30分タイマーをセットした照美くんはわたしの肩をぽんと叩いた。おわったよという意味らしい。手袋の外れた手がブロンドをいじる。


「みんな褒めてくれるし、母さんとおそろいだし、その…自分で言うのも照れくさいけど好きなんだ」

「きれいな金髪ですもんね」

「ふふ、ありがとう。……紅茶、入れようか」


ミルクとストレートどっち派?話を変えるように聞いてわたしに背を向けた照美くんは、まじめに照れているふうだった。めずらしい。首もとのタオルだけ抜いて畳みながら、キッチンで動く話題の金糸を追う。いつも女装を褒めようがアクセサリーを褒めようが余裕綽々でお花を飛ばす人が、金髪綺麗のひとことだけでこんなに照れるなんて。お母さん、好きなんだな。チャラ男に続きマザコン臭もまったくしないのが照美くんの不思議なところ。

お母さんが何人なのかもお父さんのことも、日本とのつながりとかも全然聞いたことがない。照美くんだけじゃない。佐久間くんだって霧野くんだって風丸くんだって、ミストレくんのことだってわたしはよく考えたらいまいち知らなかった。
知りたいなあ。湯気の立つやかんを見つめて思う。詳しく知ってどうしたいってわけでもないけど、普通に知って知り合って仲良くなりたいのかもしれない。下心抜きで、「男の子」であるみんなとも。


「日本の子はすぐ髪色を変えたがるね」

「地味ですからねえ、黒なんて」

「大和撫子ななまえもかわいいよ」


「、見たことないくせに」手渡されたマグカップを落としかける。香りのいいミルクティーをすすって一休み。わたしは墨みたいな黒髪よりも、高級プリンみたいな色の金髪の方がいいな。そう言えば彼は「なまえこそやめてよ、もう」なんて笑った。





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