--第1章 何かがはじまる予感--

ノートが無い。そう気付いたのは家に帰ってからだった。
何処にいった?
俺は鞄をひっくり返して中身を全部取りだす。が、そこに俺の探しているノートは無かった。教科書はあるのになんでノートだけねぇんだ?

「……」

首を捻ってしばらく考えていると、じわじわと今日一日の記憶が蘇ってくる。今朝はいつも通りに朝起きてすぐに走りに行き、その後に学校の体育館で朝練をして、授業はだいたい寝てた。国語総合は確か6時間目で、今日も教室で普通に………普通に……?

「あ」

いや違う。今日は図書室で本を選んで感想文を書けって言われたんだった。ってことは……

「図書室に忘れたのか……」

めんどくせぇな…と呟いてため息を吐くと俺は風呂に入る準備を始めた。そして考える。明日、どうやって図書室に忘れてきたノートを取りに行くかと。職員室に鍵を取りに行くのは嫌だ。(普段の授業態度が悪いから担任に怒られそうだから)まぁ、いいか。何とかなるだろ。考えたってしょうがねぇ。とりあえず明日も早いから風呂入って寝るか。

「ふぁ〜〜あ」

欠伸を一つすれば最早ノートの事なんてどうでもよくなっていた。頭の中は既に明日の部活の事でいっぱいだった。

*****

「あの、影山飛雄くん……?いますか……?」

次の日。朝のSHRが終わった後の休み時間。いつものように爆睡してると俺に用事があると言ってきた奴がいて俺は叩き起こされた。
誰だよ…こんな朝っぱらから……。
後ろの方の教室のドアの前に立っていたのは見た事もない女だった。
誰だ?
女は俯きながらいきなりごめんなさいと早口で言ってから、俺の前にノートを差し出した。始めは何だかよく分からなかったが眠い目を凝らしてよく見るとそれは俺が図書室に忘れて来たはずのノートだった。

「あ、あの…私昨日図書当番で…これ、その時に拾ったんです…!」
「あ、そうなんスか。あざす」

これで取りに行く手間が省けた。昼休みもゆっくり寝てられる。安心した俺はノートを受け取って自分の席へ戻ろうとした。が、なぜか目の前にいる女を凝視してしまう。何処かで見た事……ある…?いやいや、そんなはずねぇだろ。この学校に俺の知り合いの女なんか……。

「そ、それじゃあ失礼します」

深く頭を下げてそいつは帰ろうとした。その時。あっ……思い出した。

「あんた、昨日の昼休みに盗み見してただろ」
「ひっ」

そいつは短い悲鳴を上げるとその場で固まった。そうだ、あの時俺の事を陰から覗いてた奴だ。そんな奴が俺のノート持ってるなんて……なんか気味わりぃな…。
目の前にいる奴を怪しいと思えば当然目つきも悪くなる。

「なぁ、なんであの時俺の事盗み見してたんだ?」

俺がぐっと睨みつけると不審者の女はあたふたと慌てながら目を泳がせた。

「えっ、そ、それは……その……」
「それにそんなあんたが俺のノート持ってるなんて怪し過ぎるだろ」
「ご、ごめんなさい!」

ホントに落としたノート拾っただけなのか?なんて疑念が俺の中で生まれる。そいつはゆっくりと振り返ると勢いよく頭下げた。その声は廊下に大きく響いてその場にいた奴らの視線が一気に集まる。男子はこそこそ笑いながら、女子はひそひそ話しながら俺たちの横を通り過ぎて行った。
何やってんだこの女!これじゃまるで俺がこいつに謝らせてるみてぇだろうが!

「あの…そ、そんな疚しい感情なんて一切ありません!ただサーブを打ってる姿がかっこよくてつい見惚れちゃって…!って、あぁ!変な事言ってごめんなさい!」

勝手にペコペコと頭を下げながら女は一人でしゃべり続けた。本当に疚しい気持ちは無いとかバレーを観るのが好きだとかノートは本当に偶然拾っただけだとかとにかくごめんなさいを連発しながら似たような事を延々と弾丸のように口から吐き出す。
長ぇ……いつまで続くんだこれ……。
呆れてため息を吐きながらもういいと俺は言った。

「えっ……」
「あんたの言いてぇ事はもう分かったから。早く教室戻れよ」

めんどくさくなって冷たく言い放った方だと思う。でも、目の前の奴は頭を上るとぱっと明るい表情になっていた。

「よ、よかった!分かって貰えて!」

いや別にホントの意味で分かったわけじゃねぇけど……。

「ありがとう!それじゃ今度こそ失礼します!」

怪しい奴は最後にきらきらとした笑顔で頭を下げると踵を返して歩いて行った。何がそんなに嬉しかったんだ?よく分かんねぇ奴だな……。
小さくなっていく奴の背中を見ながら俺は眉間に皺を寄せて首を傾げていた。そうこうしている内にチャイムが鳴って1時間目の始まりを告げる。

「おーい、影山。席に着けー」

1時間目は英語だ。寝てると容赦なく叩き起こされて教科書を読まされる。これじゃ寝られるわけがない。クソッ、あいつの所為で睡眠時間削られた……

*****

放課後の部活の時間はあっという間に過ぎる。それは集中すればする程時間の流れが早いように感じて終わりが近づくと物足りねぇなとまるでいくら食べても腹が満たされない奴みたいに感じるようになっていた。だから日向と一緒に残って速攻のタイミングを合わせる自主練をしたり、サーブレシーブの練習をしたりしてから帰る。これを毎日繰り返す。よく飽きないなと言われるが、そんなの当たり前だ。好きな事をやっていて飽きるわけがない。何当たり前の事言ってんだ?と返すとだいたいの奴らが呆れたようにため息を吐く。

「おーい、今日はもう終わりにしろー」

菅原さんがやって来て声を掛けた。もうそんな時間か。体育館の時計を見れば長い針は7時を刺そうとしていて、やっぱりバレーをしていると時間が経つのが早ぇな。ってかまだやりたりねぇ。なんて思いながら渋々片づけを始める。
体育館の床にモップをかけながら朝にノートを持ってきた女の事を思い出した。そういえばあいつはどこの誰だ?クラスも名前も知らない。一応お礼というものを言った方がいいだろうか。怪しかったけど悪い奴には見えなかったな。なんとなくだけど…。とかなんとか心の中でブツブツ呟く。すると

「おーい影山、お前何回同じとこにモップかけてんだよー」

体育館の入り口にいた菅原さんがけらけらと笑っていた。その隣にいた澤村さんと東峰さんは心配そうにこっちを見ている。同じところにモップをかけていただなんて言われてはじめて気付いた。何してんだ俺は……今日は調子わりぃな…。あぁ、今朝あいつの所為で睡眠時間削られたからか。くそっ、やっぱお礼なんかより文句言わねぇと……

「かーげーやーまくーん、どうしたんですか〜?」

突然、日向が馬鹿にしたように笑いながらこっちに寄って来きた。
クソッ、その笑い方、相変わらず腹立つ…。

「あ?うるっせぇな日向ボケ、何笑ってんだよ」
「うるせぇってそっちがぼーっとしてたから声かけただけじゃんか!」
「ぼーっとなんかしてねぇよ!」
「今してた!」
「してねぇって!」
「しーてーた!」
「お前ら、早くしないと大地がキレるぞ」
「「あっ、はい…」」

結局今日は散々な一日だった。朝から怪しい女は来るわ(まぁ、ノート取に行く手間がはぶけたからそれはよしとしよう)、練習中はそいつのことばっか考えて集中出来ねぇわ。
ん……?そいつの事ばっか考えて?なんでだ?ん?……ん?やっぱ今日の俺おかしいぞ。

「……なんなんだ?」
「えっ、何が?」
「お前に言ってねぇよ」
「なっ、なんだよさっきから!今日の影山おかしいぞ!」
「んだと!?」
「はいはい、終わり終わり。帰るぞー」

部室を出て先輩たち(あと日向とか)と別れたあと。暗い帰り道を歩きながら俺は首を傾げ続けたのだった。

日常が変わり始める予兆
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