【CatCh a Cold】 22話後



「えっ?」

朝食にもあらわれず、授業ぎりぎりになって息を切らしながら滑り込んできたリリーは、ほんのり頬を染めたまま事の次第を小さな声でぼそぼそと話していたが、突然リーマスとシリウスが声を揃えてきたので慌てて「しぃーっ。」と言った。

2人はリリーにお構いなしに顔を見合わせると、額をつき合わせてリリーに詰め寄ってぼそぼそと質問した。その後ろからはピーター、リリーの肩越しにはジェームズが声を潜めている。

「それ本当?」

「ナマエが風邪?」

「熱ってどのくらい…、」

「医務室には?」

「あぁもう、順番に聞いてよ!」

リリーは自分で言ってからしまったという顔をして、それから気を取り直して背中に不必要なまでにぴったりくっついてくるジェームズを無視しながら小声で2人に向かってまくし立てた。

「マダムのところへ行って来たからこんなに遅くなったんじゃない!観てもらったら、今下級生の間で大流行してる風邪ですって。」

「げっ。あれタチ悪いって評判だ。」

「ナマエはもう7年生なのにどうしてそんなのにかかるんだろうね?」

「リーマス、それを言っちゃおしまいだ。」

「入院してるの?」

「医務室は下級生でパンク状態でね、今はお部屋に。ナマエはこじらせる前に見つかったから、お薬だけ渡されて帰ってきたの。それに、部屋のが落ち着いて眠れるわ。あの子ああ見えて意外と神経質なんだから。」

「大丈夫なのか?熱は?」

「それがすごいあるのよ。マダムの話じゃナマエには弱い薬しか使えないからって、今日1日は下がらないみたい。もうくにゃくにゃのへろへろなの。見てるこっちが辛くなっちゃうわ。」

「ナマエでも風邪ひくんだ…。」

「ピーターそれってどういう意味だい?」

突然ジェームズがしっと息を吐いた。

1人目の教授が入ってきたのだ。4人は慌てて前を向いた。

今日は午前中一杯授業ではなく進路に関する様々なことを色々な教授が1人ずつ交代で話しをしてくれる予定になっていたのだ。
イギリスで就職する気のないナマエには休むのにちょうど良い日だったかもしれないが、レイブンクローと合同とは言え誰かがいなければすぐに分かってしまうこの形態ではシリウスやリリーにとっては抜け出しにくい日でもあった。

「どっちにしろ今日は無理よ。マクゴナガル先生が休み時間ごとに出席取りに来るんだから。」

そんなことはリリーに言われなくても分かっていたので、シリウスは苦々しげに椅子に身体を沈めると、たぬき寝入りを決め込むことにした。

彼らにとって、少なくともシリウスにとっては、こんな時間は欠片ほども意味を持たないのだ。



***



吹雪吹き荒ぶ昼下がり、ようやく開放されたシリウスは、リリーに「絶対に何もしない」という誓約という名の呪いが書かれた紙にサインを施してようやく女子寮へ飛んで行くことを許された。

どんな強風でも、ジェームズほどではないにしろシリウスにとっても屁でもなく、すぐにナマエとリリーの部屋を見つけ出すと、極秘に開発した女子寮の守りを外から崩す反対呪文を小さく唱え、窓を突いた。
この反対呪文をジェームズと2人で開発した時には、まさか本当にリリーの部屋へ、しかもジェームズよりも先に入る日が来るなんて夢にも思っていなかったが、人生何があるか分からないものだ。

パッと開いた窓に箒と雪ごと飛び込むと、そこは屋敷しもべ妖精によって良く暖められた、シリウスが初めて訪れるナマエとリリーの部屋だった。

「って!」

なるべく静かに入るつもりだったのに、盛大に尻餅をついてしまったことに恥じ入りながら肩の雪を払ってローブを暖炉のそばに放ると、くるりとベッド振り返った。

そこには、ありったけの毛布に包まれるだけ包まったという印象のナマエが、寝ているのかどうなのか、眼を閉じてじっとしていた。

部屋にはナマエご贔屓の、新進気鋭のクラシカル・ミュージック作家の曲が小さな音量で流れている。シリウスなど健康な時でも具合が悪くなりそうなバイオリンの不協和音のオンパレードなのだが、ナマエは大丈夫なのだろうか?

急に心配になったシリウスは、まず寝ているのかどうか確かめるために小さく声をかけてみることにした。

「…ナマエ、大丈夫か?」

「なんで、ごほっ、きた、のよっ、ごほっごほっ。」

ナマエは起きていた。そしてシリウスが見たことも無いくらい弱りきっていた。

「なんでって、お見舞い、に、」

いつになく弱弱しいどんよりと淀んだ目でじっとこちらを睨みつけてくるナマエに若干尻すぼみになりながらもそう言うと、ナマエはもぞもぞと動いて反対側を向いてしまった。
会話をするのも辛そうだ。

「…デリカシーないわね。」

歓迎こそされ拒否されるなどとは微塵も思っていなかったシリウスは衝撃を受けた。あまりのショックによろめきそうになったのは、加湿されすぎた部屋のせいだけではないだろう。

「それに…うつると、いけないし。」

小さな背中を引きつるように丸めながら咳を繰り返すナマエは、リリーの言った通り見ているだけで痛々しいほどだった。

ショックでよろめいている場合ではないと思い直したシリウスは、ベッドサイドに膝を付くとナマエのおでこに手を当ててみた。

「あついな。」
「つめたい。」

先ほどまで吹雪の中で箒の柄を握り締めていたシリウスの手は、今のナマエには冷たすぎる。

しかし、ぐりんと頭を回して睨み付けた目ですら、どんよりと淀んでいてシリウスをなんとも言えない気持ちにさせた。

「どこか痛むか?」

「全身よ。節々がハンマーで叩かれるみたいなの。それに頭も痛いしのども痛い。」

「そうか…。」

「ねぇ、まごまごしてると本当にうつっちゃうわよ。」

なんだかんだ言ってもシリウスの心配をするナマエは、ぜいぜい辛そうに呼吸を繰り返しながらベッドサイドにしゃがんでいるシリウスを見詰めた。

シリウスはふっと息を吐くと、指先だけでちょっと汗ばんだナマエのおでこを優しくなぞった。

「ナマエにうつされるなら本望だよ。」

「…この苦しみを知らない でっ。 ごほっ、ごほっ。」

ナマエは呆れたように言うと、布団をかぶりなおしてその裾から腕だけ出した。

「やることないならそこにかけてあるバスタオル新しく濡らしてきて。」

シリウスは軽く頷いて立ち上がった。

「あと暖炉にかけてあるやかんの水も新しくして。」

「あとは?」

「自分で考えて。」

言葉の勢いは弱弱しいはずなのに、いつにも増して辛辣に言い放つと、ナマエは本格的に苦しみだした。

最近ホグワーツの下級生を中心に流行しているこの風邪にはマダム特製の特効薬があるが、ナマエは身体が小さく、そして腸の長さやらなんやらが欧米人とは違うらしいので、安易に使うことが出来ないのだ。
簡単な鎮痛剤や風邪薬ならナマエが持参した魔法書を参考に昔ではリリーやセブルスが、最近ではシリウスがナマエのために調合したりもしているが、特効薬までは難しい。

いっそ無理矢理飲んでみてはと思ったシリウスだったが、入学当初まだ良く分からない頃に安易に飲んだお腹の薬でどえらい目にあったらしいので、マダムはおろかリリーですらそれには断固反対だった。

比較的教科書通り、が得意なナマエがあれほどまでに魔法薬学が苦手なのも、身体に合わないものを無理につくろうとするからじゃないかというのがシリウスが密かに抱いている見解だった。

ナマエの言葉を借りるのなら、魔力との相性の問題というヤツだろう。

シリウスが言われたことをこなしてベッドサイドに戻ってくると、ナマエは再びぐったりと枕に頭を預けて目をつむっていた。
荒い呼吸が、ベッドサイドのシリウスにまで届きそうだった。

シリウスは、生まれてはじめて誰かの苦痛を「代わってあげたい。」と思った。

自分は一生、そんな気持ちを経験することはないだろうと漠然と考えていたシリウスだったが、いつの間にかごく自然にそんな風に思える自分がいて、なんだか少し嬉しいくらいだった。

ナマエに見られないようにひととおりにまにました後、不謹慎!と叱られないうちに顔をひきしめた。

「ちゃんと水分補給してるか?」

ベッドサイドに椅子を引っ張ってきながらそう尋ねると、ナマエはイエスともノーとも取れる返事をした。

「んー。」

「もう少し飲んだら。」

「んー。」

むすっとした顔のまま起き上がろうとするナマエの身体を慌てて支えると、本当に熱いやら、そういえばパジャマ姿初めて見るとか、色々慌てる要素が満載だった。

「だ、だいじょぶ、」

「なにどもってるのよ。」

「あ、いや、」

「…。」

ちゅぅーとストローで飲み物を飲み干すナマエは、じとっとシリウスを睨みつけてからまたすぐ力なくベッドに倒れこんだ。

「おふとん。」

「あ、ごめんごめん。」

シリウスは慌ててナマエに肩まで毛布をかけてやると、ナマエはいよいよ辛くなったらしい様子で、もう話すのも億劫といったオーラをかもし出していた。

「ナマエ、昼ごはんは?」

「んーん。」

「でもなんか食べないと。」

「うちのお母さんは水分さえ取っておけば欲しくなるまで食べなくても良いって言うもん。」

「でも…そうだな、じゃあ果物でも?りんごは?」

「やだ。イギリスのりんごマズいんだもん。」

「…じゃあオレンジ?」

「やだ。日本のおみかんなら食べる。」

「…。」

「日本のおみかんなら食べたい。りんごも、ふじかくにみつなら食べる。お母さんがしりしりしてくれたやつ。」

ナマエは小さく日本語で『お母さん』とつぶやくと、熱で濁った目をいきなり潤ませた。

いきなりの急展開にシリウスはかなりぎょっとして、思わず「なっ、泣くなよ!」と叫んでしまった。

「だって、だって、」

動揺を隠せないシリウスをよそに、ナマエは本格的に泣き出した。風邪で人が変わるにもほどがある。

それともナマエはいつもは隠しているだけで、本当は普段から母を恋しがって学生生活を送っていたというのだろうか。

「おみかんが食べたい。お母さんね、風邪の時だけ内側の皮も剥いて食べさせてくれたの。お母さん、お母さんに会いたい。お家に、日本に帰りたいわ。」

毛布をかぶってしくしく泣いているナマエを、シリウスは毛布ごと優しくぎゅっと抱きしめた。

こんなとき、「俺がいるだろ。」と言えないところが自分の良いところでもあり駄目なところでもあると思った。

ナマエは高熱なのだ。滅多に、と言うほど健康優良児でもないが病弱でもないナマエには久々の症状なのだ。きっと彼女が一番辛く、そして混乱しているのは間違いないはずで、一番苦しんでいるのも彼女なのだ。


しばらくすると、人の体温に安心する赤ちゃんのようにナマエはとろんと眠りに落ちてしまった。

「よしよし。」

シリウスはナマエの頭を撫でておでこと乾いた唇のはじっこにキスを落とすと、今度は三つ編みにされた毛束を指先でいじりながらナマエの寝顔を眺めた。

自分でも不謹慎だと思ったが、シリウスはちょっとむずがゆいような幸福を噛み締めていた。

ナマエが弱った自分を晒してくれた事が嬉しかったし、その相手が自分だったことが嬉しかった。初めて彼女の我侭らしい我侭を聞いた気がする。初めて彼女の弱音らしい弱音を聞いた気がする。



シリウスは自分の頭で考え、そしてやっぱり果物をもらいに厨房へ行って来ようと思った。りんごはもちろん擦ってもらったやつも用意して。

女に尽くす男なんてみっともないと思っていたが、ナマエのためにあれこれ考えて実行してみる自分は意外といけてると思う。
よそから見たら、みっともないのは一緒かもしれないけれど。


End?


「ぜんっぜん覚えてない!そんなこと言った?あ、りんごありがとね。」

「…回復が早すぎる。」

「なんだかね、スラグホーン先生がわざわざ調合して下さったお薬が良く効いたみたい。マズかったけど、飲んだらいっぱつで良くなっちゃった。…それよりシリウス、なんか顔赤くない?」

「?そう言えば、なんか寒気がするような…へっくしゅん!」

「…。」

「…。」

「私、看病しないからね。」


まったく馬鹿なんだから、でも特効薬があるわよ、あ、自分で取りに行きなさいよね、立て続けに言い捨てたナマエを見ながら、馬鹿なら風邪はもらわないはずじゃないのかとあまりの理不尽にキレたくなったシリウスだった。


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