マリーベルさんの指、反対側にやったらポキッて折れちゃった。見る見るうちに青紫色に変化して、どんどん腫れ上がって行った。ちょっと前まで、すらりと細くて綺麗だったのに。見る影も無い。僕は内心「うわー、痛そう。っていうか痛くないのかな」と思うのだけど、目の前で「イっちゃうイっちゃう」叫んでいる間マリーベルさんには言えない。口には出せないんだ。だって、だしたら商売にならないし。逆に「黙らないと今度は腕を折るよ。」くらい言わないとね。

僕はこのバイト、簡単に言えばSMナンショーってヤツ、まだ辞める気は、ない。ご辞退させていただきマス、なんて、まだ早い。だってそうだろう?自分よりもずっと弱い、お金以外のありとあらゆるもの、たとえば性癖とか愛とか概念とか家族とか、をまともなかたちで持ってない可哀想な女の人たちにちょっと酷い言葉を浴びせたりちんこ突っ込むだけで、ガリオン金貨がざっくざく。命の危機に晒されることもないし過剰なストレスに脅かされることもないこの仕事で、僕の預金は増える一方だ。いや、特別お金に困ってるわけじゃないよ。だけど生まれ持った女性ウけ抜群この美貌と肉体を駆使してお金が稼げるって、なんだか結構優越感ある。今しか出来ないっていうのも、性にあってるっていうのもあるんだけどね。

まぁ、どこまでも楽な仕事ってわけじゃない。僕は心の底からマリーベルさんみたいに美人で浮気狂いの年老いた旦那に世紀をまたいで放置プレイ、って究極に幸の薄い女の人の家事もしたことないような細い指を折りたいわけじゃないんだ。女の人には表面上だけでも優しくするのが礼儀だし、マナーだし、だって僕って紳士だし。出来たらあの亜麻色の髪とか優しく撫でて「可愛いマリーベルさん、あぁ可哀想に」って言いながら乳首を唇で、洗濯ばさみとか無機質じゃなくて唇で優しく食んであげたり、指だって折らずに舐めてあげたいし、挿れる時だってそれはそれは優しく、してあげたいのだ。あげたいのです。はい。あれ?矛盾してる?でも良いや、まぁ。僕、基本的には心根の優しいやつなんですもの。育ちも良いし、ほら、愛されてはいないけど、立派な家庭で育ったわけですし?マリーベルさんみたいな人と、コイビト、とか、不倫相手、とかになれたら、すごく良いんだろうなぁ。セックスだってすげー気持ち良かったりするんだろうなぁ。いくつも年下の俺に「お願いします、舐めさせて下さい」なんて泣いて懇願する姿を見ることも無い。ちょっと子ども扱いされて、それを怒るフリして見せて、じゃれあって、僕が旦那にあてつけるようにキスマークをつけるとマリーベルさんは焦ったフリして見せるんだ。
全部妄想ですけどね。
僕とマリーベルさんとの関係は、あくまでお客と男娼。非常に残念だが、それ以外では絶対に知り合え無かったわけなのです。

僕が煙草を吹かしながら悶々と考え事をしている間に、失神していたマリーベルさんが意識を取り戻した。

「あ、起きました?」

時間外、2時間半のご予約だったからもう時間外。僕は口調を無理に命令形にする必要もなくなったわけだし、マリーベルさんを心配する一人の青年になる許可を頂戴した。

「指大丈夫ですか?痛みます?」

「あぁ、うん、大丈夫。」

マリーベルさんも既にお客さんじゃない自覚をきちんと持っているようで、適当に手を上げて僕をあしらった。

「シリウスクン、そこの上、金貨袋があるでしょう?」

「あぁ、ハイ。」

でっけー袋。これ全部僕のもの。

なるべくそっけなくそれを手にして、マリーベルさんとは対照的にほとんど脱いでなかった衣服を整える。自分じゃあんまり似合わない、と、思う、上等なローブにどこまでも上品なシャツとスラックス。これも仕事のうちだ、なんて言い聞かせてみるけどやっぱり似合ってない気がする。ジェームズなんかに見られたら酷く笑われちゃいそうでちょっと恥ずかしい。

「指大丈夫ですか?病院行きますか?」

言ってみるけど、無駄だ。この人は部屋から出たら徹底的にどこまでも他人のフリをしたがる。そりゃさ、別に褒められた商売であるわけじゃなし、良いんだけど、そう露骨に嫌がられると凹むよね。

「あの人の知り合いに、お癒者様がいるから。」

「送りましょうか?」

「いいえ結構よ。」

やっぱり。あぁ、なんて美しい人。僕なんか、たぶん罵るバイブくらいにしか思ってないところがまた美しい人。極度のマゾヒストだけど、それが真性じゃないからまた可愛い。

「シリウス君、いつも通り先に出てくれるかしら。」

「えぇ良いですけど…、また呼んでくれますか?」

「あら、なあに。」

マリーベルさんはちょっと眉を上げて僕を見た。さっきまで鼻水たらして啼いていた人とは思えない。不気味なくらい、まったくの別人だ。

「もちろんよ。シリウス君が今までで一番よくしてくれるもの。」

マリーベルさんはニコリともしないまま言った。指が痛いんだろうか、服はどうやって着るんだろうか、あれじゃあボタンだってかけられないよなぁ…。そんなことを考えながらも、時間外になったらさっさと立ち去るのが僕の雇い主である会社の規定だからそれに従う。

怪我をした(正確には僕がさせたんだけど)か弱くて美しい女性を放っておいてまで守るべき規定とは?僕はまだ答えを見出せない。たとえアルバイトだとしたって、働くって、そういうことらしい。

「ありがとうございます、マリーベルさん。じゃあ僕は先に出ます。ごきげんよう。」

「ごきげんよう。」



ごきげんようだって!馬っ鹿みたい馬っ鹿みたい、馬っ鹿みたいだ、俺。

僕?冗談じゃないよ。僕なんてガラじゃない。いや分からない。この格好といい、オキャクサマガタから評判が上々なのは真実だし、もしかしたらこっちの方が俺には合ってるのかも。

あああ、何が本当なんだろうか。
マリーベルさんの前に立つ僕、は、俺によるフィクションだと思ってた。でもこうなると良く分かんないな。繕っていない俺なんて、たぶん大の為にトイレの中にいる時だけだ。誰に見せるわけでもない。そうなると、このコミュニティには繕った俺、もしくは僕しか存在しないことになる。

みんなそうなんだろうか。

マリーベルさんだって、発達した癒学によって数時間後にはすっかり元通りの指でフォークとナイフをつまみあげて独り寂しく夕食を摂るんだ。癒者には「他言は無用でお願い出来るかしら?」なんてすまして、俺の前では鼻水とか涙とか、あとなんだかえっちな成分で構成された下品な液体?を垂れ流したりもする。あれが本性、なハズはない。たぶんストレス解消の一環であって、多面ある彼女の一面に過ぎない。旦那の前ではどうなんだろうな。前にマリーベルさんは、旦那は初夜から避妊薬飲んでセックスしたってポロッと言ってた。そんな俄かには信じ難いような常識外れの旦那の前に、どんな顔して立つんだろう。そうだなぁ、たぶん、

「やめた。考えるな。」

言い聞かせて、高いホテルのふかふかな絨毯を踏み潰した。ローブを脱いで、杖を一振り。あっという間にパーカーに変わったのと同時に、堅苦しいスラックスもジーンズに。マグルが見たら感嘆の溜息を吐くだろうな。「まるで魔法だ!」ってね。残念ながら本物の魔法なんだな、これが。悪いね、夢を壊しちゃって。

いつか、まだホグワーツ生だった頃、あの子が言ってた。

「マグルは、魔法を信じてる。そんなもの本当は無いって信じてるのよ。それがファンタジーなの。」

あの時はどういう意味かわからなかったけど、今ならなんとなく分かる気がする。そんなもの無いけどあったら良いな、そんな気持ちは、絶対に存在しないって確信が裏側にあるんだ。僕、俺は今、まさにそんな感じ。信じたいなんて嘘っぱちなんだ。

バチリと大袈裟な音をたてて、大好きな坂道の手前に姿現わしした。空を見上げると、逢う魔が時を少し過ぎた空がそこにあった。星は見えなくて、月はまだ出てない。そういえばリーマスはどうしているだろうか。最近会わないけど元気だろうか。仕事が忙しいのかな?そこまで考えて、月からリーマスを連想してしまったことに罪悪感を抱いて、ムーニーって酷いニックネームだなぁと思って、そういえばオムツと同じだなぁと思って、俺のオムツは誰が換えてたんだろう無駄に色気むんむんのメイドだったら嫌だなぁだってなんだか恥ずかしいじゃないかと思って、もう一度顔を上げた。やっぱり星は見えない。

この街には珍しい、急な坂を下りた先にあるのは一件のレストラン。レストランと呼ぶには少々砕けすぎている気もするけど、他に呼び名も無いのでそう呼ぶことにする。小ぢんまりとしていて、すごく居心地が良いので週に2回は通っている。常連も良いとこだな。パーカーのポケットに手を突っ込むと、ガリオン金貨がうーんうーんと唸っていた。途中で寄った本屋で課題図書とターリャ、それに絶対読まないけど爪の手入れの本を買って、次に寄ったドラッグストアで目薬とリップクリームと絶対使わない女物の香水の小さな瓶の方を買って、俺が何食わぬ顔で立ち寄るには可愛すぎるセレクトショップでアンティークのネックレスを買って、なのにまだこんなにあまってる。会社にはこの倍、もしくは3倍くらいの金貨が渡っているそうだから、マリーベルさんの旦那は本当にお金持ちだな。自分の妻がこーんなことに金を湯水のように使っているってこと、知ってるんだろうか。

店の前から良い匂いが漂って、よだれが出そうになった。俺のアルバイト、は、本当に疲れるのだ。カラコロロンという軽快な音をたててドアを開けると、「いらっしゃいませ!」という元気の良い声がした後で、「あぁシリウス。」と若干テンションの下がった声がした。

「お前、それはないんじゃない?」

「ごめんなさい、シリウス、今はオキャクサマなのにねぇ。」

この失礼極まりない女はナマエ。ホグワーツで同級生だったハッフルパフ生で、今は両親が経営するクリーニング店を手伝っている。でもそれじゃあ出会いが無くて嫌だって、1年前から夜はここで働いている。来い来いうるさいので一度来てみたら思いのほか良い居心地と家からの近さも相まって、いつの間にかお気に入りの店の1つになった。理由はそれだけじゃない、のかも、知れない、けれども。

「シリウス、なんだかいやらしい。」

「注文も聞かずになんだよその言い草は。」

驚いた。ドキッとした。ほんとうに。一体どこに、残滓を残してきたのだろうか。ホテルを出た瞬間から、完璧な大学生に、僕から“俺”に、戻ったハズなのに。あのふしだらで非道徳的でナマエにはおよそ触れて欲しくない世界の空気を纏ってきてしまったのだろうか。

「にやにやしちゃって。良いことでもあったの?」

分かっているのか分かっていないのか、気付いているのかいないのか、ナマエはジョボジョボと水を注いで、ペイッとメニュを放った。メニュなんて見なくても、俺の注文はいつも通り、チキンの地中海風とキドニーパイと濃いセロリのスープ、それにこの店オリジナルの不思議な味のする果実酒。前に一度中身が何なのか聞いたらナマエに「知らない方が良いこともあるってもんよ。」と返されてしまったので、それ以来知ろうとしていない。だって恐いじゃないか。

「何ぼーっとしちゃって。いつもので良い?」

「あぁ、うん。」

ナマエは俺が触りもしなかったメニュをサッと持ち上げると、マスターと呼ばれる気の良い店主に「シリウスいつものだって!地中海とキドニーとセロリのスープ!」と叫んだ。大きくない店なのだから、そんな大声を出さなくても良いんじゃないかといつも思うけど、マスターはそんなナマエの粗行を「元気があって良い。」と評しているので良しとする。

「お酒は?飲む?」

「うん。小さいグラスで良いよ。」

「分かった。」

そう言うと、ナマエは長いスカートとエプロンを床すれすれで揺らしてカウンターの中へ戻っていった。その後姿をなんとなく見ていると、さっきまでの自分がなんだか嘘みたいに思えてきた。ここは平和で、常識的で、世俗にまみれていて、とても素晴らしい。こんな空気の中で生きて行くのが、結局一番正解に近い気がする。いや、ほら、何が正解かなんて、答えはどこにも無いわけですけど。

「はーいシリウスおまたせ。」

ナマエの持ってきた謎の酒をペロリと舐めつつ店内を見ると、何度か顔を見たことがある常連で7割がた席は埋まっていた。いくら小さな店でも、客席はナマエが1人で担当しているのでさすがに忙しそうで、俺の隣で無駄話を許されるようになったのはたっぷり2時間後だった。

「今日は忙しい?」

「そうでもないわ。みんなお食事が終わったら帰っちゃったから。年末で忙しいんでしょう。クリーニング屋の方は目が回るほど忙しいけどね。」

ナマエはマスターから許可をもらって俺の隣に座ると、俺のグラスから勝手水を少し飲んだ。

「シリウスは?テストあるんじゃないの?」

「あるけど、まだ先だ。」

「そうなんだ。暇だね、大学生って。良いなぁ。羨ましい。でも私、卒業してまでまた勉強しようと思えなかったからね。」

ナマエはそう吐き捨てると、エプロンのシワをパンッと伸ばして来週のメニュを書いていた。字だけは綺麗。こんなこと口に出したら殴られそうだけど。

「ねぇナマエ、」

「あちょっと待って、マスター!来週のオススメデザートはクリスマスプディングで良いんだよね?」

店の奥から「あぁ。」という唸り声とも返事ともつかない声が聞こえて、ナマエは「プディングプディング」と口ずさんでから「なぁに、シリウス。」と返事をした。

「良い男は見つかった?」

唐突だった、と思ったのは俺だけではなかったらしい。ナマエは眉をぎゅうっと顰めて俺を見た。なんとなく居心地が悪くなって、もう一度グラスにちょっと口をつけた。

「シリウス、なんか悩みでもあるんじゃないの?すごくらしくないよ。」

「そうかな。」

らしくない。
ナマエに対したとき、俺はいつもどんな俺らしい、を携えていたっけ?頭がごちゃごちゃして、なんだかワケが分からない。

「ねぇ大丈夫?酷い顔してる。」

ナマエにこんなに心配されるなんて、俺は今いったいどんな顔してるんだろうか。あんなちょっとの酒で酔ったのだろうか。

「ナマエは、さ、」

「うん。」

「今欲しいものとかある?」

ナマエはやっぱり「なによ唐突に。」と言って笑ったけど、すぐに真面目な顔になって「ステキな彼氏かな。」とおかしそうに微笑みながら言った。横顔は、ホグワーツにいたころのナマエじゃない。なんだか置いてけぼりになった気分だ。言ってることは大差ないはずなんだけど、言葉のクオリティが。

「あの魔法省に勤めてる、ほら何て言ったっけ、4つ年上の、ブロンドの、」

「シリウス、そういうことはここではNGよ。」

ナマエはすかさず自分の唇を片手で覆って言った。そうだった。ここは魔法使いの店主と魔女のウエイトレスがいる店にも関わらず、魔法界の話は厳禁というイギリスでも極めて珍しい店で、魔法使いや魔女も頻繁に利用しているけどそれを表に出してはいけないのだ。

「ルールだから。」

「ごめん、ぼーっとしてた。」

「それさっき私が言った。で何を言いかけたの?ブロンドって、もしかしてマコーミックのこと?冗談よしてよ。彼と付き合うくらいならトロールの方が良いもん。」

「そうなんだ。」

「それよりシリウス、やっぱり変だよ。なんか可笑しい。いつものシリウス君じゃないみたい。」

「ほら、俺にだって色々と思うところはあるんですよ。」

「はぁはぁ左様で。」

ナマエはそんな風に言いながらも走らせるペンを止めて俺の顔を覗き込んできた。

「それで?」

「ん、」

「言いたくないなら別に良いよ。」

「いや、」


可愛いナマエ、可愛いナマエ、可愛いナマエ、君の指を折ったら、君は一体どんな声で啼くんだろうか。マリーベルさんよりもずっと初々しくて、ただ泣くだけかもしれない。ああ聴いてみたい聞いてみたい効いてみたい。君の指を、乳首を、性器を舐めたらどんな味がするんだろうか。きっとトマトスープのようにコクがあって、さくらんぼみたいに甘酸っぱい。ハズ。全部妄想だけど。あぁ、でも、今君触れたら、本当に、骨を折ってしまいそう。本当は誰の骨も折りたくないんだよ、俺。母性の象徴たる神聖な乳首も、例え大嫌いだったり犯罪者だったり、の女の人のものだったとしても、洗濯ばさみで挟んだり、は、したくない。思ってない罵りだって口から出したくない。あぁ助けて助けてたすけて、誰でもいいから僕を優しく抱き締めて!それがもしも、もしもナマエだったなら、それはとてもとてもステキな気がするんです。どうかどうか、ちょっとずつ濁っていく僕の宇宙を、俺のコミュニティを救って下さい。ナマエちゃん。

「実はさ、彼女と喧嘩しちゃって。」

俺は、いや僕は?今はどっちでも良いや。シリウス・ブラックは大変な大ばか者。イギリス中探したってこんな馬鹿野郎はあと1、2人くらいしか見つけられないと思う。どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして、素直に思っていることが言えないんだろうか。ちょっと抱き締めさせて、だってそうしたいから。今一番欲しいものはキミです、ナマエ。似合ってないエプロンドレスも、まとめて全部、今すぐ欲しい。

何が足りない、何が欲しい?何をあげたらキミを僕にくれる?
口には出せない。
世の中、思ってることの1割だって口に出せやしないんだから。

「あああ、なるほど、そういうこと。」

ナマエはやけにしたり顔で、2度も大袈裟に頷いた。俺が不思議な顔をしていると、「その小包。」と俺の荷物の1つを指差した。

「角のアンティークショップの包み紙だもん。変だなぁと思うでしょ、普通。」

「プレゼントは逆効果かな。ペンダントなんだけど。」

「うーん、なんとも。でもほら、シリウスってば肝心なもの忘れてる。物でつるならアレがなくちゃ。」

「なに?香水?」

「違うよー、花!小さくても花束!喧嘩の後の花束はさ、ちょっとしたリアルファンタジーなんだから。」

手にしているペンを情熱的に振って見せて、ナマエはちょっと興奮気味に力説した。ちなみにリアルファンタジーとは、実在するファンタジーの意。本来の意味とは使い方が違うけど、まぁ、ナマエステイタス。ところでこれ、ナマエの欲しいものは、ステキな彼氏と花束だそうです。いや御幣があるな。ナマエが欲しいものは、ステキな彼氏とその彼氏がくれる花束。

ねぇ、ステキな彼氏の定義は一体なんなんですか。ご教授願えます?

「シリウスってプレーボーイなのに、変なトコ鈍いんだねぇ。」

「今まではさ、ほら、去るものは追わずだったから。」

「うわでたよ!サイテーやりちん発言!そういうとこ全然かわってない!」

「ヤリチンとか言うなよ…。」


店を出るとき、ナマエに香水、あげようと思ったら断られた。意味がたくさんあるから、受け取れないんだって。橋の上でガシャンって落としたら、もわんと甘酸っぱい匂いがして、ナマエからこの匂いがしたら素敵だなぁ、と改めて思った。ペンダントは川に捨てた。魚が拾って首にかけてくれれば良いと思ったけど、魚に首なんてあったっけ。じゃあ亀でもいっか?でも、ナマエにも、首無しの魚にも、首がある亀にも、あのペンダントは誰にも似合わないかもしれない。相応しくないかも。川の泥にとろけてしまうのが一番、そんな気がしてきた。だってあれは、僕が、マリーベルさんの指を折って得たお代なわけですし。姿を変えても、あれは、僕が、

「どんな金でも一緒かな?」

一瞬ジェームズに電話しようかと思ったけど、やめといた。リリーといたら、邪魔しちゃ悪いなって思い直したから。代わりに爪の手入れの本を開いてみた。誰かに見られてるかもなー、と思いつつ杖灯りを燈してそれを読むと、爪や手全体の手入れの仕方が詳しく書かれていて、ふんふん、と途中まで読んで、やっぱり川に捨てた。ナマエの手、が、ガサガサだったから、なんて思って、それで本屋で目に止まって、「うわー手ぇガサガサ。」「うるさいなー、お手入れしてるもん。」「ちょっと、かしてみ。マッサージしてあげる。」ってテキパキとオイルとか使いこなせたら格好良いかなぁ、なんて、

「たいがい気持ち悪い、俺。」


最後、店を出る時、振り返ったナマエは目を伏せてちょっと唇を噛んでいた。俺は知ってる。あれは何か気に喰わないことがあったり悲しいことがあったり、マイナスの感情が彼女の身体を駆け巡っている時のクセだってこと。

あれを見る為だけに、たぶん俺は素直になれないんだと思う。毎回毎回、ちょっとだけあの顔を盗み見て、それで言いようもなく安堵して、います。やっぱり信じられないくらい馬鹿だなぁ、僕。あぁ、いつか本当に彼女にステキな彼氏ができてしまったら、俺はどうなるんだろうか。独り取り残されて、そのまま腐っていくんでしょうか。でも今のままじゃ、100年経っても素直になんてなれやしない。だって、良くないアルバイト、してるわけだし。

いや、これも完璧言い訳だな。だって、SM男娼なんてギリギリ感溢れるアルバイトを選んだのは間違いなく俺自身で、それは彼女から自分を遠ざける為だったハズだ。こんな歪んだ男に愛されて、彼女に幸せな未来なんて来るわけないから。だからその苛々とか悶々を、色んな女の人をナマエだと思ってぶったたいたり骨を折ったりして解消しようと、計画した。だけど俺は今、ホグワーツを卒業しても足しげく彼女の元へ通い、エプロンドレスの下を想像しながらなんだか不明な果実酒を舐め、そして唇を噛ませてはホッとしている。

あぁ、死んだ方がマシかも、俺。

死ななきゃ治らないよ、この馬鹿さ加減は。


【ループする僕の宇宙と、たぶん可愛いあの子のこと】

これ以上近づけない。
でも離れても生きていけない。


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