【Miss Moriarty's caprice〜答え合わせ編〜】



日も傾き始めたホグワーツ城。数多ある塔の中でも一番高い塔に、その場所はある。

俺は階段をのぼりきったその先にある、古ぼけて重厚な扉を極力そっと開いた。中には誰の姿も見えなかったが、彼女がこの部屋のどこかで息を潜めているのが手に取るように伝わって、思わず笑みが零れそうになった。入ってすぐのところで立ち止まると、部屋中を隅から隅まで見渡す。もちろんジェームズの透明マントは完璧だし、俺はそれを打ち破れるほどの魔力も手だても持ち合わせて無いんだけど、そこはほら、長年の勘ってやつだ。あ、大体この辺だな、っていうのが分かる。中の人がリーマスだろうとピーターだろうと、たぶん、ナマエだろうと。いやいや、肩のフクロウの力を借りたわけじゃない。だって彼女はさっきから本格的に眠り込んでしまっているわけだし。

ここだと適当な当たりをつけて真っ直ぐ向かって行くと、空気が確かにたじろいだのを感じた。駄目だなぁナマエ、動揺しちゃ。俺が何の確証も持ってないことは分かってるんだから、自分はここになんていないって空気のように立ってなきゃ。

「やっと捕まえた。」

そう言って腕を伸ばして抱き締めると、火の気が何もないこの部屋ですっかり冷え切ってしまっていたナマエがすっぽりと収まった。透明マントを優しく引っ張って脱がせると、ナマエは嬉しいような悔しいような驚いたような、いまだかつてないほど複雑な表情を浮かべていた。

「俺の勝ちです、ミス・モリアーティ。」

俺がそう言うと、ナマエは悔しそうな顔のまま笑った。

「解答して見せてくれたまえ、ホームズ君。」

その前に俺は持ってきたナマエのストールを首にかけて、一番近くの椅子に座らせた。まったく、こんな寒いところに一体何時間いたんだ。こんなことだったら、熱い紅茶も一緒に持って来るんだった。眠ったままのワトスン役を返すと、ナマエは彼女をわきに置いて2・3度優しく撫でた。

「これで合ってるだろ?」

ナマエは隣に座った俺がローブからぺろりと引っ張り出した表に書き込まれた文字を見て、満足そうに頷いた。



テンモンガクカンサツシツ。つまり答えは、天文学観察室。天文学の教室は準備室も含めればホグワーツに4、5個存在するけど、観察も出来る教室はホグワーツで一番高い塔のてっぺん、ここにしかない。下の学年で天文学が必須授業だった頃にレイブンクローと合同で何度か使ったことはあるけど、普通そんなに使われることのない教室だ。

リーマスが暗号自体にほとんど意味は無いって言ってたけど、それはその通りで。ただ、獅子、蟹、鯨、天秤このどれもが星座の名前だってことで、天文学がイメージ出来るということだ。

「1番目の暗号に2って書いてあって2番目の暗号に1って書いてあったのは、上から何行目を読めば良いかってことだったんだ?」

「そうよ。」

ナマエはツンとすまして答えると、ストールを器用に首と身体に巻きつけた。身体の小さなナマエだから為せる技と言えよう。というか、やっぱり寒かったんだな?

「シリウス、予想よりずっと早かったわ。私、夜までかかるかと思って今のうちにトイレに行っておこうかと。すれ違わなくて良かった。」

「あなたの忠実なお友達がたくさんヒントを出してくれましたから。」

「それってリーマスのこと?」

頷いてみせると、ナマエは膨れっ面になって「簡単にしすぎた?」と聞いてきた。

「どうだろう。」

わざと意地悪に言うと、ナマエはちょっと落ち込んだように顔を曇らせた。いじめすぎたかもしれない。

「もっと難しくすれば良かった!」

「十分難しかったよ。」

「何が一番難しかった?」

俺は迷ったけど、正直に言うことにした。きらきらの眼をしたナマエに嘘は吐けない。

「カノコソウ。」

「えーっ?あれは簡単でしょう!リリーの次に簡単よ!」

「確かにリリーは簡単だった。カノコソウは難しかったよ。」

「ミセス・ノリスも?」

「うーん、あれは思いつくまでに時間がかかったよ。」

本当は、偶然出たくしゃみのおかげなんだけど、そんなことで解けたとは口が裂けても言えない。いや、口が裂けたら言うかもしれないけど、それは言葉のアヤだ。だって、そんなこと言ったら恐らく一生懸命、何日もかけて暗号とこの楽しいイベントを考えてくれたナマエに対してとっても失礼だ。

「ナマエが一番自信あった暗号は?」

「それはもちろん最後のよ!シリウス、絶対縦書きにすること思いつかないと思ったから、リーマスに頼んでヒントまで出したのに…。」

「それは思いつくよ!ナマエ、たまに考え事に熱中してるとき日本語で羊皮紙に走り書きするだろ?それが縦書きだから。そこは簡単だったよ。」

「そんなことまで見てたの!?」

「ナマエのことなら、なんでも見ていたい。」

こんなことを言うと、ナマエは決まって顔に火が点いたように頬を真っ赤にする。それが可愛くてついついからかいたくなるんだけど、いい加減慣れてきても良い頃なんじゃないかとも思う。逆に何か囁き返してくれるくらい。そんな彼女も早く見てみたい。それにはやっぱり訓練あるのみだな。

「ねぇナマエ、そろそろ、どうしてこんなこと思いついたか教えてくれる?俺、ナマエがこんなこと計画してたって気付けなくて自己嫌悪に陥ってるところなんだ。早く救って欲しい。」

大袈裟に悲しそうな声を出すと、ナマエは今度はちらりと一瞬だけ俺の顔色をうかがった。演技かどうか見抜こうとしているんだろうか。無理だよ。俺だってどっちか分かんないのに。

「…別に、企んでたわけじゃないの。」

ナマエはちょっとの間の後、重々しくその口を開いた。

「うん。」

「ただ、その、あのね、ロートネル先生に言われたの。」

「うん?」

なんでここでロートネル教授が出てくるのか分からないが、俺はとにかく先を促した。

「継続には、ちょっとの息抜きと遊びが必要だって。シリウス、私も、ううん、私達みんなそうだけど、最近ちょっと根を詰めすぎだったと思わない?特にシリウスは、お休みの日も朝から晩までずっと勉強してて、もちろんそれは学生である私達にとって一番大事だって分かるけど、たまにはちょっと、ガス抜きって言うか…。」

「…それでハグリッドの部屋や温室に?どっちも俺が好きな場所だから?」

ナマエは黙って頷いた。俺は心の奥からこらえきれないなんだかあったかいものが染み出てくるのを感じて、なんというか、胸が一杯だった。そんなことを考えてくれていたなんて、ナマエ。

「気分転換になれば良いと思って。たまには勉強以外のことを考えるのも良いかなって。あっ、あのね、ほとんど私の趣味、そう趣味で!暗号とか考えるのすごく楽しかったし、それに、だからシリウスのはついでっていうか、ひゅっ!」

いきなり抱き締めたら、ナマエは首を絞められたニワトリみたいな声を出した。可笑しくて笑ってしまいそうになったけど、というか笑ってたけど、でもその前にやることがある。

「ありがとう、ナマエ。すごく楽しかった。」

ナマエは珍しく俺の腕の中で大人しくしていた。いつもこんなに良い子だったら楽なのに。でもそれじゃ楽しみが半減するかな。

「ほんとに?」

ナマエは伺うような声を出して俺を見上げてきた。やっぱりちょっといじめすぎたみたいだ。

「うん。ハグリッドとも久しぶりに会えたし、温室でのんびりもした。」

「ほんとに?」

「ほんとだよ。」

しっかり頷いてみせると、ナマエはようやく安心したのかのんびりと俺の胸に頬を寄せてきた。あぁ、俺はなんて幸せなんだろう。こんなに素敵な彼女がいて、俺のためにお茶目なことを考えてくれて、今はこうして俺の腕の中。そのうち罰が当たるんじゃなかろうかと恐怖するくらい幸せだ。

「それなら…、良かった。」

「ん。ところでナマエ、最後はどうしてこの部屋に?」

俺はこんな名前だけど別に天文学が大好きなわけでも、この場所が大好きなわけでもないし…。そう考えていたら、ナマエはちょっと恥ずかしそうに笑って「内緒」と囁いた。

「なに、どうして?」

食い下がっても、ナマエは首を振るばかり。どこか恥ずかしそうなそして嬉しそうな顔なんだけど、なんでだろう。

「今回、シリウスを待つならここって決めてたの。でも理由は駄目、内緒。」

「えー、気になる。すごい気になる。」

「また今度ね。ちょっと星を眺めたら、お夕食に行こう。私お腹空いちゃった!」


End?


おやすみを言う時になっても、ナマエは結局教えてくれなかった。リリーは「覚えてないシリウスが悪い」って言ってたけど、覚えてないって?俺、何かしたっけ?

でもまぁ良いか。そのうち教えてくれる時が来るだろう。今はこの幸せを噛み締めることに集中しよう。

ありがとう、俺のミス・モリアーティ。

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