足音が近づいてくる。



【ジェームズがお好き】 17話後



「リーマス!」

談話室の暖かい暖炉の前を確保して、僕は透き通った綺麗な声がかかるのを心待ちにしていた。

「やあナマエ。」

3人がけのソファーの真ん中に座っていた僕は、さり気なく端に移る。ナマエは、1.5人分隣に腰掛けた。
あぁ、体の右半分がジリジリ熱い。歓喜と緊張で。
こんなに近くにいると、ナマエ特有の甘く温かい匂いがする。満月が近いからか、聴覚も嗅覚も磨ぎ澄まされて、普通の人間が分からないことが分かるからだ。

僕しか知らないナマエの匂い。
香水でも、体臭でもない、強いて言うならフェロモンみたいな。君は知らないんだろうな、その匂いがどれだけ僕を乱しているか。

「ねぇリーマス、原寮の“私が殺した少女”読みおわった?」

キラキラした笑顔で僕を見上げてくる君は、例えるなら大好物の角砂糖。仄かな輝きとで、甘く僕を痺れさせる。

「うん、読みおわったよ。」

ナマエに負けない笑顔で答えた。


君には絶対この想いは悟らせない。


友達っていう今のポジションを保ちたいし、君に余計な気を回させたくない。弱虫で卑怯な僕の、最後のプライド。

「感想聞かせて。」

「悪くはなかったよ。急展開には驚かされた。でもなぁ、読者の奇を衒おうと頑張りすぎちゃってる気がする。」

ナマエは少し傷ついたような顔をした。

「日本の秘蔵推理小説家なのに!リーマス、結局ドイルと比べてない?」

僕は声を上げて笑った。まったく、真面目な顔して面白いこと言うんだから。

「ナマエ、それじゃ自分から敗北宣言したのと同じじゃないか。」

ナマエはいよいよ膨れっ面になって、「これだからイギリス人は!」と言った。

「仕方ないよ、ナマエさん。コナン・ドイルは世界一の推理作家だから、誰もかなわない。」

「それは認めるけど。私だってシャーロッキアンの端くれですからね。」

また声を上げて笑った。ナマエといると全部が楽しい。何でもない会話も、キラキラと輝いて見える。見慣れた談話室も、くすんだこのソファーも、そばを横切る後輩達も。

「ムーニー、いつになくご機嫌だね。」

ジェームズとリリーが談話室に戻ってきた。僕が笑い声を上げていたのが珍しかったのか、実際珍しいけど、ジェームズは目をくりくりさせてそう言った。
僕は曖昧に返事をして、微笑んだ。恐ろしく勘のいいジェームズにだって、この気持ちは気付かせないよ。絶対、誰にも。

「ただいま、ナマエ。」

「おかえり、リリー。」

ジェームズとリリーはそばのソファーに座った。2人のその距離が、少しだけ羨ましかった。

「まったく推理小説マニアよね、ナマエもリーマスも。」

リリーが呆れたような感心したような、変な風に笑った。

「えぇ、そうよ。いけません?」

ナマエが開き直って得意気に鼻をならす。

「いいえ、いけなくなんてないわ!」

ナマエのその様子にリリーがクスクス笑った。

「シャーロック・ホームズシリーズの中で、どの話が一番好きなんだい?」

ジェームズが興味深そうに尋ねた。

「僕は“瀕死の探偵”かなぁ。」

「瀕死の探偵!」

リーマスの言葉にナマエがすかさず反応する。

「ホームズとワトソンのあつい信頼関係が浮き彫りになった、いい作品よね!」

ナマエは熱っぽく頷いた。

「ナマエは?」

ジェームズが尋ねる。

ナマエはうーんと黙ってしまった。

「私はやっぱり“最後の事件”ね!」

僕が納得したように頷くと、ナマエは嬉しそうに笑って「やっぱりあれよ。」と頷き返してきた。

「ナマエはジェームズが大好きだもんね。」

バサバサバサ

4人の後ろから、大量の本が落ちる音がした。
全員が振り返ってみてみると、顔面蒼白のシリウスが呆然と立っていた。

「シリウス、お帰りなさい。」

ナマエは、シリウスとっておきの笑みを従えて駆け寄った。痛みに鈍くなったはずの僕の胸のどこかが、右の空席によってダメージを受けた。とっくの昔にゴミ箱に捨て去ったような感情が、じくじく音を立てて再発火するのを感じて、僕は一瞬目を閉じて、開いた。

「本落としちゃったの?」

ナマエはしゃがんで本を拾いはじめた。シリウスは次々と手際よく拾っていくナマエをただ眺めるだけだった。ジェームズとリリーがニヤッと笑ったので、僕もつられて笑った。駄目だ、笑っちゃう。

「ナマエ!いつからジェームズが好きになったんだー!?」

「プッ!」

「あははははっ!」

「シッ、シリウス馬鹿!」

「間抜け!!あははっ!」

ポカンとしているシリウスと、別の意味でポカンとしているナマエを尻目に、僕はお腹が痛くなるまで笑ってやった。笑って笑って笑ってやった。胸の点いた火を吹き飛ばすかのように。

「シリウスってホントに馬鹿ねー。」

ようやく笑いがおさまったリリーが涙を拭いながら言った。

「なっ?」

ナマエはやっと事態を把握して、今頃になって笑っている。

「というよりアホだね。」

ジェームズも笑い残しながら言った。

「シリウス、ジェームズっていうのは、コナン・ドイルの小説の登場人物、モリアティ教授のファーストネームよ!」

ナマエの言葉に、シリウスはカアッと顔を赤くした。

「先に言えよ!」

「君が勝手に勘違いしたんだろ?」

「うっ。」

僕の一言で、シリウスはしゅんと黙ってしまった。

「まったく。」

あらら、ますます小さくなっちゃったよ。ちょっといい気味だね。

「シリウス。」

ナマエが優しく肩を叩いた。

「ナマエ、」

「ご機嫌をなおして。ね?」

「…ん。」

あーあ、見てらんないよ。顔赤くしちゃってさ。シリウスもナマエには弱いんだから。惚れた弱みだね。…僕もだけど。


さっきまで、ナマエの隣は僕の場所だったのに。でもさ、そんな君に譲るの、実はそんなに嫌じゃないんだよ。何でだろ?負けを認めてるのかな。

シリウスにもだけど、どちらかというとシリウスだけに向けられる、ナマエの笑顔に。


End?


「そういえばシリウス、ナマエが前に「結婚するならセブルスがいいわ」って言ってたよ。」

「はっ、えっ?」

途端に再び顔面蒼白のシリウス。

ダッ

あっという間にナマエの自室に駆け出して。

「痛っ!」

ああ、ダメダメ、女子寮には入れないよ。

「何で行けねーんだよ?通せっ!このっ、」

無理だってば。

「ナマエー!」

「ホントに馬鹿なんだから。」

まぁ、憂さ晴らしに少しイジメるくらいいいよね?


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