ぴょんぴょんぴょんぴょん気持ちは跳ねる。
【ノスタルジア・仔兎】 11話後
ほうっと吐いた息がまるで煙のように白く昇り、空に溶けた。私は哀れな吐息の運命を見送る事無く手元の作業に集中し直す。何処までも真っ白に雪化粧した校庭。耳が痛いくらいの静寂。人で溢れるホグワーツ城の敷地内だっていうのに、まるで世界には私しか存在してないみたい。誰かに迎えに来て欲しい様な、放っていておいて欲しい様な、ひどく我儘な気持ちになった。何やってるんだろう、私。やっぱりリリーの言うことを聞いて図書館に行けば善かったのかな。
サク
不意に私の思考を遮断する足音。リリーかな?なんて想いながら私はわざと振り向かなかった。
サク
サクサク
「何やってるんだよ、ナマエ。」
予想より大分低い声に動揺してしまった。その声の主はゆっくり私の隣にしゃがむ。真っ白な地面に淡く落ちる影。
「奇遇ね、シリウス。」
動揺してしまったことを悟られたくなくて、私は少し気取った口調で返した。
「ナマエを連れ戻しにきたんだよ。」
シリウスは私の方を向いてそう言った。凄く嬉しいのに、突き飛ばしたい。私はシリウスの瞳を覗き込んで、読めない表情を作って、一言。
「プライバシーの侵害だわ。」
シリウスは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにまた何時もの口角を引く独特の笑いをした。ちなみに、私は、シリウスのこの笑い方が、あまり、好きじゃない。
「でも便利だ。」
シリウスは「何が?」なんて不粋なことは聞かない。こんな時、ちょっとだけ尊敬する。
「あんないい地図、他にはないぞ。」
「それはそうだけど。」
私はシリウスから目線を手元に戻した。
「それは?」
私の視線を追ったシリウスが興味深そうに尋ねる。興味なんて無いくせに。でも聞かれて嬉しかった私は素直に答えてあげた。
『ゆきうさぎ。』
シリウスは聞き慣れない音に眉を寄せる。
「うさぎの雪像のことよ。」
私の解説に納得したのか、(そもそもどうでもいいのかもしれないけど)シリウスは「ふーん。」と言った。
「今のは日本語?」
「マーミッシュ語でないことは確かだわ。」
シリウスは細く笑った。私の大して面白くもない言葉に。途端に涙が零れそうになる。俯いて何も言わなくなった私をシリウスが見つめる。
「元気無いな。」
そう言って、そっと私のローブに積もった雪を払ってくれた。あぁ、まったく。
「何で優しいの。」
「ナマエが好きだから。」
ポロリと一粒涙が落ちた。色んな感情がごちゃ混ぜになって、パニックだ。
「何泣いてんだよ。」
シリウスは半ば呆れたように笑った。上手い言葉が見つからない。
「だって、私、シリウスのこと、」
やっとのことでそれだけ紡いだ。シリウスはまだ笑っている。
「俺を好きになってもらいたいからだよ。」
あぁ、まったく。
「俺は賢いからな。」
私の悶々に気付いているくせに。
「ナマエが弱ってるところに付け込んで、」
吐く息は白い。
「好感度アップ。」
周りの雪と同じ。
「寂しいんなら言えよ。」
…え?
「なん…で。」
どうして分かるの?シリウスはいつのまに私に開心術をかけたの?
「ナマエが大好きだから分かるんだよ。」
あぁ、やっぱり。
とろとろと溶けていく、凍てついていた私の寂しい心。
「日本にいた頃、冬になるとよく作ったの。」
冷たい冷たいイミテーション。
「急に思い出しちゃって。」
家族で過ごしたあの時間。
「伯母さんに教えてもらったのよ。」
そう、ほんのちょっぴり故郷が、日本が、過去が恋しくなっただけ。
んんん、ホグワーツに南天の実が無いのが残念。代わりに柊の実で目を付けて、耳も柊でいいや。よし!
「出来た!」
我ながら見事な出来栄えだわ。シリウスの反応を伺ってみると、「なかなかだな。」だって。なんだかとってもシリウスらしい。
「満足?」
シリウスを見ると鼻も頬っぺたも赤く染まっていた。きっとシリウスより前から外にいた私はもっと赤いんだろうな。
「満足。」
「それはよかった。」
シリウスはすっと立ち上がって私に手を差し伸べた。とってもナチュラルに。そのナチュラルサが、なんだか、とっても悔しい。
「帰ろう。リリーが心配してる。」
一瞬迷ったけど、素直にその手をとる。
「げっ、ナマエの手、尋常じゃない冷たさだぞ。氷みたいだ!」
シリウスは慌てて自分のローブのポケットに私の手を突っ込んだ。ほわん、と温かい。
「あったかい。」
思ったことを口にすると、シリウスは「ナマエが冷たすぎるんだよ。」と握る手に力を込めてくれた。
この温もりを信じていいのだろうか。この温もりに甘えていいのだろうか。この雪が溶けるまでには、きっと、答えが出せるはず。
きっと。
さようなら、ゆきうさぎ。
出来るだけ、溶けないでいてね。
End?
←back