【ラブレター】 8話後



「ハーイ、シリウス。」

談話室の暖炉の前の特等席に座っていたら、妙にご機嫌な声色のナマエが片手を挙げて俺の元にやってきた。こうやって笑うナマエは珍しく、そして可愛い。ソファに踏ん反り返っていた身体を行儀良く直し、ナマエを軽く見上げて挨拶を返した。ナマエにだらしないと思われたかな、ついてない。こんなことならシャツもズボンの中に入れておくんだった。俺の意中の女の子は、真面目な男が好きなのだ。

「ジェームズも、御機嫌よう。珍しいわね、2人っきり?また悪巧みしてるんじゃないでしょうね?」

そんな考えを余所に、ナマエはジェームズをじとっとした目で見ていた。

「まさか。イギリス魔法界の将来について議論を重ねていたところさ。」

ジェームズが肩を竦めて答えると、ナマエも肩を竦め返した。到底納得できない、という顔だ。…ちなみに、こんな顔も可愛い。

「それなら良いけど。」

ナマエは片手に抱えた本と羊皮紙の束を、よっ、と抱えなおした。このまま部屋に戻るのかな。だったらもう少しいてくれないかな。言うか、言うか?言ってしまえ。

「ナマエ、お茶飲んでいく?」

「ありがとう。でも遠慮しておくわ。」

スマートに、必死さを隠すように、さりげなく誘ったが、見事に撃沈した。がっかりしたことを悟られないように、そっか、とだけ言っておいた。顔に出てないといいけど。

「部屋に戻って、早くリリーに話したいことがあるのよ。」

ナマエは嬉しそうに楽しそうにニコニコ笑っていた。

「話したいこと?」

リリー、という単語が出た瞬間、ジェームズがくいついた。こいつはもう何年、こうやって生きてきたんだろうと、ぼんやり思った。ジェームズの世界の中心には常にリリーがいて、想い続けて。少しだけ、ジェームズを尊敬した。

「そうなの!シリウス、はいこれ!」

そう言って俺の思考を遮ってナマエが本の隙間から取り出した物、それは…、

「ラブレター?」

ジェームズの言葉が、どこか遠くから聞こえた気がした。まさか、そんなはずは。こんなことって。

「これを…俺に?」

「そう!」

ナマエが顔の前にずいっと差し出したのは、まるで自ら「私はラブレターです。」と名乗らんばかりの典型的なラブレターだった。白い封筒に、可愛らしい字で“シリウスへ”とだけ書いてあり、裏にはご丁寧に赤いハートのシールまで貼ってある。呆然とそれを眺める俺を見て、ナマエはますますニッコリ笑った。どうしよう、どうしたら。もういっそ、抱き締めてしまおうか。

「とっても可愛い女の子だったわよ。」

“だったわよ”?頭に大量のクエスチョンマークを浮かべ、瞬時に思い付いてしまった認めたくない仮定を振り払うように、微かな希望に縋った。

「ナマエ?それはどういう…」

「さっき図書館でエディと話していた時に、その子に頼まれたの。シリウスに渡して、って。レイブンクローの子よ。たぶん4年生だと思うわ。」


微かな希望は、恋する男の惨めな妄想に過ぎなかった。

ショックを受けた俺の様子があからさまに可笑しかったのか、ナマエは覗き込むように顔を見てきた。それが何だか恥ずかしくて、思い切り顔を背けたら、ナマエは少しの間の後、ちょっと怒った声で「ちゃんと返事を書いてあげるのよ。それじゃ2人共お休みなさい。」と言って去っていった。

去り際に、「折角届けてあげたのに。」と恩着せがましい発言をしていたのは、出来れば聞かなかったことにしたい。図書館でエディと一緒だったこともなるべく考えないようにしよう。この気持ちに、さらに追い討ちをかけるだけだ。俺は生憎、そんな自虐癖は持ち合わせてないんだ。ナマエが去った後、ジェームズが何とも言えない視線を投げかけてくるのが分かった。頼む、そっとしておいてくれ。

「…我が友、察するよ。」

期待してしまったことが恥ずかしくなって、でもたった今味わわされたショックの方が数段勝っていた。

「酷い仕打ちだ。俺が何をしたって言うんだ。」

ジェームズは俺が握り締めた手紙をするりと奪うと、笑いを噛み殺しながら読んでいた。それを見たら益々落ち込んで、なんだか泣きたくなった。

「日頃の行いかな。」

手紙をポイっと俺の手の上に乗せながらジェームズが吐き捨てた。

「おまッ、ちょっとは慰めろよ!」

「格好良すぎる自分が悪いんじゃない?」

ジェームズは欠伸をしながら答えた。さっきの尊敬は取り消そう。今すぐ。ワザとらしく大きな溜息をついて、片手で顔を覆った。手の上にある手紙を丸めて、そのまま暖炉に放り込む。ジェームズは少し驚いたように片眉を上げた。

「読まなくていいの?」

「いい。」

「返事書かなくていいの?」

「うるせーな、いいって言ってんだろ。」

「でもさ、返事書かないとさ、差出人の女の子はナマエが嫌がらせしてシリウスに手紙を渡さなかったって思うかもしれないよね。」

最後まで聞かないうちに、俺は飛び起きて暖炉から火の点いた手紙を呼び寄せた。

「熱っ!」

コンガリと焦げ目のついたそれを素早く復元させる。ざっと目を通すと、まるでラブレターとはこうでなくてはならない、と言わんばかりの内容だった。以前の自分なら、型にはまった下らない内容だ、と一笑して終わりだったが、今なら少しだけ、理解出来る気がした。相手に少しでも多く気持ちを伝えようとすると、決まり切った、使い古された言葉しか出て来ないことが。こういうことが気付けただけでも、ナマエに恋をして良かったと思う。うわ、何かうっかり乙女みたいなこと言っちゃった。でも、その分、自分の今までの所業が余計に卑劣だと思い知らされて、思いやりとか欠片も無かったなぁ、と反省させられることも事実なわけで。

「シリウス。」

「俺が今考えてること分かるか?」

ジェームズは黙ったまま、じっと動かなかった。俺は、自分を笑わずにはいられなかった。ナマエに夢中な自分、真面目に反省してる自分、こんなこと考えてる自分。


「この手紙がナマエからのだったら良かった、って思ってるんだ。」


せめて馬鹿な男だと笑ってくれればちょっとは救われたのに、ジェームズがやたらに真面目な顔で頷いたから余計に惨めなめにあった。


End?

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