最近、少し気になる人がいる。
【Distress Girl】 5話後
本を読んでいる時も、ナマエとお喋りしている時も、寝る前に爪を磨いて
いる時も、気付くと彼のことを考えている。大嫌いだったはずなのに、ううん、今でも大嫌い。だけど、深く知り合えば知り合うほど惹かれていく私がいるのも本当で。彼のことを考えていると頭の中がグチャグチャになってしまう。だからこうして(こんなに寒いにも関わらず)外のベンチでボーっとしているのだけど。
「ふぅ。」
結局考えがまとまらないままポットに入れてきた紅茶を飲み干す頃、一羽のフクロウが飛んできた。大きな、黒色の若い雌フクロウ。私が座っていたベンチの隣にゆったりと降り立つと、手紙が括り付けてある片足をヒョイと上げた。ふらふらと慣れない仕草がとても愛らしかった。
「あらあら。」
微笑んで、思わずそのフクロウを膝に抱えてそっと足の手紙を解いた。
「上手に飛ぶ練習をしていたのね。」
まだ新しい翼を何度も何度も撫でながら手紙を広げると、そこには乱雑な字で“後ろを向いて見て”とだけ走り書きしてあった。
言われた通りに振り向いてみると、そこには満面の笑みのジェームズが片手を上げて立っていた。
「…。」
どうしてこうもタイミング悪く現れるのか。フクロウはどこか面白そうに「ほぅ。」と不自然な泣き声を上げて飛び立っていった。その姿を見送った後、私はつきたい溜息を飲み込んで「こんにちは。」と機械的な挨拶をした。ジェームズはこちらへ歩いてくると、「座っても?」と尋ねた。
「構わないわ。」
本当は嫌だけど。嫌なのよ。だって、ジェームズのそばにいるとろくな事が無いんだもの。
「寒くないの?」
ジェームズは人懐っこい笑みを浮かべたままそう言った。この笑顔が偽物なのか本物なのか、それすら分からない。分からなくったっていいんじゃない?と言ったナマエの言葉が思い出されるけど、いいわけないと私は思う。
「少し寒いわ。でもそれが好きなの。」
気取ってそう言ってみると、ジェームズは急に真面目な顔になって「ふむ。」と頷いた。今度は分かった。これは演技だ。
「じゃあ僕も好きになろう。冬の冷たい空気と、それを味わう為にベンチに座ること。」
私は思わず声を上げて笑ってしまった。ケラケラと、辺りに響き渡るくらい大きな声で。はしたないと思ったけど、止まらなかった。
「ひどいな、本気だよ?僕。」
「ますます笑えるわ。」
私がそう言うと、ジェームズもケラケラと一緒になって笑った。
「ジェームズ。」
「なんだい、リリー。」
「さっきのフクロウどうしたの?ジェームズのフクロウ?」
「いいや。きっとホグワーツのフクロウ小屋で生まれたフクロウだろう。向こうの草むらでうずくまってたから、防寒の呪文をかけてちょっと働いてもらったのさ。どうして?」
「随分綺麗なフクロウだったから。」
「リリーのほうが綺麗だよ。」
…こいつは。
「フクロウと比べられても、」「リリー。」
とっても強い声で制された。
私はもう顔も上げられなくて声も出せなくて、ただただ昨日磨いだばかりの爪を見詰めた。あぁ、右手の人差し指がもう欠けてる。魔法薬学の時間にやってしまったのかしら。
「君は、いつになったら僕の言葉を信じる?」
ジェームズは、きっと真剣な目をしてる。そうなのだ。偽物か本物か分からない顔しか見てこなかったのは、私。本物のジェームズの心を見て見ぬふりをしてきたのは、紛れも無いこの私なの。それがどんなに残酷なことか知っていて、あえてそうしてきた。
「リリー。」
「ずっと聞きたいことがあったの。いいかしら?」
「もちろん。」
ジェームズは私にとても優しい。でもどうして?
「どうして、私なの?」
「決まってるじゃないか、君がリリー・エバンズだからだよ。」
何が決まっていると言うのだろう。この自信は一体どこからわいてくるのだろう。私には、このジェームズ・ポッターという人物が計り知れない。
「理屈じゃ無い。はじめて君を見た瞬間に、僕は感じたんだ。」
「何て?」
「あ、僕はこの人を守る為に生まれてきたんだ、って。」
「…。」
どうしよう。この人、本気で言ってるの?私が恐る恐る顔を上げると、そこには見たことも無いほど優しい顔をしたジェームズがいて。
「理屈じゃ、無いんだ。」
あぁ、本当に困ってしまった。私は、このままでいいんだろうか?誰も彼もいつまでも騙して、そんなの、人のこと言えないじゃないか。私は誠実な人のはずなのに、これじゃあジェームズの方がよっぽど誠実な紳士だ。
「ジェームズ、私、」
「僕は言葉にして欲しい。なぜなら、君が思うよりずっと、臆病だし傷つきやすいんだ。」
知ってる。私、知ってる。だからこそ苦しいんじゃない。
「ごめんなさい、もう少し、待って。」
あなたの気持ちに見合う言葉を、釣り合う素敵な言葉を捜すから。だからもう少しだけ。
「僕は6年待てた。この際、白髪になるまで待つよ。」
ジェームズは肩を竦めて軽い調子で言った。ありがとう、ジェームズ。
「ホントに、優しいのね。」
「君だからさ。シリウスに優しくしたって、しょうがないだろ?」
「ふふっ。」
「へへっ。」
冷たい風が心地よくて、頬を切り刻まれるような感覚に酔った。次の瞬間だった。
「…ハイ、ジェームズ?」
「ハイ、リリー。ご機嫌は?」
「ちょっと、その、混乱しているわ。」
「何故だか分かる?」
「あなたが、私に、キスをしたから。」
ジェームズは私の両肩を痛くないギリギリの力でベンチに押し付けていた。いつも飄々としている彼だから、こんな事とても珍しい。目が、離せない。
「どうしてそれで混乱を?」
私をまっすぐ見据えて放さないから。
「理由が、」
「君は知っているはずだ。」
「分からないわ。」
「嘘つきだね。」
「いいえ本当に、」
ジェームズは、私のオデコにオデコをくっ付けて、眼が引っ繰り返るほど近くで私を見詰めた。
「そんなこと言うと、もう一度しちゃうよ。」
私は目を伏せて、ジェームズのローブの生地を見た。
少し痛んでいる。
きっと悪戯で引っ掛けたかしたのね。
「リリー?」
「うん。本当は分かってる。ジェームズが私の気持ちを認めて、私がジェームズの気持ちを信じたからだわ。」
ジェームズは打って変わってキョトンとした顔で私を見た。間抜け面。でも、これは本物。本当の、ジェームズの心。
「あのね、もう少しだけ待ってて。」
End?
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