甘くて固い星屑。



【コンペイトウ・リンク】 4年生・9月



音もなく雨が降っている。霧の様な細かく細い雨。折角の9月1日なのに、生憎の天気だ。しかし、ホグワーツ特急の中では、ナマエとリリーはそんな天気を気にも止めずに、休み中に起きた出来事を怒濤のごとく話しまくっていた。

「でね、その時ペチュニア何て言ったと思う??「リリー!あなたって魔女みたいよ!」ですって。私、本物の魔女なのに!」

「確かにね。」

リリーの言葉に、ナマエは声を上げて笑った。


しばらく笑いあった後、ナマエは先ほど買っておいたカボチャパイに手を伸ばした。

「ナマエ、さっきお弁当食べたでしょう?」

リリーは驚いたような、呆れたような声をだした。

「まったく。よく食べれるわね?」

ナマエはモグモグとしながら、目だけでリリーに笑って見せた。

「でもねナマエ。今夜はご馳走なのよ?」

ナマエは、依然モグモグしながらもクスクス笑った。

「あのね、何だか、今食べておいたほうがいい気がするの。」

リリーは怪訝な顔をした。

「そんなこと無いと思うけど。はい、でもこれは仕舞っておきなさい。」

リリーは紙で包んで小分けにされたコンペイトウを3つ、ナマエに握らせた。

「さっさと食べちゃって、私にお土産にくれた分まで食べられたりしたら嫌よ!」

「わかったわかった。」

ナマエはひとまずそれをポケットにしまった。ふと窓の外に目をやると、大分薄暗くなっている。雨は未だに降っていたが。

「リリー、そろそろ着替えたほうがいいわ。」

ナマエはそう言ってトランクに手をかけた。ところが、リリーは一点を見つめたまま一向に動こうとしない。

「リリー?」

ナマエが不審に思ってリリーの顔を覗き込むと、リリーはこれ以上無い険しい顔をしていた。

「ナマエ、物凄く嫌な予感がするんだけど…。」

「へ?」

コンコン

すると突然ノックの音がした。

「どなた?」

ナマエがドアを開けると、そこには、わざとらしいまでにクシャクシャの髪をした少年がいつものメンバーと一緒に立っている姿があった。ナマエは一瞬で理解した。

近年リリーは、ジェームズたちの気配をカンで察知できる特技を身に付けたのだ。特技と呼べるか、それとも埋もれていた野生的自衛本能が目覚めただけなのかは別として。

「リリー、どうする?」

ナマエは哀れみの色を隠しもせずに振り返り、リリーに尋ねた。

「逃げましょう。面倒はごめんだわ。」

リリーの言葉と同時に、2人は杖を振って素早く荷物を片付けると、浮遊呪文で浮かせてコンパートメントを後にしようとした。
が、遅かった。

「エバンズー!」

まるでクィディッチ場の端から端までで会話をしているかのような大声。間違えようもなく、ジェームズだ。

「遅かったようね。」

リリーが呟いた。

リリーの言葉にナマエが目をやると、リリーのローブがしっかりとジェームズに握り締められているのが見えた。

「ちょっとあなた!何するのよ、この!」

「だって放したら、君が行っちゃうでしょ?」

「あなた、馬鹿じゃないの?」

「そんな!」

そうこうしているうちに、ジェームズの声を聞き付けて、近くのコンパートメントから黄色い声の女の子たちが一斉に顔を出した。

「ジェームズー!」
「お土産あるわよ!」
「ブラック先輩っ!」
「こっち向いてーっ!」

みんな久しぶりに会ったせいでいつもより加熱している。

「っ、」

瞬時、ナマエは頭痛に襲われた。

「ナマエ、大丈夫?」

リリーが心配そうに顔を覗き込む。

「大丈夫よ。」

ナマエはそう言ったが、顔色は見る見る悪くなっていく。

「ナマエ、私が追っ払うから、あなたはどこかへ行ってて。」

リリーはナマエの背を軽く押した。

「でも、リリー。」

「すぐ済むから。」

リリーは杖を一振りしてナマエのトランクを動かした。

「ごめんね、リリー。」

ナマエはトランクに促されるように歩きだした。カボチャパイを食べ過ぎたせいか、吐き気までしてきた。ポケットからハンカチを取り出して口元へ押しあてる。俯いて、近づいてきたジェームズたちの横を、出来るだけ素早く通り過ぎた。その時だった。

「エバンズ置き去り?親友が聞いて呆れるな。」

通り過ぎる瞬間、シリウスが低く囁いた。

ナマエは弾かれたようにシリウスを見上げ、あまりの理不尽さに何か言おうと思ったが、今口を開くとカボチャパイが出てきそうだったので、ぐっとこらえた。

「シリウス、そんな言い方ないよ。ナマエごめんね?顔色悪いけど大丈夫??」

リーマスはそう言って、ナマエを支えるように手を伸ばしかけた。しかし、ナマエはするりと後退りしてそれを避け、シリウスとリーマスを一睨みするとさっさと行ってしまった。

「シリウス。」

リーマスの咎めるような声に、シリウスはバツが悪くなった。

「君がさっきから何にイライラしてるのか知らないけどさ、ナマエに八つ当たりするなんて。みっともないよ。」

リーマスは早口にそう言い残すと、さっさと自分たちのコンパートメントへ戻っていった。図星を突かれたシリウスは、益々イライラした。

「いい加減にしてよっ。」

「何でだい、エバンズ?」

リリーとジェームズは飽きもせず堂堂巡りを繰り返している。

いつ終わるかも分からないその会話にもイライラしたシリウスは、あからさまな溜息をついた。

「シリウス、僕らも戻ろうよ。」

ピーターが、ジェームズとリリーを視界に入れないようにしながら控えめに言った。

「そうだな。」

シリウスは、珍しくピーターの言うことを素直に聞くと、ジェームズを放置して自分たちのコンパートメントを目指して歩き出した。

黄色い声はまだ鳴り止まない。

途中、窓から外を眺めたが、天気は変わっていなかった。


コンコン

ノックの音と共に、漆黒の長い髪をなびかせて、小柄な魔女がセブルスのコンパートメントに入ってきた。

「セブルス、久しぶり。」

セブルスはあからさまに迷惑そうな顔をしたが、ナマエは気にしない風を装って中に入った。それが彼のポーズだと、前にリリーが言っていたのを覚えていたからだ。しかし、それはリリーの前だけのような気もして、少し不安になった。もしかして、嫌われてしまったかもしれない。図々しい女だと思われたかもしれない。

「いいお休みだった?」

セブルスはヤレヤレと読んでいた本から顔をあげるとナマエが座れるよう、座席に場所を空けた。
ナマエはそれにホッとして、にっこり笑いかけた。

「いつも通りだ。」

「そう。」

ナマエはその場所にゆっくり腰を下ろした。

「顔色が悪い。」

セブルスはぶっきら棒にそれだけ言うと、冷たい水をナマエに差し出した。ほんのりとレモンバームの香りがする。

「わあ、ありがとう。」

ナマエは弱々しく微笑むと、それを受け取って飲み干した。

「さすが、セブルスは気が利くわね。」

ナマエは座席に体を沈めて目を閉じた。

「何かあったのか?」

「…何で?」

ナマエは目を閉じたまま細く笑って「いつもなら何も聞かないのに。」と言った。

「何でそんなに乱れてるんだ。」

心が。ナマエはまた笑った。

「セブルスにはかなわないなぁ。」

そう呟くと小さな声で言った。

「もともと隠せるくらいに乱れてたんだけど、ブラックの一撃で表に出てきちゃって。」

親友が聞いて呆れるな。
確かに、呆れる。私はリリーに隠し事をしてる。親友なのに。未来を夢に見ることを隠してる。拒絶されるのが恐いから。嫌われるのが恐いから。リリーを信じきれていないことが情けない。
この、臆病者。
どうしようもない、臆病者。

「ナマエ、気にするな。あいつは所詮グリフィンドールだ。」

セブルスの言葉に、ナマエは思わず閉じていた目を見開いて思いっきりセブルスを凝視した。

「セブルス、私がグリフィンドールだって知ってて言ってる…?」

「当然だ。」

しかめっ面のまま言うセブルスに、ナマエは大声を上げて笑った。

「セブルスは優しいわね。」

一通り笑い終わったナマエは、ずいっとセブルスに顔を近づけた。そして、驚いたような顔でナマエを見たセブルスに囁くように言った。

「私、セブルスに出会えて本当によかった。」

惚けているセブルスに肩を竦めて見せた後、寂しそうに俯いて、蚊の鳴くような声でこう言った。

「何で私があの子じゃないのかな。」

コンコン

セブルスが何か言おうと口を開いたちょうどその時、誰かがコンパートメントをノックした。

「お邪魔でした?」

幼い無邪気な笑顔で妙に大人びた冗談を口にしながら、レギュラスが入ってきた。

「こんにちは、ナマエさん。お久しぶりですね。」

呆気にとられていたナマエよりもずっと冷静に、ごく自然に手を差し出した。

「お久しぶり、レギュラス。」

ナマエが慌てて手を出すと、レギュラスはそっと甲にキスを落とした。2人は、以前マルフォイ家の冬のパーティーで知り合ったのだ。

「兄がご迷惑を?」

「…兄?」

ナマエはハッとした。

あまり似ていないから忘れていた。否、容姿は良く似ている。鈍色の瞳にサラサラの黒髪。そうではなくて、人物を取り巻く雰囲気、とでも言ったところだろうか。

「いいえ、少しも。」

ナマエは、誰もが見惚れてしまうような笑顔を貼り付けてそう返した。

「2人は知り合いだったの?」

ナマエはセブルスを振り返って尋ねた。

「えぇ、ちょっと。」

セブルスは答えず、代わりにレギュラスが答えた。よく見ると、コンパートメント内にはセブルスの他に、トランクがもう1つ。持ち手のところにイニシャルが入っていて、一目見ただけでそれが高級なものだと分かった。

「あぁ、ごめんなさい。押し掛けたりして。」

ナマエは途端に恥ずかしくなって席を立った。自分よりも年下のレギュラスのほうがずっと気遣いが出来ている。

「ナマエ、気分が悪いなら、」

「いいえ、もう大丈夫。セブルスのおかげで。」

セブルスの言葉を遮って、ナマエが立ち上がった。
セブルスは頬をほんのり染めて小さく何か呟いた。

「休ませてくれてありがとう。そろそろ着いちゃうし、リリーが心配してると思うから。」

その場の空気が微かに動いたのを、ナマエは見逃さなかった。見逃せれば良かったのに、と思ったことは、気付かなかったふりをした。

「お騒がせしてごめんなさいね。」

ナマエはレギュラスと入れ違いにコンパートメントのドアのところまで来たが、急に振り返った。

「忘れるところだった!」

セブルスとレギュラスはポカンとしてトランクを引っ繰り返すナマエを見ていた。

「あった。」

中から長方形の厚みのある包みを取り出した。何だと思って眺めていると、ナマエはそれをずいっとセブルスに差し出した。

「日本のお土産。」

ナマエはニコニコしながら「開けてみて。」と促した。セブルスが開けてみると、中から出てきたのは1冊の本だった。タイトルは“東洋の魔法薬と漢方薬、100選”。

「私が英訳したのよ。すっごく難しい魔法だったんだから!」

もっとも、日本では未成年が魔法を使っても、何のお咎めも無しなので、練習しほうだいだが。

「セブルス興味あるって言ってたでしょう?」

セブルスはゆっくり顔を上げて聞こえるか聞こえないかの音量でお礼を言った。

「どういたしまして。」

セブルスの非常に分かりにくい嬉しそうな顔を見たナマエは、満足そうに微笑んだ。

「レギュラスにもあげるわ。」

ナマエはそう言ってポケットから小さな包みをレギュラスに手渡した。

「いいんですか?」

「特別よ。」

さっそく本をパラパラやっているセブルスを横目に、ナマエはレギュラスの耳に唇を寄せた。

「…組み分けは、あなたにとってあまり良くない結果かもしれない。けど、大丈夫よ。全てはあなたの心次第だから。」

「え?」

「それ食べて、緊張を沈めてね!」

そう言い残して、ナマエはセブルスたちのコンパートメントを後にした。レギュラスがそっと包みを開けてみると、小さな色とりどりの星屑のようなものがでてきた。


「もう、ナマエ、どこに行ってたの?心配したんだから!」

戻って、リリーの開口一番がこれだった。

「早く着替えて!」

ナマエは黙って従った。

「セブルスのところへ、お土産を渡しに行ってたの。ポッターたちは?」

リリーはナマエのネクタイを結びながら自分の口も真一文に結んだ。

「もう行っちゃったわ!呪いを大見舞いしてやったの。さぁ、下りるわよ!」

まるでリリーの言うことが聞こえたかのように、列車は速度を落としていった。

「イッチ年生!イッチ年生はこっちだ!」

ホームでは、お馴染みのハグリットの大きな声がした。2人はハグリットに話し掛けたいと思ったが、人の波に押されて叶わなかった。連れ立って馬なしの馬車に乗り込む。同席したのはハッフルパフの6年生の女子2人だった。

「見た?イッチ年生たち!」

リリーが楽しそうにナマエに持ちかける。

「見たわ。ガッチガチに緊張して。何だか懐かしいわね。」

ナマエも目を細めた。

「ホントに…。」

ホグワーツに入学し、リリーという掛け替えの無い存在を手に入れたという真実は、もう何十年も前のような昨日のような不思議な事実だ。ずーっと心に引っ掛かっているものがあるからかもしれないが。

2人して回想に耽っていたが、思い出したようにナマエが口をひらいた。

「そういえばね、ブラックの弟が今年入学よ。」

リリーは驚いた顔をした。

「あいつ、弟なんていたの?」

ナマエはコックリ頷いた。

「そっくりよ。でも雰囲気は全然似てないわ。礼儀正しくて優しい子。」

リリーは意外そうに眉を上げた。

「とても信じられない。」

「でも本当よ。後で、組分けがどうなったか教えてね。」

「え?」

「私、やっぱりまだ気分が良くないから、大広間には行かないことにしたの。」

「やだ、大丈夫?医務室に着いて行きましょうか。」

「平気、休めば大丈夫。」

ホグワーツ城に到着し、階段のところまで来たら、ナマエはリリーにお別れを言った。

「部屋か、談話室で待ってるわ。」

リリーは軽くため息をついた。

「何か食べるもの持って戻ろうか?」

「いいわ。ありがとう。」

ナマエがにっこり笑ってリリーに手を振り、グリフィンドール寮へ行こうとすると、リリーが大きな声で言った。

「ナマエ!あなた、合い言葉は!?」

ナマエは振り返ってうち笑った。

「知ってるわ。“カーテンレール”でしょ?」

ちょこんとウインクしたナマエを見て、リリーは脱力した。


「何で知ってるのよ、もう。」



「こんにちは、婦人。」

寮へ誰よりも早く顔を出したナマエを見て、太った婦人は目を丸くした。

「あら、宴会には行かないの?」

どこか非難するような声。

「えぇ、まあね。」

ナマエは静かに微笑んだ。婦人はとてもグリフィンドール生想いだ。ただ、1つの困った性格を除けば…の話だが。

「合い言葉を知っているの?」

「もちろん知ってるわ。“カーテンレール”でしょ?」

婦人はさらに目を丸くした。

「まあ!一体どうやって?」

ナマエはまたもやちょこんとウインクした。

「ただね、どんな時代もどんな国でも、特に重要視すべきは人脈ってことよ。」

婦人は驚いたような感心したような顔のまま、パカっと入り口を開けてナマエを中へと通した。以前の経験で、部屋に戻ってもまだ荷物が届いていないと推測したナマエは、このためにトランクからとっておいたアガサ・クリスティの“ミス・マープル最初の事件”を読むことにした。手近なソファーに腰を下ろし、本を広げる。ページを捲りながら、ナマエは思った。

何故イギリスには著名な推理作家が多いのだろうか。ホームズシリーズのコナン・ドイルをはじめ、ポアロとミス・マープルのアガサ・クリスティやフレンチ警部のクロフツ、フェル博士のカー。推理小説と言えばイギリス、イギリスと言えば推理小説。(これは言いすぎかもしれないけど)推理小説は“ゴシック・ロマンス”と呼ばれる、18世紀後半のイギリスの中世の古城を舞台にした小説から派生しているので、当然と言えば当然だが。このホグワーツは正に中世の古城。この城にいると、無条件でワクワクする。昔の人のどんな秘密が詰まっているのだろうと思うと、尚更。ウォルポールの世界を肌で感じられるなんて、幸運だ。それどころか、中世生存していたゴーストから直接話を聞くことさえ出来るのだ。

改めて素晴らしい環境にいるのだと実感したナマエは、何だか嬉しくなり、自然に頬が緩み、にやけてしまった。

バタン

不意にナマエの楽しい思考の時間が遮断された。

こんな時間に誰だろうと急いで入り口を見る。少なくとも、宴会をサボっているという負い目があるナマエは、かなりドッキリした。マクゴナガル先生かと思ったのだ。

「いえ、婦人のその美しいお顔を、一刻も早く僕の記憶に鮮明に刻み直したかったにすぎません。」

「もう、いけない子ねっ!」

しかし、入ってきたのはマクゴナガル先生ではなく、シリウス・ブラックだった。向こうも誰かいるとは思っていなかったらしく、驚いていた。ナマエはシリウスと分かるとすぐに視線と興味を手元の本に戻した。シリウスは刹那に眉を寄せたが、すぐに男子寮へと消えていった。ナマエは、ページを捲る手を止めた。

あの男、聞いてるこっちが糖尿病になりそうなほど甘い台詞を婦人に向かって吐いていた。婦人の困った性格を知っているのだ。彼女は、グリフィンドール生にも常に一定の厳しさも持って接しているが、ただ、ハンサムな男子に少し弱い。きっと、あの手を使っていつも寮を抜け出して悪戯しているのだろう。それにしても、あの男は一体何故ここにいるんだろう?宴会へは行かないのだろうか?新学期早々もう罰則を受けたのだろうか?
ま、いいわ。

ナマエがそう結論付け、288ページに進もうとしたとき、階段から足音がした。音の主はあいつしかいない。そう分かっていたナマエは、今度は顔も上げなかった。興奮してきたナマエはこの先に待ち受けるあざやかな“解決”に向けてどんどん読むスピードを上げていった。
だから、目の前に来て文面に影が落ちるまで、シリウスが近づいてきたことに気付かなかったのだ。

「おい。」

列車の中では頭にきすぎて気付かなかった、声変わりの済んだ低く太いシリウスの声。この頃の男子ときたら、一週間会わなかっただけでまるで別人のように成長しているのだ。ナマエはビクッとしてしまった。

「何か。」

それを隠すように、堅く素っ気なく返す。

「トラン「いつ来るかなんて知らないわ。」

ナマエのあまりの態度に、シリウスはまたイライラしたが、列車の中で自分が怒らせてしまったからだろう、と思い直した。謝る気なんてさらさら無かったが。ナマエは頑なに本を読み進めている。その様子に軽くため息をついた。トランクが無いんじゃ暇をつぶせるものも無い。部屋に1人でいるよりはマシだろうと、シリウスはナマエの左斜め前にあるソファーに腰を下ろした。ナマエはただの一度もシリウスを見ない。シリウスは他にすることも無いのでじっとナマエを観察することにした。東洋人は、同じ学年に1人しかいない。そんなナマエに、シリウスは特別な興味を抱いていた。もちろん、珍しいからという理由もあるが、それ以上に、心の深いところの何かがシリウスをくすぐっていた。テストの順位発表で、いつも隣に名前があるからかもしれない。去年の魔法生物飼育学で、飼育班が一緒だったからかもしれない。何しろ、シリウスはそこに明確な答えを見出せていなかった。取り留めの無いことを考えながら、シリウスは一通り東洋人を観察し終えた。そして発見したのは、ナマエは、背が低くて同い年の女子よりずっと幼く見え、そして少しだけ可愛いことが判明した。

「なぁ。」

退屈で、シリウスは何ともなしに声を発した。普通、自分から声をかけると大抵の女は嬉しそうに答えてくれる。自分から勝手に喋りだす。ところが、ナマエは無視した。もちろん、ホグワーツ中の女が自分のことを好きだなんて思ってた訳じゃない。そこまで自惚れてはいない。しかし、ここまでハッキリ拒絶されたのははじめてだった。自分を好きじゃない人も、ブラックの陰が恐くて、または媚びて、自分には愛想よく振る舞うのが当たり前だった。それが見事に覆されたのだ。シリウスは一種のカルチャーショックのようなものを感じて、ナマエをますますじっと見た。こっちを向かないことが気にくわなかった。この状況下で自分の退屈を埋め、気を紛らわせてくれそうな唯一のものが発動しないことが気にくわなかった。イライラでも何でもいいから、頭の中を占拠しようとしている考えたくないこの考えを追い出して欲しかった。黙っていては考えてしまいそうで、シリウスはもう1度ナマエに声をかけた。

「なぁ、ミョウジ。」

ナマエはというと、完全にイライラしていた。それはもう、シリウス以上に。こいつは何故ここに座り、自分に話し掛けてくるんだろう?どこまでも勝手な男だ。自分は読書に集中したいだけなのに。席を立って自室へ戻ろうかとも考えたが、何だか敗北宣言のように思えたので、やめた。
本から目をそらさず、答える。

「何。」

「あ、いや、さっきから熱心に何読んでるんだ?」

何かと思えばそんなこと。

「本。」

ナマエは可能な限り短く答えた。一瞬の間の後、シリウスは2人以外誰もいない談話室で聞こえるギリギリの音量でため息をついた。ナマエは、ため息をつきたいのはこっちのほうだ!と叫びたかった。だが、ここで口論にでもなったら余計に面倒なことになる。

「なぁ、ミョウジ?」

「お菓子あげるから黙ってくれる。」

「は?…え?」

ナマエはポケットからコンペイトウの包みを取り出し、シリウスに押し付けた。子供に言うことを聞かせるには、食べ物でつるのが一番だと思ったのだ。単純に。しかし、シリウスはその真意が掴めずに混乱した。

「何で…?」

プレゼントにしては可笑しいし、自分の機嫌を取ろうとしているようにも見えない。呪いでもかかっているのだろうか?こんな扱いを受けたのははじめてだったので、あらゆる感情を通り越して訳が分からなくなった。そしてその内に、それ以降無視を決め込むナマエと、何とかして会話を成立させたいという妙な熱意を胸にいだいていた。“鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギス”精神である。手当たり次第に、思いつく話題をナマエにふってみた。

「もう組み分けは終わったと思うか?」

無視。

「今年のご馳走は何かなぁ?」

無視。

「新しい防衛術の先生は誰だろう?」

無視。

「今回は持つといいな。いや、無理か。あの学科は呪われてるから。」

ナマエは眉毛一本動かさない。シリウスはナマエが本当に起きているのか疑わしくなって、ピッと人差し指を立てると脇腹をツンと突いた。

「ゃっ!」

途端にナマエは目にも止まらぬ速さで立ち上がると、杖を抜き、シリウスに向けて構えた。

「な、何するのよっ!」

足元に落ちた本がパタン、と音を立てて閉じた。

「な、何って…?」

シリウスはおどけて宙を突く真似をしてみせた。

「あなた一体何なの?何がしたいわけ?列車での暴言を謝るのかと思ったら、好き勝手しゃべりくって挙げ句、暴力。断りも無しに女性の体に触るなんて単なる変態行為に他ならないわ。」

あまりのナマエの言い様に、シリウスは目を丸くした。しかし、強烈な勢いに、何も言い返せなかった。

「ちょっとみんなから人気があるからって、何をしても許されると思ってるの?哀れね。さっさと宴会でも何でも行けばいいでしょう?行っていつもみたいにポッターと醜態曝してくればいいじゃない!それとも何かしら?レギュラスがいるから行きたくないの?いいえ、行きたくても行けないのね。嫌なんでしょう、弟の入学が。グリフィンドールであることもまともに誇れない弱虫さん?」

今やナマエの杖からはシュウシュウと珊瑚色の火花が散っていた。

「ごきげんよう。」

ナマエはそう言い捨てると、本を拾って女子寮へと掛けていった。ナマエは部屋で1人息を切らせていた。勢いで意味不明な言葉を並べて怒鳴ってしまった。しかし、別に後悔はしていない。むしろ、ある種の達成感のような清々しさを感じてスッキリしていたくらいだった。



談話室に1人取り残されたシリウスは、呆然とナマエが言い放った言葉を考えていた。言われたことがあまりに強烈だったため、シリウスはショックのあまり一言も反論出来なかった。ナマエに渡された小包を握り締め、視線を宙に泳がせた。

核心をつかれたからだ。

レギュラスは今どうしているのだろう?
車から降りたときは母親に向かって笑っていたが、今は緊張しているのだろうか?どこの寮なのだろう?やはりスリザリンだろうか?いや、自分だってグリフィンドールだったじゃないか。絶対にそうとも言い切れないのでは?でもレギュラスは純血主義だ。しかも母親に手懐けられている。やっぱり無理かな。

「はぁー。」

そうなったら自分とはますます疎遠になってしまうだろう。昔は仲が良かったのに。グリフィンドールに決まったことが実家に知れてからというもの、母親は手の平を返すように自分への態度をかえた。結局母親は息子たちを“ブラック家を組み立てる為のピース”にしか見ていなかった。型にはまらないグリフィンドールは用無しという訳だ。だが、よく考えてみればこれは逆によかったのではないか?忌まわしい血縁を少しでも断つことが出来る。どうせいつかは出るんだ、あんな家。早ければ早いほうがいい。そう考えれば、別に悲しくなんて無い。しかし、元はと言えば縁を切りたくなるような純血主義のあの家や、それに言いなりになっているレギュラスが悪いんだ。考えただけで反吐がでる。

今、この場に誰かがいたら、シリウスの多彩な表情の変化に拍手喝采を贈ったことだろう。

シリウスは、ここに1人でいたら戻ってきた人間に変な目で見られると思い、重い腰を上げて自室へ戻った。部屋へ着いたら、いつの間にかトランクが到着していた。シリウスはちらりとトランクを見たが、関心が持てずにベッドへ体を投げ出した。レギュラスのことが頭からはなれなかった。早く、ジェームズ達に帰ってきて欲しかった。何でも良いから、馬鹿な話をして大笑いしたかった。


「やぁ、引きこもりのシリウス君!!ホグワーツの貴公子のお帰りだよ。」

ジェームズの声を聞いて、シリウスは思わずほっとため息をついた。

「早めに抜け出して、屋敷しもべにディナーを用意させたよ。」

ジェームズがディナーと言って差し出したものは、シリウスの好物のチキンサンドだった。

「食べるだろ?」

「あ、あぁ。ありがと。」

シリウスはどもりながら礼を言い、受け取った。

「どうしたんだい、シリウス?まるでピーターが憑依したみたいだ。」

「お前って、存外失礼なやつだよな。」

軽くジェームズを睨みながらサンドを一口齧ったら、それがとても美味しくて、何か魔法がかけられているのでは、と疑ったくらいだった。

「まぁ、深くは追求しないけどさ、シリウス。」

ジェームズの意味深長な発言に、シリウスは眉を寄せた。

「要領を得ないな。ハッキリ言えよ。」

声変わりした低い声で、唸るように言った。

「ほら、いつにも増して気が短い。」

シリウスのその様子を、ジェームズは特に気にも留めないで笑った。言い返さないシリウスは、絶対に普段のシリウスではない。浮かべた笑みをそのままに、ジェームズは目を細めて鋭い視線で言った。

「君の弟、スリザリンだったよ。」

シリウスは一言、「寝る。」とだけ言い残して、ベッドのカーテンを閉めた。ジェームズはヤレヤレと笑って、それ以上何も言わなかった。シリウスは、ピーターが帰ってきても、リーマスが監督生の仕事を終えて帰ってきても、カーテンから出てこなかった。3人ともシリウスに気を使い、早めに就寝した。


みんなが寝静まったころ、シリウスはむっくり起き上がると、ベッドの上に座り、適当に脱ぎ散らかした制服の上着を畳もうとした。すると、ポトン、と何かが膝の上に落ちた。何だと思って拾い上げてみると、先ほど談話室でナマエにもらった小包だった。紐をほどくと、中には、まるで夜空の星屑をそのままとってきたかのような、色とりどりの小さなキャンディが入っていた。何とも甘そうな、それ。呪いのかかっていそうな、それ。にも関わらず、シリウスは何の躊躇もなく、1粒つまんで口へ運んだ。初めにじわぁっと口の中へと溶け出し、次にスーっとした涼しさが喉を通り、最後にヒリヒリと甘さが胸に突き刺さった。構わず、次々と、仕舞いにはいっぺんに何粒も口に押し込んだ。それを力一杯噛み砕いていく。

ボリボリガリガリ

「っく…。」

ポタ、ポタポタ

「それでもレギュラスは、俺のたった1人の、大事な弟だ。」


シリウスは、同じ時にレギュラスも同じものを食べていたことを知らない。


End?

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