強いひかり、強い、
【名前表記に関する、各々自尊心の交錯】 3年生・6月
初夏の匂いが漂いはじめる季節。生徒達は朝から、嬉しいような嫌なような妙な空気を漂わせていた。それもそのはず、今日は試験の結果順位が発表される日なのだ。朝食の席で、ピーターはその空気を目に見えるほど顕著に纏っていた。
「僕、僕、気が変になりそう。」
震える手でソーセージを突くピーターが溢すように言葉を紡ぐ。
「馬鹿だなぁ、ピーター。今更どうしようも無いよ。」
「リーマスの言う通りだね。」
「左に同じ。」
上からリーマス・ジェームズ・シリウスが、全員トマトスープを飲みながら答えた。
「でも、僕、でも…。」
「どっちみち、結果はあと1時間足らずで出る。今は朝食を楽しめばいいだろう??」
ジェームズは優雅で、余裕綽々といった様子だ。ピーターもようやく諦めたのか、おとなしくソーセージを食べ始めた。
ピーターが急かしたので、4人は朝食後すぐに1年生の結果が掲示されている掲示板を見に行った。そこには既に黒山の人集りが出来ていて、4人は大分待つ羽目になった。
「あぁ、ようやくだ。」
「ったく、何でこんなに待たなきゃならないんだよ?」
「まあまあ、そう言わずに。」
イライラしたシリウスを、ジェームズが宥めた。ちょうどその時、背伸びして掲示板を眺めていたリーマスが、叫ぶように言った。
「ジェームズ、君また一番だよ!」
リーマスの言葉に、ジェームズは嬉しそうに笑った。
「当然さ!僕以外にはあり得ないだろう?」
ジェームズの、あまりにジェームズらしい発言に、シリウスは呆れたように言った。
「は、そりゃ良かったよ。君は本当におめでたいな。」
ジェームズは「いやぁ、ありがとう。」と、全く意に介していない様子だ。
そんなジェームズを横目で見てから、シリウスも掲示板を見た。掲示板は、上から成績順で記名されており、ファミリーネームが先に書かれている。男子の上から2番目だったシリウスは、すぐに自分の名前を見つけることが出来たが、“Black”を目印に探さなければならないことにひどくイライラした。
「ピーター、おいピーター?」
ジェームズが大きな声でピーターを呼んだので、シリウスはそれ以上考えずに済んだ。
「どうしたんだい?」
ピーターは、掲示板を見ながら放心状態だった。
「まさか……?」
最悪の予感が3人の脳裏を過った。しかし、ピーターはその予感を裏切って、満面の笑みで振り返った。
「僕、僕大丈夫だった!!」
「なんだ、脅かすなよ。」
「よかったね、ピーター。じゃぁ、今夜はパーティだ。ね、ジェームズ?」
リーマスがジェームズに笑いかけると、様子がおかしいことに気付いた。ある一点を見つめて動かないのだ。リーマスがその視線を辿ってみると、案の定、赤毛の女の子がいた。シリウスもそれに気付いたらしく、呆れた顔をしてリーマスとアイコンタクトをとった。
「ジェームズ、あんな人参女のどこがいいんだよ?」
シリウスの質問に、ジェームズは顔を爛々と輝かせて答えた。
「分かってないなぁ、シリウス。エバンズは今に物凄い美人になるよ!」
シリウスは、そうは思えない、と思ったが口には出さなかった。余計なことを言って、ジェームズの持論に火を点けてしまう事は経験から目に見えていたからだ。曖昧に頷いて、興味無さそうに笑った。
「いいや、本当だって!赤毛の女の子は美人になるのが定石だって!!」
「まぁ、人の趣向はそれぞれだからな。」
「何とでも言ってよ、シリウス。」
ジェームズは、つまらなそうな表情を変えないシリウスを見て、拗ねた様に口を尖らせた。
「ジェームズはすっかりエバンズさんに御執心だね。僕はどちらかといえば、いつも隣にいるミョウジさんの方が好みだけどな。」
リーマスがポロリと言った言葉に、シリウスは堪えるように小さな笑い声を洩らした。
「ジェームズより趣味悪いぞ、リーマス。」
「どうしてだい?」
リーマスはゆっくり笑顔で聞いた。
「だってあれ見て見ろよ!どう頑張ったって、まだ一年生だ!!」
「それは彼女がアジア人だからだよ。」
リーマスがナマエを擁護するので、シリウスは怪訝そうに眉を寄せたが、すぐにハッとした。
「それにしたってチビだろ。もしかしてリーマス、君ロリコンの気があるのか?」
シリウスの真剣みを帯びた声に、リーマスはクスクスと笑った。
「その点はキッパリ否定しておくけどね。まぁ、好みの問題だよ。」
リリーに見惚れるジェームズの横で、シリウスは理解できないという顔で、肩を竦めた。
「俺はもっとこう、グラマーで強気な子がいいけどな。」
「…シリウス、君ミョウジさんと話したことある?」
「いや、まともには無いかな。だって、ジェームズとセットで毛嫌いされてるんだ。」
「へぇ?じゃぁきっと、ミョウジさんのこと何も知らないんだよ。知ったらきっと、」
言いかけて、リーマスは言葉を切った。何だと思ってシリウスがあたりを見回すと、掲示板の真ん中に陣取ったリリーとナマエそして複数のスリザリンの生徒がいた。どうやら、スリザリンの同級生が、一番と二番のリリーとナマエに嫌味を言っているようだ。リリーはマグル出身だし、ナマエはイギリス人ですらない。2人の活躍は、1年生以来、あるものには勇気を与え、あるものの逆鱗に触れ続けている。
「大体さ、王国英語もろくに使えない子よ。おかしくない?」
「さぞ教員に取り入るのが上手いんだろうよ。血筋の卑しい奴らは、それしか取り柄が無いんだから。」
あまりの物言いに、リリーが憤って一歩前に踏み出した。
「何ですって?」
そんなリリーをナマエはやんわりと制した。シリウスは、やっぱり根性の無い奴だな、と厭きれかけたが、ナマエは次の瞬間驚くべき行動に出た。
杖を取り出して、掲示板に突き付けたのだ。
周囲は一瞬にして何事かとナマエを見た。嫌味を言っていたスリザリン生は、後退りしてナマエと少し距離を取った。呪いをかけられると思ったのだ。ナマエはそんな人々には見向きもしないで、真っ直ぐに掲示板を見つめ、小さく何かを唱えた。ナマエの杖先から淡いオレンジ色の閃光が走った。
“みょうじなまえ”
次の瞬間、先ほどまでナマエの名前が書かれていた場所に、シリウスたちの見たことない文字が刻まれていた。ナマエの母国語だ。その数文字は、他のどんな言葉よりも雄弁にナマエのナショナリズムを語っていた。他のどんな言葉より、ナマエのアイデンティティが伝わってくるものだった。
「行きましょう、リリー。」
「え、えぇナマエ。」
2人の後姿を見て、何か言う人は誰もいなかった。
「ね?少なくとも、君の後者の条件は満たしていると思うよ、彼女。」
リーマスの言葉に、シリウスは答えなかった。廊下の角を曲がるまでずっと、ナマエの長い黒髪を見つめていた。シリウスは、スリザリン生に何も言わずに立ち去るナマエを、意気地無しとは思わなかった。むしろ、何て格好良い子だろうと思ったのだ。そして、少し妬みもした。
あれだけ自分の名前に誇りが持てるナマエのことを。
End?
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