まんてんのほしぞらのした、きみとふたり。



【ほしのおもいで】 6歳・冬



ワイワイガヤガヤ。

目の前では、大勢の着飾った大人達が理解出来ない会話を繰り広げている。大人達の中には当然自分の母親も含まれている訳で。構ってほしくてドレスの裾を引っ張ろうものなら、叱られるのは容易に想像が出来たので、それは出来ないことだ。

「まぁ、ミセス・ブラック。」

「いえ、ほんの冗談ですの。」

「さすがは!」

何という名前の主催者だったかは忘れたが、とても大きなパーティだ。色々な国の魔女や魔法使いが招かれているが、母親やその周辺の人間は相変わらず純血と分かっている人間としか話していない。でもそれは当然のこと。僕ら純血は、他の人とは違うんだから。…それにしても退屈だ。母親が構ってくれない以上、この退屈をしのぐために残された手段は、冒険しかない。

シリウスは母親に気付かれないようにそっとその場を離れた。

「へへっ。」

「おっと!」

「あ、ごめんなさい、ミスター。」

よそ見をして走っていたら、初老の男にぶつかってしまった。

「しつれいしました。」

「いやいや、構わんよ。」

優しい人で助かったな。その後は人にぶつからないように壁ぎわを伝い、人混みを抜けると、大きなガラス張りのドアの向こうにバルコニーがあるのが見えた。興味を引かれた僕は、力一杯ドアを押して滑り込むようにしてバルコニーへ出た。冬の夜独特の空気が肌に心地よい。それと同時に、会場内の空気がとても淀んでいたことを理解した。バルコニーには鉢植えとベンチが1つ置いてあるだけだった。

「なぁんだ、なんにもないや。つまんないの。」

バルコニーの端まで駆けていって、下を覗いてみたが、ちょっとした庭と何台もの馬車、そして品のいいドアマンがいるだけだった。

『きゃっ!』

次の瞬間、小さな悲鳴が聞こえた。驚いて声がしたほうを見て見ると、肌の黄色い女の子がこちらを見ていた。どうやら暗がりで気付けなかったらしい。怯えた様子の彼女は、同い年くらいだろうか?とても可愛い。

「やぁ、はじめまして。」

『あ、あの…。』

何だか、妙な反応だ。

「きみ、なまえは?」

『えっと……。』

僕はここへきてようやく理解した。この女の子は、英語が喋れないのだ。英語が喋れない人に会うのは初めてだった。なるべくゆっくり話してみる。

「ぼくは、シリウス。きみの、なまえは?」

「なまえ?」

「そう、なまえ。」

この女の子も、少しは英語が分かるらしい。考えを巡らせてから、ゆっくり口を開いた。

「わたしのなまえはなまえです。」

変な発音。とても聞き取り辛い。

「ナマエ?」

「なまえ、しりうす。」

よし、理解し合った。僕が笑いかけると、ナマエもニッコリ笑った。笑うともっと可愛いな。フワフワとした赤いドレスも良く似合っている。

「ナマエは、どこのくにのひと?」

「しゅっしんは、にほんです。としは、6さいです。どうぞ、よろしく。」

僕と同じで、パーティ用の挨拶を練習してあったのだろう。不自然に難しい言葉が使われている。

「ぼくも、6さい。」

「おなじ!」

は嬉しそうに言った。

「にほんから、きたの?」

「にほんからきた。」

「りょこう?」

「りょこう?」

通じなかった。言葉が通じないって、もどかしいな。ナマエのこと、もっと知りたいのに。

「きみは、純血?」

「じゅんけつ?」

ここで、恐ろしい考えが思い浮かんだ。もしナマエが純血じゃなかったから、そしてもし、純血じゃない子と話しているところを母親に見られたら。焦る気持ちを押さえて、ゆっくり質問を続ける。

「きみのパパとママは魔法使い?」

「お父さんはまほうつかい、お母さんはまじょ。」

ほっと安心した。ナマエは純血だ。

「シリウスのパパとママはちがうの?」

「ちがくないよ。」

「ふーん?」

は、僕が純血であろうがなかろうが、別に関係無いらしい。変なの。

「ねぇ、しりうす、しりうすはあのシリウス?」

は夜空を指差しながらそう言った。あのシリウス、とは冬の大三角をつくるおおいぬ座のシリウスのことを言っているのだろう。

「そう!よくしってるね。ぼくは、あのシリウスだよ。」

僕が肯定していることが分かったのだろう。ナマエは頻りに“しりうすシリウス”と呟いていた。何故だろう。ナマエが僕の名前を呼ぶたびに、ムズムズと居心地の悪い思いがした。きっと、妙な発音のせいだ。きっとそうだ。

「しりうすは、『なまえ!』

が何か言い掛けたのと同時に、ナマエを呼ぶ声がした。見ると、バルコニーの入り口に、ナマエの母親らしき人が立っていた。

『こんな寒いところで何してるの?もう帰りますよ。』

『ちょっと待って!』

早口で、意味の分からない言葉を交わしている。

「しりうす、さようなら。わたしは、いきます。」

は、僕の両手をギュッと握り締めてそう言った。もうさよならなの?そんなの寂しいよ!

「まって!」

僕は気付くとナマエのドレスを掴んでいた。

「また会おう、絶対!また会ったら、その時は…、」

何が言いたかったのか、自分でもよく分からない。だけど、ナマエには伝わったらしく、「Yes, SIRIUS!」とだけ言い残した。僕は馬鹿みたいに、母親に連れて行かれるナマエをただ眺めていた。ナマエも、僕とまだ話していたい、って思っていたのかな。だったら嬉しい。

僕はたった今ナマエが握ってくれた自分の手を見た。そこには、さっきまでナマエの髪飾りとして活躍していた白いシルクのリボンが、ヒラヒラと冬の冷たい風に舞っていた。あぁ、寒いな。ナマエがいたときは気にならなかったのに、急に寒くなった。

あまりに一瞬の出来事だった。もしかしたら、夢だったのかもしれない。でも、リボンは確かに僕の手にある。だから、夢なんかじゃない。

いつか、必ず、

満天の星空の下、君と2人。


End?


「きっとまた会おう!その時は、このリボンを君に返すから。一緒に星を眺めようね!」

「うん、シリウス!」


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