10月31日。

いかにもイギリスらしい、陰鬱な空模様が朝からホグワーツ城を包み込んでいた。

今年は仮装パーティも無いので、ごくごく内輪のパーティがあちこちで開かれる他は、スラグホーン先生のパーティがあるだけだった。

悪戯仕掛け人とリリーとナマエもご他聞に漏れず招待されていて、招待状に記載されていた制服でなくてもOK、という一文に心躍らせた。

「結局どんな服にしたの?」

朝食の席でジェームズがそう尋ねると、リリーはにっこり笑って「見るまでのお楽しみだって何べん言わせるの。」と鬼も裸足で逃げ出す静かな声で言った。

朝っぱらからかぼちゃ尽くしのメニュをぺろりと平らげると、ナマエは珍しく一番に席を立った。

「どこ行くの?」

シリウスの問いに、ナマエは極めてナチュラルに「スプラウト先生のお手伝いに。」とだけ答えた。

「シリウスも一緒に行かない?枯れた植物の撤去なんだけど、人手があると助かるわ。」

珍しい誘いの言葉に、シリウスは片眉を上げてナマエを見る。

機嫌良さそうに微笑んでいるナマエを見て、シリウスはほっと胸を撫で下ろして頷いた。頷いた後で、なぜ自分がほっとしているのか考えそうになって慌てて頭からその考えを追い出した。

「じゃあリリー、またお昼に。」

「ええ、後で。」


「思ったより大変だったな。」

シリウスが首をコキコキと鳴らしながら言った言葉に、ナマエは「うん、たくさんあった。」と答えた。

杖を振って集めた枯れ葉を隅に追いやっているナマエをちらりと見て、シリウスはなんとも言えない気持ちになった。普通に接したいのに、どのような状態が普通だったか分からなくなっていた。自分の中の矛盾だけでも手に負えないのに、ナマエに対してなんてなおさらだった。

「いつもいつもありがとう、ミス・ミョウジ。それにブラックも。ミス・ミョウジに良い影響を受けてるみたいですね。」

スプラウト先生が長靴に手袋という井出達でやって来て、2人に唐突に声をかけた。いつもの泥で汚れた白衣は着ていなかったが、それに代わる長い作業用のローブを着ていた。

「それってどういう意味ですか、先生。」

「もちろんそのままの意味ですよ、ブラック。」

苦笑いしたシリウスの顔を見て、スプラウト先生は可笑しそうにクスクスとナマエに笑いかけた。ハロウィンの今日、スプラウト先生は大層機嫌が良いらしい。

「そうそう、あなたたち2人と言えば去年に差し上げた植木鉢。どうなりましたか?」

スプラウト先生が思い出したようにナマエのほうを見ると、ナマエは少し残念そうに眉を寄せた。

「先生の言われた通り、土が乾いたらたっぷりと水をやってます。冬の間は一週間に1回程度。でも何の変化もありません。いつまでたっても芽も出ないし。」

それを聞いたスプラウト先生は悪戯っ子のように微笑んで頷いた。

「それで良いんですよ、ミス・ミョウジ。時が来れば分かるから。」

「でも先生、私誘惑に負けて調べてしまいそうです。」

「それはもったいないわね。もしあの植物のことを何か知ってしまったら、あなたはそれをまだ知らない誰かに譲らなくてはいけないのよ。もう貴女には正体を現してくれないから。」

「…善処します。」


スプラウト先生に両手に抱えきれない程のお菓子やくだものやらをもらった2人は、ローブなしでは寒すぎるホグワーツ城からすぐの湖畔に腰をおろした。

「お手伝いするならハロウィンが一番ね!」

「スプラウト先生からこんなに色々貰えた人は、たぶん他にいないだろうなぁ。」

早速手近なヌガーの封を切った2人は、持って来た紅茶と一緒にそれを頬張った。

「こうしてのんびりするの、久しぶりね。」

長靴を履いたまま足をぶらぶらと伸ばすナマエは、いつもより幼く見えた。おさげにしている髪型のせいかもしれないなとシリウスは思った。

「うん。」

「シリウス最近元気無いわ。疲れてるの?」

何気ないはずのナマエの言葉が、自分に対する非難に聞こえた。

ナマエの言動思考全てに怯えていることを改めて自覚して、シリウスは思わず笑いそうになった。何もかも自業自得のくせに、この期に及んで一生懸命ナマエのせいにしようとしている自分がいるのだ。

「そんなことないよ。それに疲れてるって言うなら、7年生全員が同じように疲れてるだろ。」

ナマエは「それもそうね。」と頷くと、紅茶にもう一度口をつけた。

「そうだナマエ。今日のスラグホーンのパーティ、何着て行くの?」

こんな時ばかり当たり障りの無い話題を見つけられる自分の脳みその構造はいったいどうなっているのか本気で気になりだしたシリウスを他所に、ナマエはまた機嫌良く微笑んだ。

「リリーとお揃いよ。仮装じゃないけど、そんな感じ。夜を楽しみにしてて。」

「うん、そうする。パーティは何時からだっけ?」

「お夕食の2時間後。満月がかぶらなくて本当に良かったわ。7年間で最後のハロウィンパーティだから。」

「リーマスもきっと楽しみにしてると思うよ。」

シリウスの言葉にいっそうにこにこと微笑んだナマエは、手の中にあったヌガーを一気に食べると喉に詰まらせながら慌てて紅茶に口をつけた。

「シリウス、この後のご予定は?」

咽てしまったのを誤魔化すようにそう言うと、シリウスはちょっと笑って答えた。

「昼食の後ってこと?ジェームズ達と久しぶりに箒に乗ろうかって言ってたんだけど。ジェームズは後輩の指導も兼ねて。」

「そうなの。そう言えばリリーが見に行くって言ってたような、そうでもなかったような。」

「ナマエは?」

「私は読書サークルの集まりがあるから。」

ナマエがそう言うと、シリウスは片眉を上げた。

「あれ?昨日も何かあるって言ってなかった?」

「それはサバトでしょう。」

「あーそうそれ、あの女ばっかの恐怖の集会。」

ナマエはむうっと膨れっ面になってシリウスを睨んだ。

「なあにその言い方!伝統的な集まりと言って欲しいわね。」

「エッチな話ばっかりしてるって噂の…、」

「そんな話してませんっ!」

ナマエがこぶしを振り上げる真似をすると、シリウスは腕で盾を作る真似をした。小さな手に触れたのも随分久しぶりな気がした。

「冗談だって。でも伝統に則るならそういう話もアリってことだろ?赤ちゃんを鍋で煮てスープにしたり。」

ナマエはいよいよじとっとした眼差しでシリウスを見て、それからふんっと鼻を鳴らした。

「私たちはもっと原理主義的なことをやるの。信仰ではなくいにしえの偉大な魔女たちの模倣だけれど、自然のリズムを身体の中に取り入れて月と一緒に呼吸したり、植物を理解してその力をより借りられるよう試みたり、タリズマンを認めたり、それに」

放って置くと20分は語りそうなナマエのマシンガントークを宥める為に、シリウスは腕を大きく振ってナマエを制止した。

「分かった、分かったよ。どうぞお好きなようにさ。どうせ男は仲間外れなんだし。」

「あら、すねてるの?」

ナマエが目を丸くするので、シリウスは思わずにっこり笑ってナマエの手をぎゅっと握った。ナマエは嫌がったり必要以上に顔を真っ赤にしたりすることもなくなって、ちょっと笑いながらシリウスの顔をじっと見るだけだった。

「別にすねちゃいないけど、俺にも月のお使いが憑いてれば話はまた別だっただろうってこと。」

「いやだー、変なこと言わないでシリウス。気持ち悪いわ。」

ナマエの率直な意見に、シリウスも真面目な顔で頷いた。

「うん、俺も今自分で言ってちょっと気持ち悪かった。」



***



昼食を終え、それぞれ楽しみ、豪華なパンプキン料理が所狭しと並べられた夕食を終えたリリーとナマエは、自室に戻って早速メイクを始めた。

「嬉しいーっ。チャイナドレスって一度着てみたかったの!」

「私もよリリー。やっぱり女に生まれたら一度は着てみたいわよね。」

目を細めて見るも不細工な表情でビューラーをかけるナマエの横で、早くもメイクを終えたリリーはスリットがたっぷり入ったチャイナドレスを翻しながら鏡の前でくるくると回っていた。

鏡台と睨めっこしていたナマエは、化粧途中の女というものはどうして斯くも醜く笑える顔なのかと考えた。そんなこと考えたってどうしようもないが、マスカラが乾くまでの暇つぶしにはなるため毎回同じように考えていた。粉をはたいたり紅を差すくらいならサマになるのに、アイメイクを施すときの不細工さと言ったらちょっと普通じゃない。

「私もナマエみたいに編み込みのお団子にしてもらおうかな。」

「どんなのでも任せてちょうだい。」

ナマエが間抜けな顔でまつ毛を乾かしながら頼もしいことを言うと、リリーは嬉しそうに笑ってぱらりぱらりと髪型の雑誌を捲った。

「よし乾いた。さぁリリー。」

「じゃあこれお願い!」

リリーが指差した写真は、ごくオーソドックスなシニヨンに三つ編みが混ざったものだった。

「お安い御用よ、そこへ座って。」

ナマエは今まで自分が座っていた椅子を指差すと、自分は立ち上がった。

スリットの入った服を着るなんて初めてのことだったので、なんとなく心許無いような気がして自然と歩幅が狭くなった。

「なんだか足とか組んでみたくなっちゃうわね!」

「リリー、パンツが見えるわよ。」

リリーはぺろりと舌を出してジェームズそっくりのウインクをするとさっと足を閉じた。

「でもほら、なんだっけ、なんとかって映画あったじゃない?あれに出てた女優が、」

「慕情ね。ハン・スーイン役のジェニファー・ジョーンズが着てたわ。」

「そう慕情!彼女の着こなし、すごく素敵だったわー。私もいつか絶対着てみたいって思ったもの。でもハンが着てたチャイナドレスよりこっちのが素敵ね。刺繍が入ってるし、つやつやしてるし。」

「褒めてもらって悪いけど、シルクじゃなくて化繊よ。シルクは高いから。」

ナマエはクスクス笑いながらコテとスプレーを駆使して手際良くリリーの髪型を整えていった。

夕食をのんびり味わいすぎたせいで、シリウスたちとの待ち合わせまであまり時間が無い。

「リリー、三つ編みはもう少し太く取る?」

「んー、いいえ、そのくらいで。」

ナマエは鏡越しに頷くと、するすると三つ編みを作った。リリーの髪は細く柔らかく、アン・シャーリーも嫉妬するほどの赤毛だ。乾かさないで寝ると縺れるというアジア人には考えられない事態を招く受難の髪であり、ジェームズを含めた数人の男の子のハートを射抜いた招福の髪でもある。

「何にやにやしてるの?」

リリーが怪訝そうな顔をして鏡越しにナマエを見つめてきた。ナマエは黙って首を振ると後ろからぎゅーっとリリーに抱きついた。

「どうしたのナマエ。こういうことはシリウスにやってあげなさいよ。」

言葉とは裏腹に、リリーは照れたように微笑んでナマエの腕に手のひらを乗せた。

「…ねぇナマエ、私、ナマエがいればそれで良い。他になんにもいらないわ。ドレスも化粧品も彼氏も首席もいらない。」

「リリーこそどうしたの?いきなり。」

ナマエが目を丸くすると、リリーは「なんとなく。」とだけ言って目を閉じた。ナマエは一瞬リリーが等身大の命無き人形のように見えて背筋がぞっとした。触れている箇所は確かに温かいのにどうしてそんなことを思ったりしたんだろう、そう考えた。

「首席、いらないなら私に頂戴よ。」

ナマエがわざとらしい明るい声で言うと、リリーは目を閉じたままクスクス小さな声で笑った。

「あげないけどね。」

「そう言うと思ったわ。さ、急いで仕上げないとみんなを待たせちゃう!」

リリーはこくりと頷くと、鏡の方を向き直った。


「お待たせみんなーっ!」

リリーはナマエの手を握って談話室へ続く階段を駆け下りた。

「どうかしら、この衣装!」

そのままでは派手すぎるため、そして寒すぎるため羽織ったよそいき用のローブをパッと開いて、艶々と赤いチャイナドレスをお披露目した。

「とっても素敵だよリリー!世界一だ!」

「ありがとうジェームズ。そうでしょ、そうでしょ!この髪も見て、ナマエにやってもらったの。」

早くも2人独自の世界に突入しようとしているリリーとジェームズを呆れたような目で見ていたシリウスは、同じように呆然と2人の様子を見ていたナマエのローブをちょんちょんと引っ張った。

「やってあげたんだ、あの髪。」

「力作なの。」

ナマエは自慢げに頷いた。

「でもドレス姿はナマエのが素敵だよ。」

「どうもありがとう。」

随分あっさりしているシリウスの様子に、ナマエはきょとんとしたままお礼を言った。

「寒くない?」

「大丈夫。」

「じゃあ行こうか。リリー、ナマエの手放して。それ俺のだから。」

シリウスはリリーが握っている方と反対側のナマエの手を握ると、さっと歩き出した。表情はいたって普通だが、どことなく機嫌が良くない様に見えなくも無い。確か夕食の時まではそんなことなかったはず、とナマエは首を傾げた。

「でも何でいきなりチャイナドレスなの?何か意図があるわけ?」

ナマエの斜め後ろを歩くリーマスが、物珍しいものでも見るような視線を投げかけて来たので、ナマエは思わず笑ってしまった。

「別に意図なんて無いけど。変かしら?」

「ううん、とっても似合ってる。」

「うん、似合ってる。」

「どうもありがとうリーマス、ピーター。私もう1つ是非ホグワーツで着ておきたい服があってね、卒業までには実行したいんだけど、」

ナマエがそこまで言うと、前からレイブンクロー勢が歩いて来るのが見えた。

「ナマエなあにその可愛い格好!」

グレースがぱっと駆け寄ってきた。グレースは大げさなパニエで膨らませたピンク色のワンピースを着ていた。耳元にはきらきらと派手なピアスが輝いている。

「みなさんお揃いで。」

ジェームズが言うと、クリフが「そっちもね。」と答えた。

「カトリーナ、パメラは?」

グレースの隣に同じようにお洒落をしたキャメロンそしてカトリーナの姿はあったが、一番騒いでいたパメラの姿が見えない。

「それがねナマエ、パメラったら急に熱が出て来れなくなっちゃったの。朝から調子が悪いみたいだったんだけど、とうとうダウンして今医務室で寝てるの。」

「昨日は遅くまで談話室で勉強してたみたいだったからね。」

クリフが言うとキャメロンが頷いた。

「あの子、髪をちゃんと乾かさないのよ。」

「それはお気の毒に。」

「まったくよ。」

「ねぇ、そろそろ行った方が良いんじゃない?」

話がちょうど区切れたところでリーマスが言った。皆がそれぞれ頷き、予想外の大人数でスラグホーン教授の待つ会場へと向かった。

ナマエはじっと前を見て黙っているシリウスをちらりと見上げたが、仄暗い廊下と身長差のせいで表情が良く見えなかった。

周りでは皆が各々会話やハロウィンの空気を楽しんでいる。

楽しそうにキャメロンと談笑しているリーマスの姿を見てナマエは少しほっとした。最近リーマスは今までにも増して顔色の悪い日が増えていた。卒業とともにホグワーツを離れなければならないし、両親のこと、就職のこと、将来に関する全てのことは最高学年である皆が同じように不安だ。ただリーマスの場合はそれが人より余計に深刻になりがちなのだろうとナマエは思っていた。だからこそ、こんなときくらいはぱっと楽しくいて欲しいとも。


スラグホーン先生のハロウィンパーティは、それはそれは繁盛していた。
去年は開催されなかったせいか例年よりも多くの人が招待されていたし、参加する人も多かった。

「よう来た、よう来た。」

スラグホーン先生は、団体で入ってきたナマエたちをすぐに見止めると、いつもの恰幅の良いお腹を揺らしながら近づいてきた。

「こんばんは先生。」

ジェームズが挨拶すると、みんな口々にそれに続いた。

「今年の優秀どころが揃い踏みだな!ほっほう、就職の相談でもしながら来たのかね?みんな魔法省志望だな?部署が被らないようにくじ引きをしといた方が良いんじゃないのかい。」

まんざら冗談とも思えない顔でそう言うスラグホーン先生にどう対応して良いか分からずにいると、隣にいたシリウスが小さく笑った。

「いつも俺たちをかってくれる先生とは思えないお言葉ですね?」

これ以上の切り返しは無い、とその場にいた全員が思った。案の定スラグホーン先生は口元を一瞬引きつらせて、それから愉快そうに大声でシリウスの肩をばんばんと叩いた。

「いやぁ、君がスリザリンだったらどんなにか良かったか!まったく組み分け帽子もつまらんことをしてくれたものだ!」

「俺がスリザリンだったら、先生は今頃過労で引退に追い込まれてたかも知れませんよ。」

皆からどっと笑い声が上がって、スラグホーン先生は「楽しんでいきなさい。」と言い残してまたお腹を揺らして戻って行った。

「さすが頭の回転が速いわねシリウス!延々長い話を聞かされなくて済んじゃった。」

先生の姿が見えなくなると、グレースが喧騒の中でも聞こえるぎりぎりの声でシリウスにそう言った。

「どうもありがとう、グレース。」

シリウスはにやっと笑った後、くしゃりと破顔させた。

「それだけ言われ慣れてるってことだね。」

そう言ったクリフはにこにこと笑っていて、眉毛を上げて反応したジェームズとは対照的にシリウスはちらりと視線をやっただけで返事はしなかった。



***



「レギュラス!」

パーティが進むにつれてナマエはグリフィンドールの皆と散り散りになった。そんなに広くない教室に設けられた会場だったが、なにしろ人が多いので中々にお目当ての人を見つけるのは骨が折れる。

ナマエが手にしていた蜂蜜酒をのんびりと飲んでいると、見慣れた黒髪に見慣れた瞳を持つ人が視界の端に入った。名前を呼ぶと、レギュラスは驚いたように振り返って、それからナマエの方に歩み寄ってきた。

「なんだかお久しぶりですね。」

「同じ学校なのに会わないものね。」

レギュラスがナマエの両肩を優しく掴んで頬に当たり前のようにキスをしてきたので、ナマエは驚いて思わず一歩後ずさってしまった。

「あの人と仲良くやってますか?」

レギュラスはキスされ慣れていないナマエを気にも留めずに自然に会話を続けた。

「あの人なんて言い方しないでレギュラス。たった2人の兄弟でしょう?」

「一応は。」

「なあにそれ。」

レギュラスはいたって真面目な顔でそう言うと、ナマエの手にある残り少なくなったハチミツ酒のカップを取って、近くのテーブルに置いてあった新しいものと交換した。

「ありがとう。」

「いいえ。兄さんの大事な人ですから。」

「自分で行っておいてなんだけど、レギュラスが兄さんなんて言うと冗談にしか聞こえないから不思議。」

「冗談です。」

にやっと笑ったレギュラスは本当にシリウスにそっくりだった。こうして近くでじーっと見つめると、ひとつひとつのパーツはシリウスと瓜二つなのだ。ただ全てが合わさるとやっぱり“兄弟”というレベルでしか似ていないから不思議なもの。こんなに近くでも、何が違うとしっかり確認出来るわけでもないのに。

「そんなに見つめても、僕は兄さんじゃないですよ。」

「そんなこと分かってるわよ。」

「そうですね、僕は兄さんとは全然違いますから。」

レギュラスの言葉には自虐的なニュアンスが含まれていて、ナマエは首を傾げた。

「レギュラス?」

ナマエの表情を見るなりレギュラスは口元を緩めて「何でもないです。」と取り繕った。

「ただ、あんな兄を持った弟は大変だってことです。」

「それは、どういう意味で?」

そう問うても、レギュラスはただ笑みを深めるだけだった。

「ナマエさんは本当に素敵な人ですね。純真で。」

「…もしかしなくても私今はぐらかされようとしてる?」

ナマエがぽかんとしたままレギュラスを見上げると、レギュラスはとうとう堪え切れなくなったように声を上げて笑い出した。

「なんだか…くやしいわ。」

ナマエは咳払いをひとつして気を取り直すと、レギュラスとそして自分の為に話題を切り替えた。あからさまに深入りするのはレギュラスにもシリウスにも自分にとっても賢いことではないと思ったからだ。自分には、兄弟の確執やコンプレックスなど理解出来るわけもない。

「そう言えば最近セブルスと話した?」

ナマエがそう言うと、レギュラスは首を横に振った。

「いいえ。」

「大広間で見かけるくらいで廊下でも滅多に会わないの。取ってる授業が全然違うのもあるんだけど、なんだか少し心配で。」

そこまで言うと、レギュラスは「噂を聞いたんですね。」と断言した。ナマエが見上げると、レギュラスはまたシリウスそっくりの無表情でナマエを見ていた。

「うん…そう。噂よ。良くない噂。レギュラスの名前も聞いたわ。」

「噂の信憑性なんて、ナマエさんが一番良くご存知でしょう?」

レギュラスは諭すように言うと、ほんの少し眉を顰めた。

「レギュラスは?」

「もし何かあったとしてもなかったとしても、ナマエさんには言いません。先輩のことは本人に直接聞いて下さい。」

レギュラスに即答されてしまい、ナマエはそれ以上何も聞けなかった。4つも下の後輩だとばかり思っていたのに、いつの間にこんなに大人になったのだろうかとすっかり驚かされた。

同時に、瞳の奥でちらりちらりと暗い影が揺れるのを見たような気がして、不安を掻き立てられた。

「レギュラス、」

「ナマエ。」

何とか話を続けようとしたナマエの後ろから、ジェームズがナマエを呼んだ。

「じゃあナマエさん、僕はそろそろ寮に戻ります。ナマエさんはホグワーツ最後のハロウィンを満喫して下さい。あとそのドレス、とっても良く似合ってます。」

レギュラスはナマエの手を取ると、そう言ってくるりと踵を返した。

「あれ、なんか邪魔しちゃった?」

ほんのり頬を染めてご機嫌そうなジェームズがナマエと一緒にレギュラスの後姿を眺めながらそう言った。

「いいえ大丈夫。」

「なら良かった。リリーが探して来いって言うからさ、迎えに来たんだ。」

「リリーが?」

ジェームズはナマエを促しながら口を尖らせた。

「ナマエがいないと寂しいんだよ。僕じゃ力不足。」

「拗ねないでよ。理由は分からないけど、リリー今日は何だかちょっと寂しがりになってるみたいなの。ジェームズ心当たりがあるんじゃない?」

「いいや全然。」

きょとんとした顔で答えるジェームズを見て、ナマエはこれでは駄目だと思った。リリーをあんなに寂しがり屋に出来るのはジェームズだけだということを、ジェームズはいつになったら知るのだろう。

「まぁ良いわ。あ、リリー!」

ナマエがリリーを見つけて手を振るとリリーも顔を綻ばせて駆け寄ってきた。

「ナマエ、どこに行ってたの?探したのよ。」

「僕がね。」

ジェームズはリリーにぎゅっと手を握られたナマエの影でぼそっとそう言うと、「まぁ女同士仲良くやってよ。」と言って今度はシリウスやリーマスを探しにまた人混みに消えていった。

「レギュラスとお喋りしてたの。」

「レギュラス?ああ、ブラック弟のことね。」

「ちょっと話さない間に大人になっててびっくりしたわ。なんだかいつまでも最初に会った時のイメージで。」

「ナマエ、言ってることおばあちゃんみたいよ。」

ナマエはそれもそうかと真顔で頷くと、その後ぺろりと舌を出した。


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