「先生、2人の容態はどうなんでしょう?」

リーマスが冷静に尋ねる。

「ミスター・ブラックは全身を骨折しておる。肋骨が臓器を損傷したとのことじゃが、こちらは解決済みでの。後は薬が効いて骨折が治れば目を覚ますじゃろう。」

「ジェームズは…?」

「ミスター・ポッターは、落雷により重体じゃ。率直に言って、大変危険な状態であることは間違い無い。」

リリーはわっと両手で顔を覆った。その手が震えているのが、隣にいるリーマスにも見て取れた。リーマスはそっとリリーの肩に手を置いた。

「大丈夫。マダムならきっと助けてくれるよ。」

リーマスは、ほとんど自分に言い聞かせるようにして囁いた。

「え、ぇ。えぇ。」

ダンブルドアはマダム・ポンフリーの方へ歩いて行った。

「ポピー、何か手伝うことはあるかの?」

「えぇ、それじゃ、スラグホーン先生にフクロウを飛ばして下さいますか?ミョウジのための増血剤とブラックのための骨強化剤、人数分の元気爆発薬、それから一応ポッター用にあれを調合してもらえるように。私はまだしばらくポッターから離れるわけにはいきませんから。」

「分かりましたぞ。」

「ありがとうございます。」

ダンブルドア先生は長いローブを翻して医務室を後にした。とたんに医務室の中は静かになり、マダム・ポンフリーがかちゃかちゃと杖を振っては器具を操る音しか聞こえなくなった。

「ミス・エバンズ、ミョウジの足元に温める呪文をかけてくれませんか?ポッターに合わせて室温を下げましたから。」

「はい。」

リリーは立ち上がってナマエの側に行くと、杖を取り出して橙色の閃光を放った。そしてそのままナマエのベッドサイドに腰を下ろした。リーマスもリリーの後ろに椅子を移動させる。

「ナマエは一体どうしたんだろうね?」

「様子がおかしかったわ。私に変なことを言ったり。」

「うん。あの態度は尋常じゃ無かった。」

「そうね…。試合が終わったら話すって言っていたけど…。」

ナマエの手をぎゅっと握って、リリーは小さく「ナマエ。」と呟いた。そして手を握ったまま奥のベッドへ目をやる。ちょうどマダム・ポンフリーがシーツを捲ってジェームズのお腹を見ているところだった。電流が通ったと思われる後が一本、火傷のようになって残っていた。マダム・ポンフリーは腹部全体に濃い緑色の軟膏を塗り込んでは杖で突いて様子を見ていた。表面の火傷では無く、臓器の損傷を調べ治癒しているのだと分かったリリーは、ますますナマエの手を強く握った。リリーが不安な思いをしているときはいつもいつもナマエがそばで励まし、慰めてくれていた。リリーは改めてそれを思い知らされた気がした。

「ナマエ。」

その時、ばたんと大げさな音がして、スラグホーン先生が医務室にやってきた。

「ポッピー!持ってきたぞ、早々に調合してきた!」

手には沢山の薬瓶が握られていた。

「それで、ポッターの容態はどうだね!本当にあれが必要なほどなのかね?」

「ホラス、大きな声を出さないで!あれは、あくまで念のためですから。大丈夫、使わずに済むと思います。」

「そうか!いやいや、ポッピー。多めに調合してきたが、また何か必要になったら言ってくれ。」

「ありがとう、ホラス。しばらくの間、軽度の病気や怪我の生徒をそちらにまわすことになると思うけど、よろしくお願いしますね。」

「任せなさい。医務室の前に、張り紙をしておこう。」

スラグホーン先生は薬棚に薬瓶を置くと、マダム・ポンフリーの書類だらけのデスクから羊皮紙の切れ端を引っ張りだして、「怪我人・病人スラグホーン教授室へ!」と大きく走り書きした。

「おや、エバンズにルーピンじゃないか!早速お見舞いかね?」

その羊皮紙を手に、スラグホーン先生はナマエのベッドに近づいてきた。

「スラグホーン先生。」

「そんな顔をしなくても大丈夫だよ。ポッターはこんなことで死ぬような男じゃないさ。」

何を根拠に言っているのか分からない、とリリーは眉を寄せた。しかしスラグホーン先生があまりに自信満々にリリーの肩を叩いたので、リリーは思わず頷いてしまった。有無を言わせぬ説得力を感じ取ったのだ。

「ところで、ミス・ミョウジはどうしたのかね?」

スラグホーン先生は驚いた様子でナマエを見ながら言った。

「脳貧血を起こしたらしいの。きっとショックが原因でしょうね。」

「なるほど、なるほど。年頃の娘は繊細ですからな。」



「む、ん、ん?」

ナマエが中途半端な声を出して目を覚ましたのは、それから1時間たった頃だった。

リリーが素早く反応した。

「ナマエ?ナマエ!」

「先生、ナマエが!」

リーマスが慌てて立ち上がってマダム・ポンフリーを呼んだ。マダム・ポンフリーは杖を片手に走ってくる。

「はいはい、聞こえてますよ。」

「ナマエ、分かる?」

「分かるわ、リリー。ここはどこ?」

「医務室よ。」

そう聞いた瞬間、ナマエは弾かれたように身体を起こした。

「ひっ。」

リリーが驚いて息を飲んだ。ナマエはパニック状態になってリリーにしがみ付いた。

「ジェームズ!!!ジェームズは!?」

「駄目です!急に起き上がったりしたら!」

マダム・ポンフリーが急いでナマエを押し戻す。

「マダム!ジェームズは!シリウスは!」

「大声を出さない!大丈夫、命に別状はありません。」

それを聞いた瞬間、ナマエはふーっと脱力してベッドに倒れこんだ。

「ほら見なさい。明日までは安静にしていないといけませんよ。」

「マダム・ポンフリー、ジェームズもシリウスも、本当に大丈夫なんですよね?」

手際よく脈を計るマダム・ポンフリーに、ナマエはすがるような眼差しを向けた。マダム・ポンフリーはしっかりと頷く。

「大丈夫よ。まだ意識は無いけど、その内すっかり良くなるわ。」

「あぁ良かった。」

ナマエは目を瞑って微笑んだ。

「ナマエっ!」

リリーはナマエの手に縋って涙を流した。

「リリー…。」

「だ て、ジェームズがっ、かみなりにうたれちゃうし、ナマエまで倒れちゃうし!わたし、もう何がなんだかわかんなくなちゃって…!」

「うんうん。私は大丈夫よ。ごめんね、心配させちゃって。」

リリーは泣き出してナマエのお腹の上の毛布に顔を押し付けた。ナマエはリリーの嗚咽を肌で感じて、何とも言えない気持ちになった。少し乱れた、リリーの豊かな赤毛をそっと梳かすようにゆっくり撫でた。首を倒して隣を見ると、シリウスが寝息もたてずに眠っている。上下する胸を見て、心の底から安心した。その向こうではマダム・ポンフリーがジェームズの頭上で杖を振っているのが見えた。反対側に首を倒すと、リーマスがナマエに笑いかける。

「リーマス。」

「リリーは本当に心配してた。もうちょっとそのままでいさせてあげて。」

「うん。リーマスもありがとう。リーマスが私を運んでくれたの?」

ナマエが真面目な顔で尋ねると、リーマスは困ったように笑った。

「そうだよ。」

「ありがとう。重かったでしょう?」

「軽かったよ。」

ナマエは恥ずかしそうに笑って「リーマスはとっても優しい。」と呟いて、リリーの髪から頬に手をあてた。

「リリー、私よりジェームズのそばにいてあげなきゃ。」

リリーはぐずぐずと泣きながら少しだけ頷くと、ナマエの首に抱きついた。

「リリー。」

「うん。」

リリーはナマエの頬にキスすると、のろのろとした動作で椅子をジェームズのベッドの方へと引き摺っていった。マダム・ポンフリーは一瞬眉を顰めたが、何も言わなかった。

「ルーピン!これをミョウジに飲ませてちょうだい。一滴残さずね。」

「はい。」

リーマスが呼ばれて、マダム・ポンフリーから気味の悪い湯気が立ち昇るゴブレットが手渡された。

「うわぁ。」

ナマエが露骨に嫌そうな顔をしたので、リーマスは思わず笑ってしまった。

「しっかり飲まなきゃ駄目だよ。」

「分かってるけど。」

ナマエはベッドに手をついて身体を起こそうとしたが、あまり力が入らなかった。

「起きられる?手を貸そうか。」

リーマスはベッドサイドにゴブレットを置いてから、ナマエの背中を片手で支えた。

「ごめん、ありがとう。」

ナマエは息をついてリーマスからゴブレットを受け取った。そして、深呼吸をしてから一気に飲み干す。

「うえぇ、不味っ!」

「良薬口に苦し。はい、お水。」

「だってー。せめてハチミツ味にしてくれればいいのに…。」

ナマエは水を飲みながら恨めしそうにマダム・ポンフリーを見詰めた。

「なんですか、ミス・ミョウジ。ハチミツ味にしたら10リットルは飲まないといけなくなりますよ。」

リーマスとナマエは目を合わせて笑った。


すっかり元気になったナマエは、ベッドに腰掛けてシリウスとジェームズを見詰めていた。相変わらずぴくりとも動かずにベッドに横たわっている。リーマスはナマエの隣に座って、同じようにシリウスを見た。

「シリウス、格好良かったね。」

「…え?」

ナマエが驚いてリーマスを見ると、リーマスは腕を伸ばしてナマエのくしゃくしゃに乱れた髪の先を少しだけ触って整えた。

「シリウスさ、ジェームズを助けるのに一瞬の迷いも無かっただろ?僕はすごく、すごく格好良いと思った。」

ナマエはしっかり頷く。

「うん、そうね。私もそう思う。」

「だよね。大した男だよ、シリウスは。」

リーマスを穴が開くほど見詰めたナマエは、おもむろに頬っぺたをつねった。

「痛っ、痛い!ナマエ、痛いよ…?」

「リーマスの偽者か、私が可笑しくなったのか。」

「失礼だなぁ、僕だって誰か好きだと思うことくらいあるさ。」

ナマエはくすくす笑って「冗談よ。」と言った。リーマスは怒りもせずに微笑んでいる。遠くでやりとりを見ていたリリーも、少し笑った。

「皆で楽しく笑ってれば、この2人のことだから、羨ましくてなってきっとすぐに目を覚ますよ。」

「そうね!」

「それより、匂いでつるっていうのは?美味しいご飯の匂いがすれば、皆きっと起きたくなると思うわ。」

「あらナマエ、お腹減ったの?」

リリーが鋭く質問する。

「そうなの。もうぺこぺこよ。」

3人が時計を見ると、もうお昼はとっくに過ぎた時間だった。その会話を聞きつけて、マダム・ポンフリーが顔を見せた。

「ルーピンとエバンズは何か食べていらっしゃい。ミョウジは駄目ですよ。どうしても食べたいのなら、私が作ったオートミールです。」

ナマエはしょんぼりと頷いた。

「あ、それからエバンズにポッター、ミョウジとポッターとブラックは今日入院しなくてはなりませんから、パジャマなどを寮から取ってきてあげてください。」

「え!マダム、私もですか?」

驚いて叫んだナマエを、マダム・ポンフリーはキッと睨みつける。

「当然です。」

「そんな、私はもう大丈夫です!」

「いいえ、いけません。これは校医としての命令です。」

ナマエは気の抜けた返事をしてベッドの上に座った。

「じゃあナマエ、なるべく早く戻ってくるから。」

「あ、リリー、カーディガンも持ってきてくれる?」

「黒い綿のやつ?それとも白い毛糸の?」

「白い毛糸の。」

「分かったわ。」

パタンと扉が閉まったら、部屋の中はとたんに静かになった。ナマエは何となく恐ろしい気持ちになって、ぶるっと身震いをしたあと、ベッドに横になった。ナマエが生まれるずっと前から、退屈した生徒に眺められてきたであろう天井には染み1つ無く真っ白で、どことなく漂っている魔法薬の臭いと共に、より医務室らしさを演出していた。それが嫌で、ナマエは清潔すぎる枕に顔を押し付けた。

「ミス・ミョウジ?気分でも悪いのですか?」

いつの間にかマダムが近寄っていたことに気付かなかったナマエは、突然かけられた声に驚いた。

「あ、いいえ大丈夫です。」

「そうですか。私はこれから、ちょっと奥で調べものをします。そんなに長くはかからないと思いますが、万が一2人の様子に何か変化があったら呼んでもらえますか?」

「分かりました。」

マダム・ポンフリーは杖を振ってナマエとシリウスにもう一枚ずつ毛布を出すと、奥へと消えていった。ナマエはそれを頭からすっぽり被ってベッドから降りた。杖を振ってシリウスのベッドの傍に椅子を呼び寄せると、その上に体育座りをして完璧に毛布に包まった。

シリウスは、本当に綺麗だ。肌や顔の造りもそうだが、纏っているオーラが。

「人形みたい。」

ナマエはおもむろに手を伸ばしてシリウスの鼻の頭に人差し指を置いた。とんとんと軽く2回叩いてみた。何の反応も無い。ナマエは少し不安になった。

「早く起きないと、寝顔の写真を高額で売りさばいちゃうわよ。」

ナマエは、今度は頬に触れてみた。

「ねぇシリウス、目を覚まして。ホグズミートでバタービール奢ってあげるって約束、忘れちゃったの?今週の日曜日よ?もし起きないようなら、私、写真を売ったお金と一緒にハニーデュークスのチョコレート買い占めるから。」

ナマエが「そんなの嫌でしょう?」と囁いた瞬間、突然シリウスがぱっと目を開けた。

「…ん。」

「…シリウス。」

シリウスはぱっちりと開いた目をぼんやりと歪めてゆっくりと首を横に倒した。

「シリウス、シリウス分かる?」

シリウスの反応が鈍いので、ナマエは一抹の不安を募らせた。

「ナマエ、だ。俺…、」

「シリウス、箒から落っこちたの。覚えてる?」

そっと囁いたナマエの言葉を聞いた瞬間、シリウスは勢い良く身体を起こそうとして、失敗した。

「だ、だめ!動いたら!シリウス体中骨折してるのよ!」

ナマエは慌ててシリウスの肩をベッドに押し付けた。シリウスは顔を引きつらせて縋るようにナマエを見た。

「ジェームズは!!?ジェームズは!!」

ナマエはとりあえずシリウスを落ち着かせるために笑顔を作って、シリウスの肩を押さえたままゆっくりと言った。

「大丈夫、命に別状は無いって、マダムが。」

ナマエが指を指した先には、ベッドに横たわるジェームズの姿があった。シリウスはふーっと長い溜息をついて目を閉じた。強張っていた身体から力が抜けて行く。

「そうか。」

「えぇ。まだ目を覚まさないけど、大丈夫だって。シリウスも体中骨折してるけど、マダムは今日1日寝てれば完治するっておっしゃってたわ。でも肋骨の1本が肺を傷つけちゃったから、まだじっとしてなきゃ駄目よ。」

ナマエが真面目な顔で言うと、シリウスも真面目な顔で頷いた。

「分かった。」

「じゃあ私、急いでマダムを呼んでくるから、」

立ち上がったナマエの細い手首を、シリウスが掴んだ。突然のことに驚いたナマエは、シリウスを振り返らない。振り返ってはいけない気がしたのだ。シリウスはナマエに気付かれないように深呼吸をして、目を瞑って、開いて、言った。

「目が覚めて、ナマエがいてくれて、俺、すごいうれしい。」

シリウスがその手をゆっくり離して「本当だよ。」と優しい声で言ったのを聞いて、ナマエは泣きそうな気持ちになった。なぜだか分からなかったが、涙が出ないのが不思議なくらいだった。

「うん。どういたまして。」

やっとのことでそれだけ言うと、毛布を引きずるようにしてマダム・ポンフリーのデスクの横を通り過ぎた。


「良好です、ブラック。でも、だからと言って絶対に、絶対に!動いてはいけません。いいですね?ブラック、返事!」

シリウスは片手を軽く上げて「分かりましたよ。」と言った。

「さぁブラックにこの薬を。それからあなたはこれをお食べなさい。」

「はい、マダム・ポンフリー。」

マダム・ポンフリーは踵を返すと残りの薬を持ってジェームズのベッドの方へ行った。

「ねぇシリウス、マダムはどうしてあんなに怒ってるの?」

「前にちょっと言うことを聞かなかったことがあって…。前科持ちなんだ、俺。」

ナマエは呆れたようにシリウスを見て、溜息をついた。シリウスはちょっと恥ずかしくなった。

「薬よ。」

ナマエは、先生が用意した水差しの先をシリウスの口に近づける。シリウスは恥ずかしい気持ちになったが、素直にそれを咥えた。味は耐えられないほどでは無かったが、やはり不味かった。それを察してか、ナマエが素早く水の入った水差しを差し出す。口の中を洗浄するようにそれを飲み干して、シリウスはようやく人心地がついた。

「苦かった?」

「不味かった。」

ナマエは「薬って嫌だねぇ。」とのん気な口調で呟くと、椅子に座ったまま自分のオートミールを膝の上に置いた。そこでシリウスはようやくナマエがローブも着ずに毛布に包まって、しかもスリッパでいることに気がついた。オートミールをスプーンに掬ってふうふうと冷ますナマエに見惚れながらも、疑問を口にした。

「ナマエもどこか悪いの?」

ナマエはもぐもぐと口を動かしながら肩を竦めて見せた。ようやく飲み込むと、次の1口を掬いながら答えた。

「あのね、ちょっと貧血で倒れちゃって。もう大丈夫なんだけど、ほら、マダムは大げさでしょう?」

「ほんとに大丈夫なのか?」

「うん。」

シリウスはナマエをよく観察したが、顔色も良くオートミールがみるみる減っていくので、大丈夫だろうと判断した。

「シリウスも食べたいの?でもこれ、あんまり美味しくないわよ。」

シリウスが心配したことに気がついたナマエは、わざと明るい声でそう言った。シリウスも「夕食まで我慢する。」と笑った。

「これならお粥のほうがよっぽど…、いいえ、あんまり変わらないわね。」

ナマエがそう言ったとき、ドアが開く音がして、リリーとリーマスが帰ってきた。

「やあシリウス!」

「リーマス。」

2人はシリウスが目覚めていることにいち早く気付くと、素早く近づいてきた。

「具合はどうだい?」

「胸のあたりが疼くけど、でもそれだけだ。先生も良好だって言ってた。」

リーマスはほっと胸を撫で下ろすと、シリウスの肩をたたいた。その手を見て、シリウスはばつが悪そうに笑った。

「心配かけたな。」

「友達じゃないか。」

リリーもナマエも、にこにこと笑って2人のやりとりを見た。2人が本当に信頼し合っていると分かったからだ。リリーはナマエの肩に乗った毛布に手をかけた。

「ナマエも大丈夫そうね。」

ナマエはリリーを見上げて頷く。

「えぇ。オートミールじゃ物足りないわ。ソーセージか何かが欲しいくらい。」

ナマエはリリーに空になったお皿を見せた。

「でも駄目よ、安静にしてなきゃ。」

「はーい。」

するりとナマエの肩からリリーの手に移った毛布に熱を逃がされて、ナマエは一度小さく身震いした。この部屋は、酷い火傷を負ったジェームズのために室温を上げられないのだ。

「カーディガンとかパジャマとか持ってきたわ。」

リリーは大きめのトートバッグを掲げてナマエに見せた。

「あぁシリウスのもあるよ。着替えたら?」

リーマスも便乗してシリウスの枕元に色々なものを並べていった。

「駄目よ、リーマス。マダムに聞いてからでなくちゃ。」

リリーが油断無く言うと、リーマスは頷いてマダム・ポンフリーを呼びに行った。すぐに2人分の足音が聞こえて、マダム・ポンフリーがやってきた。マダム・ポンフリーは杖を振ってシリウスの身体に負担をかけないように起こすと、リーマスに手を貸すように言った。それを見ると、リリーはナマエのベッド周りのカーテンを閉めて、ベッドの上にパジャマを広げ始めた。

「ナマエは1人で着替えられる?」

「リリー、着せてくれるの?」

ナマエが甘えるように言うと、リリーは優しく笑って「いいわ。」と言った。

「わーい!たまには倒れてみるものね。」

「次は無いわよ。」

リリーはあっという間にナマエにパジャマを着せると、前のボタンを留めていった。

「ねぇナマエ?」

カーディガンまでしっかりと着込ませると、リリーはナマエの髪を手で梳きながら囁くように言った。

「シリウスと、何かあった?」

「えっと、あー…、う?」

ナマエは瞬時に顔を赤く染めて、わたわたと両手を振った。リリーは黙ったまま、ナマエを観察した。その後で、納得したように頷いた。

「ねぇ、何があったの?教えてよ。」

はっきりと確信した物言いに、ナマエはますます動揺した。

「なんにも無い!」

「嘘!ナマエの嘘は私にはすぐに分かるわ。ねぇ教えてよ。」

ナマエはカーディガンに付いているフードをすっぽりかぶってベッドにうつ伏せに寝転んだ。

「いいわ。シリウスに聞くから。」

ナマエはふるふると震えながら枕を握り締めた。なぜ自分がこんなに恥ずかしがらなくてはいけないのか。言ったのはシリウスなのに。ナマエは訳が分からない自分が少し苛々した。

「知らない、私は何にも。」

リリーはフード越しにぽんぽんとナマエのこめかみの辺りを撫で、歌うように囁いた。

「ナマエ聞いて。いいのよ、別に無理して受け入れようとしなくても。だけどね、無視するのだけは駄目。どんなに時間がかかったって、どんな答えが出たって、ちゃんと伝えてあげなくちゃ。」

「うん。」



夕食の後、ナマエ、リリー、リーマスの3人は、マダム・ポンフリーに淹れてもらったココアを片手にジェームズを見詰めていた。リリーはジェームズのベッドのそばを片時も離れずにいた。ナマエはシリウスのベッドに腰掛けて、リーマスはナマエの隣に椅子を置いて座っていた。

「シリウス、まだ痛い?」

ナマエがシリウスを振り返って上から顔を覗き込んだ。

「いや、もうほとんど痛くないよ。」

「そっか、良かった。」

ナマエは微笑んで、手を温めるココアをもう1口飲んだ。

「ジェームズのばか、何で起きないんだろう。」

シリウスが絞り出した声に、リリーが小さく反応した。

「全くだ。折角シリウスが文字通り骨を折って助けたっていうのに、のん気に眠ってさ。寮に戻るたびに質問攻めに合う僕の身にもなってよね。」

リリーはジェームズの顔を見ながら眉を顰めた。今にも泣き出しそうな顔だ。ナマエは切なくなって、膝にかけていたブランケットを握り締めた。

「ねぇジェームズ、リリーが待ってるわ。リリーにそんな顔させる人は誰であろうとこの私が許さない。最近覚えたばかりの呪いをくらいたくなかったら、さっさと起きて笑って見せて。」

リリーはいよいよ泣き出して、スンと鼻を鳴らした。

「ほら、リリーもジェームズに嫌味を言ってやれよ。」

シリウスが笑って促す。リリーは小さく頷いて、ジェームズの頬に手を伸ばした。

「起きたら、この前の話の続きをしましょう。答えが決まったのよ、私。」

ジェームズは答えない。眠っているのだ。

「ジェームズ、お願いよ。目を覚まして。」

どこか遠くのほうで、生徒の笑い声がした。蝋燭の火が揺らいで、部屋の空気まで動いた。


「ん 、んん。 り リリィ。」


細く、掠れたジェームズの声。リリーは伏せていた顔を上げて、ジェームズを見た。その深いグリーンの瞳からははらはらと音も無く涙が零れていた。

「ジェームズ。」

リリーは、ジェームズが弱々しく上げた手を力強く握って、その手をそのまま頬に持っていった。

「やあ、リリー。どうして泣いてるの?」

「あなたの目が覚めたのが、嬉しかったからよ。」

「君を泣かせちゃった。」

「馬鹿ね。」

ぱさっと、リリーの髪がジェームズの枕に落ちた音がした。

リリーがジェームズの顔の横に手をついて、キスをしたのだ。

何度も何度も、繰り返し。

ナマエは体ごとシリウスの方を向いて、すっかり俯いてしまった。

その仕草を見たシリウスとリーマスは、顔を見合わせて笑った。

リーマスはそっと立ち上がってマダム・ポンフリーを呼びに行った。シリウスは手を伸ばしてナマエの腕を2回たたいた。ナマエは目を赤くしてシリウスを見た。嬉しいのと恥ずかしいのと、色々な感情がごちゃ混ぜになって、混乱したのだ。

「し、シリウス。」

ナマエがシリウスの名前を呼ぶと、シリウスはそっとナマエの腕を撫でて、笑った。

「めでたいわ。」

「色々とな。」

「でも、でも、親友のキスシーンなんて、あんまり見るものじゃないってことがわかった。」

「俺も同感だ。居た堪れない。」


マダム・ポンフリーがすっ飛んで来て、張り付いたような2人を引っ剥がした。リリーは笑ってちょっと手を振ると、少し下がった。

「ポッター、気分はどうですか?」

「最高です!生きててほんとに良かった。」

これには、シリウスやナマエのみならず、マダム・ポンフリーまで声をだして笑った。

「ふふふっ、大変よろしい。その調子ならすぐに良くなりますよ。」

マダム・ポンフリーは脈を取り、体温を計って羊皮紙に走り書きした。その羊皮紙をくるくると巻いてデスクの方へ飛ばすと、今度は先程の軟膏にガマ油を数的混ぜる作業に没頭した。そんなマダム・ポンフリーを横目で見て、ジェームズがゆっくりと口を開く。

「あー、ところでマダム・ポンフリー?僕の身にはいったい何が起きたのでしょう?」

シリウスとリーマスが大声で笑い出した。

「お前、雷に打たれたんだよ!」

「それで箒から真っ逆さまに落っこちたんだけど、シリウスが空中でキャッチしてくれたんだ。」

シリウスとリーマスの言葉を聞いて、ジェームズは顔面蒼白になった。

「えっ!?カミナリ?僕どうして助かったんですか!?まさかゴーストじゃないですよね!?」

ジェームズの素っ頓狂な声に、マダム・ポンフリーは真面目な顔で答えた。

「あなたの女神に感謝なさい、ポッター。首にかけていたロザリオが、スニッチに落ちた電流を体外に逃がしてくれたの。そうでなかったら、電流が心臓を通って命は無かったでしょう。」


「ウわーッ!リリーッ!!!」

リリーが息を飲んだ音は、ジェームズの大絶叫に遮られた。

リリーが動揺を押さえ込んでナマエの方を見ると、ナマエが両手で顔を覆って涙を流しているのが見えた。


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