Cendrillon | ナノ


▼ *10



『――ぅぅ、あたま、痛いぃ……』

 しばらく反応のなかった菫に取り付けられていた盗聴器から突如ノイズ音が聞こえてきた。すぐ後に身じろぐ物音と共にかすれ声だ。コナンと景光はスピーカーに一斉に注目する。

「景光さん! 菫さんが起きたよ!」
「……いや、眠ったままの方が良かったかもしれない。薬の影響が残ってると、ヤバいぞ……」

 菫の眠りに落ちる直前の行動を思い浮かべたのか、青白い表情で景光は心配そうに呟く。しかし二人で菫の様子を窺っているとその心配は少しずつ払しょくされていった。菫は自分の状況がまだ完全に把握できていないようで、思いついた事、目についた物をまるで確認するように言葉にしている。その独り言はどこか心細げな声だ。

「――混乱はしてるみたいだが……だいぶ意識はハッキリしてる、か?」
「意識朦朧とはしてないよね? 睡眠薬の前に使われたベラドンナの毒薬は効果が切れたと見ていいんじゃないかな」

 自分を傷つけようとしていた意識を菫が引きずっていない様子に二人はひとまず安堵の息をつく。

『私、確か、時計の修理に行こうとしてた、よね? あれ?』

 どうやら自身の最後の記憶を振り返っているらしいが、他の被害者同様、男の犯行前後の詳細は覚えていないようである。また聞こえてくる物音で菫が起き上がろうとしている事が分かったが、やわらかいものの上に倒れ込むような音から失敗したらしい事をコナン達は察する。

『う……起きて、られない。ほんとに、何があったの……?』
「菫さん、薬のせいだろうけど身動きが取れないみたいだね」
「鎖でも拘束されているようだし、自力での脱出は無理だろうな」

 菫の行動に沿って鎖同士が擦れる金属音が聞こえていた。状況は依然として良くないと二人が嘆息した直後に、前触れもなく第三者――犯人の男の声が混ざり込んでくる。

『あれ、起きたのかい?』
『?!』

 いつの間にか戻ってきていたらしい見知らぬ男に菫が息を殺したのが分かった。



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 人質の様子見に来たらしい男は短いやり取りながらも、初対面の認識の菫にどちらが立場が上なのかを理解させるかのように会話を主導する。それによって菫がどのようにして囚われたのかも明らかになった。

「――病人の振りをして自分好みの被害者を物色してたんだろうね。きっとほかの被害者も似たような状況だったんじゃないかな」
「人の善意を利用してたのか。そりゃ菫ちゃんも病人には無警戒だろうなぁ……」

 そして自分の存在を植え付けた男はやり残した事があると、再び混乱する菫を置き去りに短時間で部屋を出て行った。

「結局、今の会話だけじゃ居場所の特定に繋がる新たな情報はなかったな」
「そう都合良くはいかないか……。ねぇ、景光さん。動けない菫さんの居場所を探すよりも、積極的に行動している犯人の足取りを追う方が良くないかな?」
「そう……かもしれないな。男がボロを出すのを待つしかないのか、今は」

 コナンと景光は菫と犯人の会話から事態を好転させる情報が得られなかった事に互いに暗い表情を浮かべる。だが事件解決に結びつく糸口は全くない訳ではなかったのである。ただコナン達はすぐにはそれを理解する事は出来なかった。それはあまりにも予想外なものだったのだ。

『善は急げ。急がば回れ。この場合…………』

 菫も己の切羽詰まった境遇から逃げ出すための努力をしていたのは、コナンと景光も機械越しに聞いていた。長い沈黙の後、菫から思い掛けない単語が飛び出た。

『コナン君!』
「「え?!」」

 コナンと景光は盗聴器から発せられた菫の声に驚きの声を共にあげる。

「ボ、ボク? 急がば回れで? 何でボクの名前が出てくるんだろう? 遠回り過ぎないかな、景光さん、分かる?」
「いや、俺も菫ちゃんの思考回路が今回ばかりはさっぱり分からん。菫ちゃん何がしたいんだ?」

 監禁されている菫が状況を打破するためだろう口にした発言の真意が二人には酌み取れなかった。疑問符を浮かべながら菫の動向を窺うが、何やらゴソゴソと音がするのみでそれだけでは何が行われているのかは不明だ。しかし、そこでコナン達側に変化があった。余計な音のしない部屋に着信音が鳴り渡る。

「あ、ごめんなさい。ボクのスマホだ」

 馴染みのある音に、コナンがサッとスマホの画面を確認する。そして、ん? と首を傾げた。

「知らない番号からだ。しかも050のIP電話」
「IP電話? 少し珍しいな?」
「うん。間違い電話かな?」

 そう言いつつもコナンは知り合いではなさそうだと予想した上で応答ボタンを押す。こういった場合、番号の間違いに気づくまで何度も連絡がくるものなので、早いうちにその勘違いを正す方が効率的なのだ。しかもコナン達は現在絶賛取り込み中なのである。間違い電話で気を散らわされては事だ。早々に切り上げるつもりでコナンは電話に出た。

「……はい。どちら様で――」
「コナン君! あの! 私、鳳、菫です。今いいかな――」

 コナンの耳元とテーブルの上のパソコンのスピーカーから寸分違わない菫の声がした。

「菫さん?!」
「は? 菫ちゃんから?!」

 景光は目を見開きながらも、スマホの操作を始めている。恐らくこの場にいない零と公安の仲間へと情報共有のためである。次いでとばかりに景光はその片手間に廊下へ顔を出し、別室で仲間と話し中である秀一にも、菫ちゃんから電話だ! と声を掛けていた。
 コナンも普段の冷静さを忘れて菫に問い質す。

「菫さん、何で連絡出来たの? 菫さんのスマホ、拉致現場に落ちてたそうだよ?」
「え? 拉致って、私が今男の人に捕まってるって、コナン君知ってたの?」

 言うよりも前からコナンが自分の陥っている状況を把握している様子に、菫は当然の事ながら驚く。

「あーうん……それに関しては後で謝らさせて。取りあえず菫さんの身の安全を先に確保したいんだ。どこか怪我していない? 具合は? それに今使ってるのは犯人の携帯?」

 謝罪の意思はあるものの、今はその時間すら惜しい。コナンは菫の体調や連絡してきたその手段がどうして取れたのかとまず確認した。

「肩がちょっと痛いくらいかな。あとこれね、今使っているスマホに機種変する前の古い物なの。まだ使えるから持ち歩いてたけど、捕まってる男の人には見つからなかったみたい」
「……こういう事が起きないように、人質の持ち物は徹底的に回収する筈なんだけどね」
「き、気付かれなくてすごく運が良かったね?!」

 菫の何かを誤魔化すようなしどろもどろな声を打ち消すように、景光と秀一がコナンの元へと戻ってくる。

「菫から連絡が来たそうだな?」
「何て言ってる? 体調はどうか分かるか?」
「ちょっと待って、スピーカーにするから。怪我は今のところ肩だけだって。それと菫さん、スマホを二台持ってたんだ。犯人は回収し損ねたみたい」

 コナンはそう言いながら二人にも聞こえるようスピーカーに切り替えた。盗聴器の音声はパソコンに届いてはいたが、流石に電池切れの前兆なのか先ほどから音が途切れがちで、音量もどんどんと小さくなっていた。

「菫、大丈夫か?」
「え……あの?」

 聞こえた低い声は秀一のものだ。それがすぐに分かった菫ではあったが、コナンもいるため咄嗟にその名前を呼べなかった。赤井秀一と知り合いだと伝えて良いものかと躊躇したのだ。その上さらに菫を困惑させる声がした。

「菫ちゃん、身体の調子はどうだ?」
「え? ヒ……景光さん、どうしてコナン君といるの?」

 何故コナンと秀一のそばに幼馴染がいるのだと、菫の混乱に拍車がかかる。自分のせいで景光もコナンの警戒対象に入ってしまった筈だ。しばらくポアロにも行かずコナンとも会わないようにするとも聞いていたのだ。景光はコナン達と共にいる経緯を説明した。

「菫ちゃんが拉致されたって情報を赤井とコナン君からもらってね。俺達も助けるために動いてるんだ。ここには今いないけど、ゼロも知ってるよ」
「はい?! え、なんで、なんで――」

 ゼロという秘めるべき名前が出てきて菫は慌てる。そんな菫の疑問は分かっていたが、やはり答えてやる時間は景光にもなかった。

「落ち着いて。この件は問題ない。それより今は菫ちゃんの救出が先だ」
「そうだ菫。疑問には後で答えてやろう」
「こっちに連絡してきたのはナイスだよ。IP電話で連絡してきたって事はそれは電話回線は使えないデータ通信専用SIMだよな? でもIP電話の番号も菫ちゃんはもってたのか。知らなかったよ」
「う、うん。二台目のスマホはネットに繋げられれば事足りると思って。ただ何かあった時の予備のつもりでIP電話のアプリを入れてたの」
「そういえばIP電話じゃ緊急通報はできないんだよね。だから犯人の前で二台目のスマホを取り出さずに済んだのかな……」

 コナンがボソッと独り言のように呟いた。菫が拉致される際、救急に連絡を要請されていた事を思い出し、コナンは納得したように唇を指でなぞる。また菫も思い出したように声をあげた。

「あ、それでね、私の今使ってるスマホの位置情報! それから場所分からないかな? 景光さんなら――」
「もちろん菫ちゃん。二台目って事は機種変前のやつだろ? GPS情報が残ってるし、今もそのスマホのGPSはオフになってなかったからそれを調べられた。今ゼロにも位置情報を送ったよ」

 会話をしながらも景光の手は忙しなく動いていた。とっくに調べ終えたそれを公安、FBIにも共有している。

「菫。もう少しだけ頑張るんだ。すぐに救出に行く」
「外出してる男がもし戻ってきたとしても何とか時間を稼ぐんだ。絶対助けるから」

 秀一と景光などは菫の居場所も突き止められたという事で、今にも行動を起こしそうな声で菫に語り掛ける。しかし他ならぬ菫がそれを怖ず怖ずと引き止めた。

「あ、でも……犯人の男の人、自白剤、持ってるの。それで私、薬で何か――皆の事、喋っちゃったんじゃないかって……。それを確認しないと、皆に迷惑を……」

 幼馴染の正体、さらに言うなら自分が知り得ているありとあらゆる情報は、誰かの秘密である事がほとんどだ。コナンの正体まで口にしている可能性がある。菫は第三者が自分が抱える秘密を知ってしまった可能性があると、ひどく申し訳なさそうに三人へと告げた。
 菫のその訴えにコナン達は素早く目配せし合う。菫に聞こえぬよう電話口を塞いで小声で確認を取った。

(ね、景光さん、赤井さん。菫さん、これまでのセオリー通り、犯人との会話や自分がした事を覚えてないみたいだよ?)
(……コナン君、忘れているなら今はそのままでいい。組織の関与は伏せてくれ)
(確かに……。情報を与えるにしても今でなくていい。余計な事を言ってここで動揺させたくない)

 さすがの秀一もこの場での情報共有を避けた形だ。
 菫はすでに前科がある。組織の人間が関係していると知った時、何をしでかすか分かった物ではない。捨て身の行動をされては元の木阿弥だ。

(そうだね。今の菫さんから平常心を奪うような情報はいらないよね)

 秀一の情報を与えるべきだという当初の発言はコナンも理解できたが、今この場である必要はないと二人の案に反論はなかった。三人の話がまとまったところでコナンは電話口の手を外した。安心させるように景光が口を開く。

「……菫ちゃん、実は俺達そっちの様子は大体把握してるんだ。菫ちゃんは何も喋ってないよ」
「ほ、ほんと!」
「ああ、大丈夫だよ。――コナン君、しばらく電話は繋いだままにして菫ちゃんから話を聞いててくれるか? 俺達はゼロも交えて打ち合わせしてくる。赤井、救出はFBIがメインで動いてもらえるか?」
「ああ。恐らくそうなるだろうと思っていた」
「え? 景光さん? 赤井さん?」

 話の流れが少しコナンには理解できなかった。また、わざわざ席を外すのかとコナンは首を傾げると、景光はコナンの耳元でコソコソと菫に聞こえぬように話しかけた。

(今回の件はFBIが動いていると組織も感付いているから、そのままFBIに主導してもらうつもりだ)
(公安は動かないの?)
(表立ってはな。今からゼロにもこの件で組織に働きかけてもらうつもりだ)
(安室さんに?)
(そうだ。だからここで俺達……公安が下手に出張ってゼロと関連付けられるのは避けたい)
(そっか……うん。安室さんは貴重な潜入捜査官だもんね)

 一度はこの潜入も打ち切りやむなしと諦念を抱いたが、現状菫から彼らの事情は漏れていない。そうなるとカードの切り方が変わってくる。バーボンという隠し札はまだまだ有効だ。それに伴い組織に疑念を抱かせる行動は取れなくなった。

(俺としては、ゼロには今からベルモットあたりに、FBIが犯人のアジトを見つけて急行してるってリークさせるのが良いんじゃないかと思ってるんだ。多分これで組織の追手は菫ちゃんの監禁場所はFBIが張っていると警戒するだろう? おあつらえ向きに男は外出中だし、アジトの外で裏切り者を確保する事になる筈だ)

 裏切り者の始末がどこで行われるかは定かではないが、少なくとも菫が鎖によって繋がれ逃げられない状況下では、組織も把握している男のアジトが現場になると菫が巻き込まれてしまう恐れがある。景光達は何よりもそれを回避したかった。菫がジン達と接触したら最後、居合わせた不運な目撃者に成り得る。男と共に消されてしまう可能性が高い。
 だからこそバーボンからの味方の振りをした助言で、男のアジトから目を逸らさせたいのだ。

(確かにFBIが待ち構えているかもしれないアジトには寄り付かないか。それなら菫さんが組織のやつらと鉢合わせする事はなくなるね)

 菫に降りかかるかもしれない危険を遠ざけられる案は今のところこれが一番有力であった。潜め声を止め菫にも聞こえるように景光はこれから起こるであろう事を伝える。

「菫ちゃん、聞いてくれ。菫ちゃんの連絡のおかげで居場所は特定できた。助けに行ける。だがゼロにも確認してからになるけど、救出の実働部隊はFBIになると思う。俺達が行けなくて、ごめんな……」
「そんな! 景光さんが謝る事なんてない! わ、私の方こそごめんなさい! こんな大ごとになって……。皆忙しいのに、大変なのに、私の事で手を煩わせて、ほんとうにごめ――」

 景光の申し訳なさそうな声に菫は即座に否定した。反対に自分が多大な迷惑を掛けている事実に、どんどんと暗い声になっていく。最終的には涙声になっていた。そんな菫の謝罪の言葉を最初に遮ったのは秀一だった。

「菫。お前は被害者だ。何も悪くない。悪くないんだ」
「自分を責めないで菫ちゃん。俺達は迷惑を掛けられたなんて思ってないよ」
「そうだよ!」

 代わる代わる宥められはしたものの菫の気分は浮上しなかった。自分の現状を考えればコナン達の言葉はやはり己を気遣ったものでしかないように思える。

「菫ちゃん、本当に気にしないでくれよ。あ〜コナン君すまん! 菫ちゃんを頼む! 俺達も動かないと」

 落ち込む菫を慰めたいのは山々だったが、菫の安全を第一にするならば組織より先んじて行動せねばならなかった。ちょうど鳴り始めたスマホに一瞬眉を寄せながらも景光はコナンに後を任せると廊下へと足早に移動した。

「ボウヤ、菫の相手をしてもらえるか? 出来れば気を紛らわせてやってくれ。それと、あちら側に何か異変があればすぐに連絡を」

 コナンに任されるのは菫の対応だけではない。今はアジトに一人だけらしい菫の近辺に組織の影が見えないか当人には気取られぬよう探る必要もあった。

「うん。任せて」

 コナンは秀一をしっかりと見つめ頷き返す。それを見て秀一は公安との打ち合わせのためであろう景光を追うように部屋を出て行った。



 * * *



「クソッ。今はこんな事をしている場合じゃないっていうのに!」

 サミット会場の警備計画で呼び出されていた零はこれ以上の邪魔立てが入らぬよう、求められるであろう仕事を先取りし、まとめて処理をしていた。合間合間に景光や公安の仲間から更新される情報も頭に入れながら、今一番に取り組みたい事を人に任せ自分がやらねばならない仕事に没頭する。

 それにようやくひと段落つきそうな頃合いから幼馴染により一報が入ってくる。菫の居場所が分かったらしい。喜びの感情が沸き上がったのも束の間、今度は電話がかかってきた。

「ゼロ。菫ちゃんを助けるには組織より先に監禁場所に向かわなきゃならない」
「零君。ベルモットに男のアジトへFBIが向かっていると連絡してくれ。ジン達が既に行動しているなら牽制しておきたい」

 幼馴染たちの言葉で自分の役割が自ずと理解できた。

「FBIはもう動けるのか?」
「ああ。君の返答次第だよ。万が一ジン達がアジトに足を向けた場合のために、俺もスナイパーとして参加する」
「なら向かってくれ。僕もすべき事をする」

 コナンに菫を任せ、すぐさま行われた電話での公安とFBIのやり取りは簡潔だ。またそれは速やかに実行されるに至る。
 零は焦りを隠し一つ呼吸をすると、少しの気も抜けない女性へと連絡を入れた。



 ・
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 本日何回目かになる男からの連絡だった。

「ベルモット、早急にご報告が」
「なあに? またあなた? 今日は予定外な事が多いわね。急ぎの件なのかしら?」

 元来必要最低限の接触に留めている関係だ。日に何度も連絡を取り合う事は珍しく、ベルモットはつい呆れの混じった声を返す。しかし零はベルモットに有意義な情報を提供をするといった体で余裕のある声音を心掛ける。

「そんな悠長な事は言ってられませんよ? 裏切り者の男についてですから」

 投げかけられた言葉にベルモットはその柳眉を顰めた。電話をしてきた人間――バーボンは、裏切り者の件には自分が指示した事以外の関わりがない筈なのだ。

「その件のあなたの仕事はもう終わってるわよ? 出しゃばるとジンに睨まれるんじゃないかしら」
「心外ですね。ジンに睨まれるのは僕も御免被りたいですが、このままですと組織に不利益があると思ってご連絡してるんですよ? それにあなたにも少なからず影響があるでしょうね」
「どういう事?」

 不穏な言葉に少しきつい物言いになったが、相手はまったく気にした様子もなく答える。

「男のアジトは……でしょう? 最近閉鎖した病院ですね」
「……どこでそれを?」

 バーボンには共有していない筈の情報だった。ベルモットは眉間にしわを刻むが、続いた言葉に目を見開く。

「あなたが気に掛けている少年が、件の裏切り者の男のアジトを突き止めたんです」
「?!」
「FBIはもう動き始めてますよ」
「……説明してちょうだい」
「男が特定の女性に並々ならぬ執着を見せていたのはご存じだとは思いますが――」

 零は怪しまれぬよう、菫やコナンの関わりを多少脚色を交えて話し出す。
 公園で見かけた喫茶店の常連客の女性が男に拉致された事。コナンがその女性に試作の盗聴器などを仕掛けており、偶然にも事件が早い段階でコナンやFBIの知るところになった事。自分も事件発覚直後にコナン達と共にいたため、監視も兼ねてそのまま同行していると手短に経緯を説明した。

「――FBIが男のアジトへ早々に向かうらしいです。男は何やら外出しているようなので、人質の救助ののちアジトに戻ってきた男を捕らえる……という計画だそうですよ。さて、どうします? 一応あなたの意向を聞いておこうと思ったのでこうして連絡をしたのですけれどもね」
「男本人の足取りは分かってないのね?」
「ええ。あくまで誘拐された女性の居場所が特定できただけです。男については組織が捕捉しているという話でしたよね。今ならば組織はFBIを出し抜けるんじゃないですか?」

 男がアジトに戻る前に組織が確保するしかないのではないかと零は暗に告げる。ベルモットもコナンと組織が一触即発の状況になるのは今は避けたいようで、零の言葉を疑う様子はなかった。

「そうね――最終的にはジンの判断になるでしょうけど。男の身柄はこちらで何とかするわ。……バーボン。念のためにあなたも男のアジトに向かってもらえる? もし裏切り者が組織の何らかの情報を持ち出しているなら、アジトにそれが残っているようなら、FBIの目を盗んでその痕跡を消せるかしら?」

 自分から言い出すにはリスクだったが、現場へ向かうようにというベルモットからの依頼だ。


 菫の下へ行ける!


 渡りに船な提案に敵ながらベルモットに感謝の念すら浮かぶ。だが沸き立つ感情を押さえつけ、さらに声に喜色の色を乗せぬよう平静を装って零は返答した。

「お安い御用ですよ。まぁ、あなたも言ってましたが、さほど重要な情報は男も持ち合わせてはいないと思いますがね。――それでは僕もアジトに向かうとしましょう」
「お願いするわ。私はジンに連絡しないと……」

 ベルモットはそう言ってどこか慌ただしげに電話を切り上げる。要件だけの短い会話だった。

「はぁ……」

 概ね思う通りに進行し零もつい深い溜息をつく。しかしこれで終わりではない。キッと強い眼差しで零は駆け出し、菫の下へと向かうべく愛車へと飛び乗った。程なくしてFBIの面々と合流すると景光から知らされていた監禁場所へと急行する。そして囚われていた菫を組織の手が伸びる前に救出する事に成功するのだった。




駆け足ですが次回で終話。

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